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魔法使いの歩き方  作者: きーち
魔法使いの帰り方
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魔法使いの帰り方(3)

 日が落ちた村とは基本的に暗闇の中にある。家々が離れている以上、その家からの漏れる光が視界を広げるのには不十分だからだ。勿論、街灯などと言う贅沢品はこの村に無い。

 普段は日が落ちれば仕事を止め、家へと帰れば良いのだが、村に獣が侵入している状態では、暗闇の中は心許ない。

 だから村は火を焚く。村の中心に薪を集めて大きな焚き火をし、村を見まわる組は皆で松明を持ち行動する。

「聞いた話じゃあ、狼らしいぜ」

 村を見まわる組は集団で移動する。身体能力は獣が有利な以上、一対一で遭遇する事を防ぐためだ。人数は10人程。その内の一人、若い男が雑談ついでにそんな言葉を発した。

「狼って、群れ? それともはぐれ?」

 男の言葉に返して、見回り組に参加するクルトも雑談に混じった。話は村に侵入した獣についてだ。

「この時期じゃあはぐれだろう。大方、群れから追い出されて、新しい餌場を探して村を襲ったんだ」

 季節はもう秋頃であり、動物は冬の準備をしなければならない時期である。秋となれば、餌自体は豊富に存在するのだが、狼が効率よく餌を得るには集団での狩りが必要だ。そこから追い出されたはぐれ狼となると、この季節は生き延びられるだろうが、冬を越すのはほぼ不可能である。村で家畜や人を餌にしない限りは。

「こっちはもう少しで作物が収穫できそうなんだ。荒らされてたまるかよ」

 クルトの隣を歩く中年くらいの男が愚痴る。今朝会ったラケルタの夫、バラスである。狼が相手にするのは美味そうな肉を持つ牛、豚、人などだが、どうしても腹が空けば、畑の作物にも手を出す。村にとって、そのどれもが奪われれば致命的だ。

「ふむ。とりあえず、もう一度全員に話を通して置こう。基本的に僕らがするのは村に侵入した狼を追い出すか、退治すること」

 見回り組の空気を引き締めるためか、同行しているテインズが全員に声を掛ける。

「この人数なら、襲われたって大丈夫でさあ。厄介なのは、狼が見つけられないって状況ですぜ、御曹司」

 別の男がテインズに向かって話す。男は片手に松明を持ち、もう一方にスコップを持っている。獣に対する武器のつもりだろう。実際、ある程度長さがあり、先端に重り代わりの金属が有る以上、有効な道具である。

 農具を持つのはその男だけでなく、見回り組ほぼ全員が持っていた。持っていないのは、テインズとクルトくらいだが、テインズは家から持ち出した護身用の剣が、クルトには魔法と言う武器がある。

「そうだね。これまで村に獣が侵入した事は何度もあったが、大きな被害が出たのは決まって、獣を逃がした場合だ。見過ごして、無防備なところを襲われる事はこちらにとってかなりの痛手だろう」

 村人達は皆をして頷く。見回り組の多くはこの様な獣の襲撃に対して経験を持っており、状況への対処方法がある程度確立されていた。

「だからもし獣が見つからない場合でも、一定期間は見回りを続行する必要がある。とりあえず、今日の夜から明日の朝までは続行する。朝になった後も、人数は減らすが見回りは続けよう。そこからは徐々に見回りの頻度を減らす。まあ、それまでの間、獣が見つからない場合だけどね」

 テインズの言葉に誰も反論は無い。大凡、皆がやらなければならないと思っている事を代弁しているだけなのだ。

「それじゃあ見回りを続ける。くれぐれも襲われる隙を作らない様、慎重にね」

 恐らく今夜は徹夜だろう。非常に疲れる事だが、もう一方の可能性が狼と対峙する事である以上、文句を言っていられる状況では無かった。

 そうして、夜更けが来ても狼が見つからない状況が続いた。


 皆の目には疲労の色が浮かんでいる。まだ夜明けまで時間はあるが、今の今まで緊張を維持し続けたのだ。無理も無い。

「クルト。ちょっと良いかい?」

 耳元で、テインズがこっそりと話し掛けてくる。クルトとテインズは集団の一番後ろに居て、全体の動きを把握する役であり、少し距離を置けば、周りに聞かれずに話をする事ができる。

「そろそろメンバー交換をするって話?」

「良くわかったね」

 クルトも集団の動きを把握している以上、動きが少し鈍くなっているのは感じていた。疲れた状態で狼に襲われれば一溜りも無い。何人か休ませて、メンバーを交換する必要があった。

「とりあえず、見たまんま疲れてる人が何人か居るから、その人達と、屋敷に避難してる何人かと交代だね」

「その事なんだけど、休む一人にクルトを置いておきたいんだ」

「どういう事?」

 クルトは若さからか、まだ見回りを続ける体力があった。交代するにはまだ早い気がするが。

「クルトは魔法を使えるよね? 多分、村で唯一、狼と一対一で遭遇しても有利に対処できる人間だと思う。こっちの奥の手にしたいんだ。何かあった時、すぐに動ける人材としてね」

 テインズの言葉は良く分かる話だった。獣に対してある程度距離があれば、飛び道具を使えるクルトは有利だ。実際、魔法大学の仕事でも大型の獣を退治した事がある。

 その時の獣よりは、今回の狼はまだ弱い相手だと言える。

「見回り組が狼を見つければそれで良し。見つからなければ、僕個人でも狼探索するって事で良い?」

 つまり探し手側が二つに分かれる事になる。

「申し訳無いけれど、多分、その方法が一番村を守るのに丁度良い。クルトには危険な事を言う様だけど……」

 テインズはこの村の次期領主だ。その判断をする事は絶対に間違いじゃあ無い。村全体の安全のために、一人の身内を危険な目に遭わせるのは、むしろ決断しなければならない選択肢だった。上手く行けば、身内も含め、誰にも被害を出さずに追われる選択肢となれば尚更だ。

「それじゃあ、ちゃんと休んでおかないとね。体力が無ければ、狼なんて相手にできないし」

「助かる」

 クルトの返事を了解と取ったテインズは、感謝の言葉をクルトに向ける。クルトも領主一族の一員なのだ。テインズの頼みを断る理由はどこにも無かった。


 そろそろ日が出る頃合いだろうか。空を見上げてロザリンは考えていた。村人達が避難している大広間とは別の部屋で窓を覗く。それ以外にする事が無いのだ。

「まったく、やる事が無くて退屈だし、だからと言って眠る気分でも無い。どうしたら良いのよ」

 軟禁とまでは行かないが、現在ロザリンはそれとなく使用人から監視されている。思えば、街の商人へと嫁いだ後もそうだった。

 貴族としての名誉ある血が欲しかった新興の商人と、ある程度の経済力と大きな街との繋がりが欲しかったカーナ家。その二つの利害によって始まったロザリンの婚姻は、概ね、周囲から好印象を受ける物であった。

(本人の意思を無視すればね……いえ、そうでも無いわ)

 政略結婚と言えばその部類に入るのだろうが、結婚相手の商人は商才があり、ロザリンとも比較的年齢が近い好青年だった。貴族の娘など、本人の意思なくどこかの家へと嫁ぐ存在が殆どだ。それと比べれば、ロザリンの結婚は十分に本人の事を考えた話だと言えた。事実、ロザリン自身も不満は無かった。

(無かったけど、不安はあったわよね)

 性格が荒々しいと見られるロザリンであるが、そこは貴族の娘、世間知らずのお嬢様である。未知な経験に挑む感慨など持ち合わせて居ない。

 できれば相手に悪印象を持たせてはならないと考えて行動もした。その結果、街へと嫁いだ後は、カーナ家に居る時よりは大人しい女性であると、相手からは見られていたはずだ。

(それがまあ、どうしてこうなったのかしら)

 ロザリンは現状を確認する。自分は今、嫁ぎ先から実家へと帰っている。そこには自分の伴侶を連れない、出戻りと言う形でだ。つまりロザリンは、商人の家から嫁に相応しくないと追い出されたのである。

(最初は、最初は上手くやっていたつもりだったのよ)

 どこにでも居る貴族の娘として、それなりの行動はしていたはずだ。少々拙いが母より教えられた礼儀。父からはどう行動すれば夫を立てる良き妻になれるのかを、少なからず教えて貰った。実際に行動もした。

 それが潰れたのは何気無い夫の言葉だった。

「君は随分と大人しいが、この家は商人の家だ。貴族の様に慎ましやかにでは無く、活発さも必要とされる事を覚えて置いてくれよ」

 家で窮屈そうにしているロザリンに対して、気遣いの言葉だったのだろう。少なくとも当時のロザリンはそう解釈した。だから、活発に行動し始めたのだ。

「その結果が、こんな形になるなんて、きっとだーれも予想して無かったでしょうね」

 ロザリンは窓から離れ、こっそり部屋に隠していたロープと剣を取り出す。ここはロザリンの部屋だ。使用人よりは十分に知識を持っている。目を盗んで様々な物を隠すなどお手の物だった。

 ロザリンはロープを窓際の手すりにしっかりと結び付けて、先端を地面まで落とす。使用人の監視は部屋の扉にしか届かない。そして村を襲ってきた獣のせいで、今は村中がてんてこ舞いだ。窓から脱出すれば、誰の目にも気づかれず部屋を脱せる。

「こんな風になったのは誰のせいでも無いけれど、あえて言うなら、元夫のあいつが悪いのよね」

 活発に行動しようとした。この家に居た時の同じ様に、やんちゃで向こう見ずで我が侭に。最初にそれを制してくれれば悪化はしなかったのだろうが、残念ながら性格が変わった様に行動し始めたロザリンに対して、商人の家は戸惑うばかりで注意をし損ねてしまった。

 ロザリンはこの年齢になって、まだ子供なのだ。子供を叱らなければ、調子に乗ってますます悪さをする。そうして今は、盗賊ごっこを真っ最中なのだった。


 まだ狼は見つからない。屋敷で一旦休憩する様にと言われた見回り組の一部は、屋敷のベッドで休んでいる。そんな中、クルトだけは屋敷の庭でうろうろと不安そうにしていた。

「そもそも、まだ体力があるのに休めとか言われても、手持ち無沙汰になるだけなんだよなあ」

 テインズの言葉を了承して、いつでも動ける様にととりあえず屋敷へ待機する事になったクルトであるが、やはり狼の事が気になってしまい、じっとする事ができないでいた。

 他の見回り組も同様なのだろうが、彼らはこれまでの疲労から、一度ベッドで横になれば気を失う様に寝付いてしまった。

 そこまでの疲労を感じていないクルトにとってはそれができない。

「感覚の違いなんだろうね。僕は身を守る術を持ってるけど、他の村人にはそれが無い。物事に挑む危機感が違うんだ」

 クルトには一種の余裕があった。魔法と言う力は人を尊大にさせるのだろうか? これでは他の村人に申し訳無いと思うのだが、自分の心の有り方までは魔法でも変える事ができない。

 ならば心の余裕がある内に、広い目線で屋敷中を見張る事にした。まさか、屋敷内まで狼が侵入する事は無いだろうが、それを行う余裕があるのだから仕方ない。

「なんて言うか、まるっきり暇つぶしみたいじゃないか……あれ?」

 屋敷の庭で周囲を見渡していると、ある窓からロープの様な物が見えた。ロープは地面まで垂れ下がり、ユラユラと揺れている。

「あの部屋は、確かロザリンさんの……」

 嫌な予感がした。むしろ予感では無く、実感と言うべきだろうか。視界の端に別の物も映ったのだ。

 部屋からロープで脱出し、屋敷の敷地から出ようとするロザリンの姿が。

「何してるんだよ、あの人!」

 クルトはロザリンの背中を追って走り出した。


 思った通り、屋敷内は獣のせいで監視が緩くなっている。屋敷に集まった村人達の相手で、屋敷内の人物は忙しい。ロザリン一人の見逃しても気付かないくらいだ。

「確か、この辺りだったわよね」

 屋敷の端、茂みに覆われた場所の奥に屋敷から出る穴があった。木でできた囲いで周囲を覆う屋敷であるが、その整備は十分で無い。目に見えぬ所に、こう言った囲いが不十分な場所があり、そこから簡単に出入りできる。ロザリンが子供の頃に発見した物もその一つで、今もまだ存在している。

「まったく。ここから獣が侵入したらどうするつもりかしら」

 まあ、自分もここを利用して屋敷を脱出するのだからあまり悪くも言えないが。

「よいしょっと。こんなに小さかったかしら、この穴」

 最後に使った時は自分もまだまだ小さかっただろうから、体感的にそう思うだけだろう。

 体を捩り、囲いから出る。正規の出口で無い以上、そこには道は無く林が続くが、うろついていたらそのうち道にも出るだろう。

「でも、出たところでどうしたら良いのよ……」

 ここまでの行動は突発的な物だ。屋敷に閉じ込められたから、なんとしても脱出してやろう。そんな気持ちでここまで来たが、何か明確な目的があった訳では無い。

「また盗賊……。いえ、無理よね魔法使いにまた会ったら困るし」

 結局、自分は考えなしなのだ。いつも衝動で生きている。色々と考えていた頃と言えば、嫁に出たあの商人宅くらいでは無かったろうか。

「獣が村に侵入したせいで屋敷を脱出できたけど、それって獣に遭う可能性があるって事じゃない! 屋敷の外をうろつくなんて危険なことだわ!」

 一度は獣捜索を買って出たロザリンであるが、それもあくまで衝動的な物。先の事など考えずに生きている証だった。

「どうしようかしら、屋敷に一旦戻るのは……」

 キョロキョロと辺りを伺う。屋敷から幾らか離れているためか、周囲は暗闇で見え難くなっている。こんなところを襲われれば―――

「ひっ!」

 突然、肩を何かに掴まれたロザリンは、手に持った剣を鞘ごと振り回した。


 屋敷外でロザリンを追いかけたクルトは、漸くロザリンの姿を見つけ、その肩を叩いた。何をしているのか問い質すつもりだったのだが、彼女は突然、手に持った剣をクルトに振るいだした。

「ちょ、危ない! 危ないって!」

 振り方はデタラメだが、それで接近している相手であれば嫌でも当たりそうになる。事実、何発かクルトの体にぶつかっている。これが女の力でなければ、骨の一本でも折れていたかもしれない。

「キャー! キャー! ってあれ?」

 クルトの存在にやっと気が付いたらしい。剣を振るうのを止めて、こちらを繁々と見始めるロザリン。一方でクルトは体のあちこちが痛かった。

「あれ? じゃないよ! 心配で追いかけて見れば、いきなり剣で叩いてくるなんて、あんまりじゃない?」

「なによ! 乙女の肩に無断で触るからでしょう? 場所が場所なら痴漢よ痴漢」

 売り言葉に買い言葉。少し喧嘩の様な会話をするクルトとロザリン。

「場所がって、今から狼に襲われても仕方ない場所で、痴漢なんてするもんか!」

「狼? 村を襲っている獣って、狼なの?」

 先程クルトが話した様な言葉をロザリンも聞いて来る。

「狼だよ。群からはぐれて凶暴になってるかもしれない狼。そんなのが居るかもしれないんだ。危ないから屋敷に戻ってよ」

 落ち着きをなんとか取り戻したクルトは、ロザリンの避難を勧める。元々、そのために追いかけたのだ。

「嫌よ。屋敷に戻っても、部屋に監禁されるだけじゃない」

「監禁? 部屋で大人しく避難するだけでしょ。なんでそんなに嫌がるかなあ」

 怒った様な顔をするロザリンを見れば、屋敷に連れ戻す事が難しく思えた。

「嫌な物は嫌なの。あそこに戻るなんてうんざり」

「そんなに自分の家が嫌い?」

 本来、生まれ育った場所と言うのは、どんな物であれ落ち着く物だ。なにせ自分の人生で重要な事の殆どをそこで経験するのだから。

「もう自分の家じゃないのが嫌なのよ」

「自分の家じゃないって、ロザリンさんだってカーナ家の一員じゃないか」

「もうロザリン・カーナじゃないわ。ただのロザリン。商人の家に嫁いだ時点でね」

 そう言えばそうだ。カーナ家のカーナとは一応は貴族としての姓であるが、カーナ地方を治める者と言う意味もある。例えば領主のユルゲンは、ユルゲン・アレク・カーナと言う正式な名前があり、ユルゲンが名前、アレクが貴族としての姓、カーナが領主一族としての姓である。

 基本的に貴族としての姓は当主にしか与えられず、家の者は領主一族としての姓を名乗る。それが意味するところは、一旦一族から抜けて別の家に嫁げば、領主一族としての姓は名乗れぬと言う事だ。

「えっと」

 突然、深刻な事を言われた気がして、言葉に困るクルト。

「私はね。出戻りだけど、まだ一応、商人の家に嫁いでる身なの。だからカーナ家なんて名乗れないし、あの屋敷も私の家じゃあ無い」

「……」

 貴族としての有り方はクルトには分からない。分からないとは言える事が無いと言う事だった。暫しの沈黙が続く。

「話は変わるけど、その杖って、なんだか便利そうよね」

 沈黙を破ったのは、沈黙を作り出した張本人であるロザリンだった。今までの会話を忘れたのか、頓珍漢な事を聞いて来る。

「便利って、何が?」

「その杖、光ってるじゃない。何? それも魔法なの?」

「杖? ああ、これの事?」

 クルトは片手に自分の杖を持っていた。愛用の物であり、いつも持ち歩いている。そして杖の先端には石が付いている。石は緑色の光を発していた。

「これは緑光石って言って、少し魔力を込めれば光源になってくれるんだよ。ちょっと大学の仕事で手に入って、杖の先端に付けてる」

 狼捜索の際も持ち歩いていた。ほんの少しの魔力でも長時間輝くため、普通に魔力で光源を作るより疲労せずに済む。

「ふーん。便利なのね。今度は魔法使いでも目指してみようかしら」

 盗賊の次は魔法使いと来た。ごっこ遊びに近い感覚なのだろうか。盗賊よりはマシかもしれないが……。

「ねえ、これは文句とかじゃなくて、純粋な疑問なんだけどさ。なんでそんなに落ち着きが無いの? 普通、ロザリンさんみたいな年頃になれば、何もしなくても落ち着いて来ると思うんだけど」

 盗賊になったり魔法使いを目指したり。気軽にそんな事を言えるのは子供の内だけだ。大人になればそんな事は言えなくなる。夢が叶わないからでは無い。むしろ、現実味を帯びてくるのだ。結局、子供の頃の言葉には現実と言う物が無いのだ。何かに成りたいと言っても、心から成ろうとしてはいない。

 ロザリンだってそうだろうに。

「本当に、質問するつもりで聞いてる? この後、内容を聞いて怒るつもりだったりしない?」

「しないしない」

 むしろ怒る気力が失せている。ロザリンの様な女性を、クルトみたいに人生経験が少ない子供がなんとかできる訳が無いのだ。

「まあ、別にこれと言って話す事も無いんだけどね。一時は大人しくなろうって決めた事もあるのよ? けれど、その時は別に大人しくしなくても良いって言われたから……」

「へえ、それを言った人って、もしかして嫁ぎ先の商人さん?」

 なんとなくそう思った。

「そうよ。なんで分かったの?」

「そんな事を言う人って、多分カーナ家には居ないから」

 ユルゲンも、その妻のケレナも、テインズだってロザリンにそんな言葉を掛けまい。何故なら、彼女は生来から大人しく無いのだから。

「結構覚えている物ね。そんな事、初めて言われたからかしら。ああ、私は自由にしても良いんだって、そう思ったわ。それが何故かどんどん過激に行動する様になったんだけれど」

 それは向こうの商人に同情する。後になって、どれだけその言葉に後悔した事だろうか。

「でも、その話ってちょっと変じゃない?」

「何が?」

 ロザリンの話で気になる点が一つあった。もしかして彼女は……。

「いや、自由にして良いって言われて、行動がどんどん過激になるのは可笑しいかなと。そりゃあカーナ家に居る時みたいな性格にはなるだろうけど、それ以上悪化する事も無いんじゃない?」

 例えば本物の剣を持って盗賊ごっこをするなど、カーナ家の娘だった時でも考えられない事である。

「そう言えばそうよね。何でかしら。今になって考えてみれば、少しやり過ぎた感はあるのだけど」

 本人自身も気が付いて無かったらしい。考え込む様に腕を組むロザリン。そんなロザリンを見て、クルトは自分が思い付いた物を話す事にした。

「もしかしてさ、ロザリンさんは―――」

 最初に感じたのは腕が重くなったと言う物だ。そのすぐ後に痛みが走る。のこぎりでも押し付けられた様な棘棘しさが右腕に走ると同時に、クルトはその場に倒れた。急に体のバランスが崩れたのだ。その原因は、倒れたクルトの上に居た。

 それを見た時、一番最初に考えた事は、痛みが走る場所が腕で良かったと言う物である。これが首であれば一溜りも無かっただろう。クルトの体の上には、腕に噛みつく狼がクルトを睨んでいた。


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