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魔法使いの歩き方  作者: きーち
魔法使いの帰り方
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魔法使いの帰り方(2)

 ロザリン・カーナの人生と言えば、今の今まで思い通りにならぬ事ばかりだった。

 別に不幸せだった訳では無い。小さいとは言え貴族の一人娘として、不自由無く暮らしていたのだから。

 ただ彼女自身、自分がどうにも人様より苛烈な性格をしていると理解はしていた。赤ん坊の頃から良く泣く性格で、物心付いた頃になると、外で遊びたがる癖に、汚れる事を嫌う様な我が侭娘になっていたのだ。

 その性格に周囲は当然苦労しただろうが、彼女に言わせれば一番苦労して居たのは自分自身である。なにせ、自分の激情を自分でコントロールできないのだ。

 周囲が自分の理想通りにならぬことなど、子供だって分かっている。当然ロザリンにもだ。しかし、自分の心までもが自分で操れないのだとしたら、世界は自分を置いて回っている様な、そんな気分に陥ってしまうのではないだろうか。

 ほら、また自分の心が自分自身を裏切りだした。まだ眠りの中で微睡んでいたい気分なのに、自身の性格がそれを許せず、すぐに眠りから覚めようとする。

「う……ん…。こ、ここは……」

 目を開けば自分を覗く人が見えた。見知った顔だ。忘れようとしたって忘れられない父親の。

「お父様!? どうしてここに!」

 そもそもここはどこだ。自分は眠っていた様だが、眠りに至るまでの記憶が思い出せない。

「どうしても何もあるか! 親に心配をかける娘が偉そうに!」

 父は随分と怒って顔を真っ赤にしていた。ここ最近、家に帰ってからはずっと、会う度にこの表情を浮かべている。

「そもそも、道端に倒れているとは何事だ。こんどは一体何をやらかした!」

 道端に倒れていた? そうだ、思い出した。あれは道を歩いている子供を脅して金目の物を頂こうとした時。

「魔法、そうよ魔法よ。火にまかれたと思ったら、こんどはビリビリと。あんな事ができるのは魔法使いしか居ないわ!」

 ああ言った追剥には慣れているつもりだったが、魔法使い相手は想定していなかった。今度もし会う事があったら、どうしてくれようか。

「起きてそうそう何を言っておるか。魔法使いなら、ほれ、ここに居るだろう。お前だって会ったことがあるはずだ。我が家で預かっていたクルトだよ。この子はお前と違って、街で魔法使いになって帰って来たんだ」

 父親が、隣に居る子供を紹介する。確かに見た顔だ。何故か記憶にしっかりと残っている。それもつい最近の思い出の様に―――

「あ! あんたは、あの時の魔法使い!」


 起きたロザリンに指差され、苦笑いを浮かべるクルト。これはとうとうバレたと考えて良いだろう。恩人の娘に魔法で気絶させ、道端に捨て置いたと知れれば、一体どんな反応をされるのやら。

「ええっと、始めまして。カーナ家にお世話させて貰ってるクルトと言います。よろしくお願いしますね?」

 とりあえず自己紹介から始めてみよう。貴族で女盗賊なんて言う人種との出会いは、未知なる体験以外の何物でも無いのだから。

「始めましてじゃ無いわよね!?」

「ああ、そう言えば昔に顔合わせした事があるらしいですね。それじゃあお久しぶり」

「もっと最近会ったでしょう!? 今朝の事よ、今朝の」

 やはりそちらの方向に話を進めようとするか。まったく、良いところのお嬢様なのだから、庶民の顔なんて覚えて無ければ良かったのに。

「今朝はこの村に向かって旅をしていたけれど。ちょっとした一悶着はあった気もするけどね。概ね平和な旅だったと―――」

「その一悶着の事を言っているのよ! あなたねえ、人様に魔法を使って気絶させるなんてどう言う神経しているの?」

「いや、旅人に剣先向ける人に言われたくないなあ。 盗賊相手に自衛するのは当然の権利でしょ」

 どうにも口論になってしまった。しかしこの会話、領主であるユルゲンに筒抜けの様な。

「……二人共、どうやら知り合いらしいな。何があったのか聞かせて貰おうか」

 腕を組み、怪訝な表情でこちらを見るユルゲン。状況は掴めぬが、何か厄介な事があったのだろうと理解している顔だ。

「ええっと、何をどう説明すれば良いか……」

 下手に状況を伝えれば、娘を傷つけた相手と思われてしまう。

「あなたが私を魔法で気絶させたんでしょう? 難しい説明じゃあ無いわね」

 くそ、その説明だけじゃあ丸っきりこちらが悪者じゃ無いか。なんとか自己弁護をせねば。

「だーかーらー、そっちが先に仕掛けてきたんじゃないか。いきなり道端で金目の物をよこせなんて言われれば、誰だって警戒するし、反撃の手があればそれを使うよ」

「あら、こう見えても私はか弱い女よ。人だって傷つけた事は殆ど無いわ。そんな相手に警戒なんてするかしら」

 言うに事欠いてか弱いだと? 良く言えた物だ。

「持っていた剣はなんなんだよ。あれってどう見ても何度か使った形跡があるぞ!」

 あの剣で脅されたからこそ、クルトは魔法を使う事にしたのだ。でなければ女盗賊なんて相手にするものか。

「お生憎様、これは貰いものなの。私は一度だってこれで人を斬った事は無いわ」

「うっそだあ」

 そんな理屈が通る訳が無い。通れば世の中の盗賊はみんな無罪放免になる。

「いや、クルト。この娘の言っている事は本当だと思う。この娘は随分と激情家だが、人を傷つける度胸のある娘じゃあない」

 ユルゲンからの仲裁が入る。ロザリンを庇う形でだが。

「ほら見なさい。これであなたは女相手に危険な魔法を使った危険な魔法使いってことになるわ」

「ぐぐ……」

 偉そうに言えた事か。嘲る様にこちらを見るロザリンに少々苛つくクルト。

「馬鹿者! 実際はどうであれ、お前が人様に刃物を向けた事に変わりないだろう!」

「ひっ!」

 クルトの苛立ちを止めてくれたのはユルゲンだった。状況を見る中で、ユルゲンは娘を気絶させた相手より、その様な状況を起こしたロザリン自身に怒りを向けている。

「クルト。この娘に代わって親の私が謝る。帰郷の道中で、盗賊に襲われるなど恐ろしい事だったろう。すまない」

「ちょ、ちょっと待ってくださいって。実際は命の危険が無かったんですから、そんな風に誤って貰わなくても」

 頭を下げるユルゲンを見て、慌てるのはクルトだ。一応の親代わりでもあり、立場など圧倒的に上の貴族が、自分に対して頭を下げるなんて恐れ多いのも程がある。

「いや、この土地を治める者としても、娘が人を脅すなど看過できる物では無い、この娘とは、これからじっくりと話し合いたいと思う。失礼だが、少し部屋を出て頂けるかな?」

「お父様!?」

 怒りを隠そうともせず、娘を見やるユルゲン。今度怯えるのはロザリンの番だった。

「ええっと。わかりました、それじゃあ失礼しますね」

 当然、親子の説教などに巻き込まれるつもりなど毛頭無く、そそくさと部屋を出るクルト。

 扉を閉めると同時に響く声は、当然、ユルゲンの大声だった。


 日が傾き夜になる。ロザリンとの一件が終わった後、屋敷にある自分の部屋へ戻ったクルトは、魔法の自習を行っていた。

 魔法の学習は一朝一夕にできぬもので、日々少しずつでも訓練と勉学を重ねて行く事が一番の近道である。これで教師の授業があれば一番なのだが、それを期待できぬ以上、こうやって自らサボらず続けるしかない。

 部屋のベッドに座りながら、大学図書館で借りた本を見るクルト。故郷への滞在は、この本の返却期限が来るまでだろうか。

「しっかしあのロザリンって人も随分と荒々しい性格をしてるよね」

 勉強を続けて居れば、つい違う事に考えが向かうのは良くある事。クルトはいつのまにか、今日の一件について考えが移っていた。

「貴族の娘なんて、皆おっとりしている物と思ってたのに、あれだものなあ」

 貴族の家で暫く育ったクルトだ。ユルゲンの妻は勿論、他貴族の娘や伴侶にもある程度会った事がある。

 そのどれもとは言わないが、だいたいがお嬢様然とした余裕のある性格をしていた。

「ま、例外なんてどんな世界にもあるか。うちの大学にも魔法使いらしくない人なんてゴロゴロしてるし」

 例えば自分の師などは、研究室に籠っている様な魔法使いの想像図からは、大きく外れた存在だろう。

「ただ、理解しろって言われたら困る相手かな―――うん?」

 部屋の扉がノックされた。来客だろうか?

「どうぞ、開いてるよ」

 屋敷の部屋には鍵が付いているが、クルトは基本的に開けたままにしている。屋敷自体、警備がある程度行き届いているので、空き巣の心配が殆ど無いからである。

「お邪魔するわね、クルト」

「あれ、姉さん。どうしたの?」

 部屋に入って来たのは姉のケレナだった。何時もの通り穏やかな顔をしているが、どこか真剣さを感じさせている。恐らく、何かあるのだろう。

「夕食の準備が出来たから、その事で呼びに来たんだけど……」

 屋敷内の食事は、使用人と屋敷内の女性が取り仕切る。女性とはつまりカーナ家の女性であり、この場合、ユルゲンの妻と跡継ぎであるテインズの妻、つまりケレナだ。

 だから食事の準備が出来たと呼びに来る事は別におかしくは無い。しかし、普段は使用人が呼びに来る。姉が直接来ると言う事は、クルトに会う用があると言う事である。

「本当はね、ロザリンさんがクルトを呼びに来る事になっていたの」

「どういうこと?」

 クルトとロザリンは昼間の一件以外は特に接点は無く、ロザリンが屋敷で何らかの仕事に就いていない以上、クルトを呼びに来る必要が無い。

「ロザリンさんと喧嘩をしたんでしょう? 多分、お義父様はロザリンさんの方に非があると考えたんでしょうね。罰のつもりだと思うわ」

 カーナ家の正式な娘に居候を呼びに行かせる。体面を気にする人物なら、確かにちょっとした罰と感じるだろう。

「でも来てないって事は、何かあったんだよね?」

「また喧嘩をしたらしいわ。ロザリンさんがどうして私がって叫んでいるのを私も見た」

「まあ、そうだろうと思ったよ。あの人も随分と苛烈だなあ」

 正直、余り付き合いたい部類の人間では無い。

「けどね、私あそこまで性格が頑ななのには、何か理由があると思うの。前に会った時も、激しい性格だったけれど、あそこまでじゃあ無かったもの。きっと、嫁ぎ先で何かあったんだわ」

「だろうね。でなければ帰って来て盗賊になるなんてあるはず無いもの」

 何かあったとしても盗賊になるのはちょっと無い話だと思うが。

 ケレナは伏し目がちになりながら、申し訳なさそうに口を開いた。

「だからクルトには、ロザリンさんからその事を聞き出して欲しいの」

「はあ!?」

 姉は時々弟に無茶を言う物だが、この脈略の無さは厄介である。どうして自分があの似非女盗賊から情報を聞き出さなければならないのか。

「そもそも、僕とロザリンさんってそれなりに険悪になってる様なんだけど……」

「あら、会ったばかりの印象なんて直ぐに変わる物よ? それより、ロザリンさんは街に行ってから性格が変わってしまったんだから、同じ街を見て来たクルトなら、話が合うと思うの」

「いやいや良く知らないけど、僕が住んでるアシュルとロザリンさんが嫁いだ先の街って違う街なんじゃないの? それにもし同じ街に住んでたとしても、仲良くなる理由には―――」

「ロザリンさんの嫁入り先は、ルナトと言う街に住む商人さんよ? アシュルから北にある街だったかしら」

「へえ、そうなんだ」

 カーナ家の内情に関しては、姉の方がクルトより良く知っているらしい。

「って、そうじゃないよ。姉さんだって分かるでしょ、あの人の性格。僕との相性は多分最悪だって」

「そうかしら。あなたってちょっと屁理屈なところがあるから、勢いのあるロザリンさんと話が合いそうだけど……」

 自分が屁理屈屋なのは知っているが、ロザリンの様な手合いと仲良くなれそうだと言うのは初めて聞いた。これが姉の言葉で無ければ一笑に付すところだが、クルト自身よりクルトを知っている部分があるのが彼女だった。

「分かったよ。機会があったら話しかけてみる。嫁いだ後に何があったのかもね。それで良い?」

「ええ、ありがとう。私じゃあロザリンさんと話す事もできないと思うから、クルトが帰って来てくれて助かったわ」

 姉は既にカーナ家の一員だ。テインズが心変わりさえしなければ、カーナ家を女性として支える柱になる。そんな姉と夫の姉とが仲良くすると言うのは、本人同士は良いだろうが、周りから見れば不味い事になる。

 カーナ家を代表する女性が、どちらなのかが分からなくなってしまう。貴族は体面を気にしなければ少々厄介な事に成り易い。

「それじゃあ食事にしましょう、クルト。あなたを呼びには来なかったけど、ロザリンさんも食事に参加するわ。もしかしたら、話す良いきっかけになるかもしれない」

 姉はそう言うが、正直、上手く話せるかはまだ分からない。ただ、姉がロザリンの事を心配しているのなら、自分も心配したって良いかもしれないとは考えるクルトだった。


「………」

 領主のユルゲン、その妻のハンナ。テインズと姉のケレナ。そしてロザリンとクルトが座る大きな食卓。そこでは誰も喋らず食事を続けている。静かな食事風景だ。周囲は沈黙が続いている。カーナ家の食卓とはこんな物だったろうか。

 いやいや、自分が家を出るまでは、少々堅苦しくはあるが、話が絶えない食卓だったと思う。特に姉とテインズは良く話していた。それに相槌を打つ形で、他の3人も会話に参加していた。

 ならば沈黙の原因はロザリンだろうか。いや、恐らく姉のケレナが原因だ。チラチラとこちらを見る姉の目線で分かる。ケレナはクルトに話をさせるつもりなのだ。主にロザリンと。

「そう言えば街の事なんですけど、あそこは本当に色んな人が集まりますね。大学じゃあ他国の人間とも友人になれました」

 とりあえず、街についての話題を振って置く。もしロザリンも街の人間なのだとしたら、会話に入ってくる可能性があるかも。

「行商人などは確かに他国人が多いわね。村では時が止まる様な平穏が続くけれど、あそこは常に人が流れている」

 クルトの話に続いたのはユルゲンの妻であるハンナだった。彼女は若い頃、村では無く王城に出仕していたそうだ。それが原因が非常に礼儀を気にする性質で、カーナ家にクルトたち姉弟が来て直ぐの頃は随分と叱られた覚えがある。

 だから娘のロザリンが盗賊の真似事をし始めたと知った時は、どれ程の衝撃だったのか。想像したくない考えである。

「そんなに良い物じゃあ無いでしょう? 街なんて、人がゴミゴミ集まって、止まっていたら直ぐに置いて行かれる場所じゃない」

 不機嫌そうだが、思惑通りにロザリンが会話に乗って来た。ここからさらに話を弾ませる必要があるが。

「そういう言い方は無いでしょう? わたしはその街で育ったのよ」

 クルトがロザリンと話をする前に、ハンナがロザリンの言葉に反応する。どうにも嫌な予感がする。

「だからお母様は良くイライラしてるんだわ。村の遅さに我慢できない。いっつもせっかちで」

 話がロザリンの愚痴に変わっている。そしてその愚痴の矛先は彼女の母であるハンナに向かっており、話が続く毎に表情が悪くなっていくのがわかる。

「そうね。昔からあなたはそうだったわね。わたしの話を聞こうともしないで」

「聞こうとしてないんじゃなくて、話が早いの。つい聞き逃してしまうわ」

 ほら見ろ、どちらかが折れない会話なんて、罵り合いにしか発展しないのだ。

「ちゃんと聞いたところで、おとなしくしてくれるあなたじゃ無かったでしょう!」

「だってお母様は私に無茶ばっかり言う!」

「いい加減にせんか! 食事中だぞ!」

 ユルゲンが食卓を腕で叩き、怒声を上げる。部屋中に響くその声のおかげで、ロザリンとハンナの口喧嘩は止まる。

「すまんなクルト。街の話だったか。恥ずかし話だが、私はこの村の領主として土地を離れると言う事が少ない。出来れば、街についての話を続けてくれないか。良い情報になるだろうから」

 そのまま沈黙が再び続くのかと思いきや、ユルゲンがクルトに会話を勧めてくる。当初の目論見であるロザリンとの会話には結びつかなかったが、沈黙が続くよりは余程良い。

 それに、ロザリンがやはり街に何らかのしこりを持っていると言う事が分かったのだ。最初の一歩としては上出来と言えるかもしれない。


 当初の静けさが無くなり、なんとか夕食はそれなりに良い雰囲気になっている。そうしてもうそろそろ終わりに差し掛かって来た頃、食卓に突然カーナ家の使用人が飛び込んできた。当然、普通はそんな事はしない。家族の食卓を中断させるのは、貴族でなくても失礼な行為なのだ。

「旦那様、大変です!」

 失礼を承知でやって来た以上、それなりの事情があるのだろう。使用人の表情は随分と焦りの色が見てとれる。

「なんだ騒々しい。要件を早く言うと良い」

 ユルゲンは慌てる使用人をたしなめるが、追い出す様な事はしない。こう言った時の使用人は、必ずと言って良い程重要な話を持ち込んでくる。使用人用のトイレが詰まったとかもあるが……。

「村に獣が! 南端の家が襲われたそうです!」

 使用人の報告を聞き、食卓に座る全員が席から立つ。ここに居る全員が、使用人の言葉の意味を十分理解していた。

 村へ獣がやってくると言うのは、餌を探しにやって来たと言う事だ。そしてその餌とは、村の家畜、収穫物、時には村人自身の場合がある。つまり村に多大な被害をもたらす存在なのだ。この場にじっと座っていて良い状態では無い、何より既に村人が襲われている。

「襲われた村人はどうなっている?」

「怪我はしていますが、命に別状は無いそうです。今は医者が見ているそうで」

 恐らくロザリンのために呼んだ医者だろう。村人への被害自体はまだ少ない様で胸を撫で下ろす。今後はどうかは分からないが。

「そうか。悪いが村人を出来うる限りこの屋敷へ呼んできてくれ。動けぬ者が居る様なら、決して家から出ない様にともな」

 ユルゲンの言葉を聞いた使用人は、すぐに部屋を出て行った。村には決められた連絡網があり、領主の言葉は、すぐさま村中に広がる事だろう。獣を放って置けば、味を占めて被害を大きくする可能性がある。早急に対応する必要があった。

 まず行うのは村人の避難。領主の屋敷が一番防衛能力が高いので、この場所に呼ぶ。一般の家屋でも、外にさえ出なければ襲われる可能性は少なくなるだろう。

「テインズ、クルト。お前たちは見回りに参加して貰うぞ。できるな?」

 頷く二人。獣が村を襲った時に行わなければならないもう一つの事。それは、村が獣にとって恐ろしい場所だと認識させる事だ。

 今、避難して難を逃れたとしても、獣自身が被害を受けなければ必ずまたやってくるのだ。村側から、獣に対して何らかの害を与えなければならない。例え命賭けだったとしても。

「ちょっと、待って。私も見回りに参加するわ。人数は多い方が良いんでしょ?」

 ユルゲンの指示に口を挟むのはロザリンだった。

「何を言っている。お前は女じゃあ無いか。参加したところで足手まといになるだけだ」

 ユルゲンは苦々しい顔をして、ロザリンを見る。こんな時にまで我が侭を言うなと言いたげだ。普通、獣に対処するのは村の若者である。老人、女性、子供は普通、避難者の内に入る。

「足手まといって言うのなら、そこの子もそうでしょう? どう見ても子供だわ」

「これでも14歳だよ」

 酷く無礼な事を言われた気がして、クルトは自分の年齢について話した。

「え? 嘘!」

 背が低くてごめんなさいとでも言えば良いのか? この村で14歳と言えば、普通に力仕事を任される部類の人間だ。獣の見回りにも当然参加する。

「そう言う訳だ。お前は屋敷でじっとしているんだ。今回ばかりは本当に危険なのだからな」

「……」

 押し黙るロザリン。ユルゲンの威圧に負けたのだろうか? それにしてはまだ何か言いたそうにしているが。

「クルト、そろそろ村人が集まってくる。村を見張る班分けをする必要があるから、それを手伝ってくれないかい?」

 テインズがクルトの肩を叩いてから話す。クルトも一応はこの領主一族の一人なのだ。村人達を取りまとめる義務がある。

 これから忙しくなりそうだ。クルトは一旦、ロザリンの事は頭の隅に置き、今起こっている問題に集中する事にした。


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