魔法使いの働き方(3)
ガーゴイルは犬の形をしてる物が多いらしい。元となる動物が良く人の命令を聞く存在でなければならないからだ。
中には羽を生やした悪趣味な物まであるとか。
「そもそも、無機物と生物を融合させるなんてできるの?」
「膨大な魔力が、反動や反発がるはずの融合を可能としたらしい。それを行う技術自体は資料や知識で残って居るんだが、必要な魔力が普通じゃあ無い。費用対効果の面から作られた事は無いはずだ」
必要とする魔力量がとれくらいかと言えば、作られたガーゴイルが行動する度に、その内にある魔力が周囲に放出される程だったそうだ。
「偉くとんでもない話だね。体を動かすと魔力が出るなんて、魔法を使える人間だってそんな事は起こらない」
「だろう? そんな魔力を現代で用意するなんて、どれだけの労力が必要か……。技術と知識が残って居るのだから、それで良いと考えるのが普通だ」
しかし一度くらいは試したくなるのも本能だろう。実はどこかで作られて居たりして。
「この遺跡から下水溝の壁をブチ破ったのはそのガーゴイル?」
「可能性は有る。ガーゴイルの肉体は無機物との融合体だから、代謝も少なく、一方で生物としての肉体が長い年月での風化を防ぐのかも……」
「だとしても、きっと、腹を空かしているはずだよね。体の一部は生物なんだから。動き出したのも、餌を探すためとか」
「基本的に命令を忠実に聞くそうだが、自分自身の命に関わって来る事なら、確かに命令を無視して動き出すかもな」
元となった動物がいくら人に忠実だったとしても、身の危険を感じれば独自で行動する。そう言う物だ。
「それはかなり危なくない?」
「危険だな。まさに飢えた獣そのものだ」
今現在、ガーゴイルが餌探しのために下水溝を徘徊しているのかもしれない。しかし下水溝内で餌となる物と言えば、鼠くらいしか居ないだろう。この遺跡に居たガーゴイルがどんな物かは知れないが、その程度で満足できるだろうか。
「例えばさ、そんな飢えた獣が餌を探しに出かけたとして、獲物を得るにしろ逃すにしろ、その後の行動はどうだと思う?」
危険な生き物が下水溝に居るのならば、その行動を予想するのは無益な事では無いだろう。
「元居た場所はここだから、ここに帰ってくるんじゃないか? 言ってみればこの遺跡はガーゴイルの巣みたいな物だ」
つまりここに長居していれば、ガーゴイルと鉢合わせする可能性がある。
「やっぱり早くここを出ない? ガーゴイルなんて帰って来なければ良いのに」
「足跡が聞こえるがな」
ナイツの言葉に気付く。道の向こうから石で石を叩くような音がしている。石が勝手に動くはずも無い。あるとすれば、生物が混じった石だろう。
「ところで、ガーゴイルは何を餌にするんだろうね」
「生物部分は獣と同じだ。肉食生物なら肉を食べる。後、その身にある魔力が枯渇している場合は、魔力その物を欲するらしい。魔力で作られた魔法生物だからだろうな」
随分と詳しく話す。古代魔法を中心に授業がされていると言うのは本当な様だ。
「あのさ、肉食のガーゴイルにとって、僕たちみたいな見習い魔法使いはどう映るのかな」
「美味しそうな餌じゃないか? 鼠よりも肉付きが良いし、さっきまで魔法を使ってたお前なんて、魔力の調味料付きだ」
ならば真っ先に狙われるのは自分では無いか。
部屋へと繋がる道に向き身構える。石を叩く音はどんどん部屋へと近づいて来ており、もうすぐそこまで来ていた。
「部屋の扉に影が見えた時点で魔法をつかうぞ。火の魔法で良いか?」
「了解。それなら距離を置いた状態でも相手に通じる」
お互い見習いであるが、火の魔法くらいなら手慣れた物だ。例えば動く相手に火をぶつけるくらいには。
「見えた!」
「いけ!」
ナイツの叫びと当時に火を部屋の入口に放つ。ナイツは自分の手のひらから、クルトは入口に向けた杖の先から火が走り、二つの火球となって入口にぶつかる。
軌道は部屋の入口を通り過ぎる様に調整してある。それが入口にぶつかったと言う事は、入口付近に存在する何かに当たった事を意味している。
「効いたかな?」
「相手がガーゴイルなら、効果は薄いかもしれない。体の何割かが無機物なんだからな」
火球のよって生じた火柱の中から影が蠢く。影は火柱から部屋の中へと跳びだした。話に聞く通り、犬の輪郭を持ち石の様な肉体を持つ影。それがガーゴイルの姿だった。
「ダメージは通ってるのか居ないのか。一応、表面は焦げているよね……」
煤で汚れた体をクルト達に向け、グルルと唸るガーゴイル。明らかにこちらへ敵意を向けている。
「攻撃するべきじゃあ無かったかもな。完全にこっちを外敵だと思ってる」
「餌にされるかもってそっちが脅すからじゃん! もうどうしようも無いって」
なんとかこの窮地を脱しなければならない。一番良いのはガーゴイルを倒す事だが、そのための攻撃手段を考えなければ。
「何か良い魔法は、うわっと!」
ガーゴイルは口蓋を上下に開きクルトへと跳びかかる。ただでさえ重そうなガーゴイルの体が、こちらへ跳んでくるのだ。その牙で噛まれれば、その勢いのまま肉体を食い千切られかねない。咄嗟に横へと転がる事でそれを避け、クルトは再びガーゴイルに視線を向けた。
「簡単に避けれた? 犬にしては動きが鈍いね。体が石だからかな」
ガーゴイルの跳びかかりは、獣のそれにしては鈍重だった。目で見て横に避け、再び警戒できる隙があるくらいには。
「それもあるが、体力が落ちているんだろう。あの様子じゃあ、餌は手に入らなかったみたいだな」
唸るガーゴイルであるが、良く見ればその姿からは弱々しさを覚える。なんと言うか動作に力みが無いのだ。どこか手足も震えている。
「いっその事、餌付けしてみるってのはどう? 敵対するより賢い選択だと思うんだ」
「ハハ、自分に火をぶつけた相手に懐くか? ほら見ろ、また跳びかかって来た!」
今度ガーゴイルが向かうのはナイツだった。だがやはり勢いが無く、簡単に避けられる。そうして今度は跳びかかった先で倒れて動かなくなった。体力が尽きたのだろう。
「……うーん。やっぱり、保護しない? 今じゃあ珍しい相手なんでしょ? 多分、今の状態じゃあ反撃されても怖くない」
弱ったガーゴイルを見て、さすがに可哀そうになって来た。長い年月をこの部屋で過ごし、限界が来て自分で餌を探していたと思えば、突然見知らぬ人物に襲われる。同情できる相手だ。
「あー、うん、これくらい弱ってるなら、まあ良いか……」
地面に這いつくばったガーゴイルを見て、当初感じた脅威をもう一度感じろと言うのは、少々難しい話であった。
体の一部が石で出来ていると言う事はそれだけ重いと言う事だ。犬一頭をそのまま持つだけでも重労働なのに、ガーゴイルを下水道から持ち運ぶのはどう考えても体力の限界を超えていた。
下水道から出る頃には、二人は立ち上がる事も困難な程になっている。
「これからどうする? ガーゴイルは……一応、まだ生きているみたいだが、放って置けば衰弱死するし、そもそも下水道掃除の仕事だって完全に出来ていない。そうだ、そもそも、俺への報酬はどうなるんだよ。当初の目的が一切達成できてないんじゃあ……」
「その辺りはちゃんと考えて居るよ。整備隊からの報酬については僕に任せて置いて。後、このガーゴイルだけど、餌は犬が食べる物で良いのかな? 自分で動いてくれればそれで良いんだけど……」
持ち運ぶのが無理ならば、ガーゴイル自身が動いて貰えれば良い。
「元気になって暴れ出したらどうする?」
「餌付けってのは獣に対して想像以上に有効だよ。腹が満たされていれば、無駄な体力は使わない。そもそも、このガーゴイルって飼い犬みたいな物なんでしょ?」
長い時の中で、ずっと遺跡の中に住んでいたのだ。それはきっと主人の命令を聞き続けたからに違いない。だとすれば、人間に対する敵対心は薄いのかも。
こちらから攻撃を仕掛けた事実を覚えて居なければだが……。
「とりあえず、どっちがこのガーゴイルの餌を持ってくるか、じゃんけんで決める?」
「立ち上がりたくは無いなあ」
今は下水道の出口付近。人通りが少ないので、恥を捨てて地面に座り込んでいるところだった。
「そうだ、こいつは魔力不足かもしれない。なら、待っている側はこのガーゴイルに魔力を与えないと! クルトは方法を知らないだろ? 俺がやるしかない」
なるほど理屈だ。ただし屁理屈でもある。
「魔力なんてどうせ、純粋に放出を続ければ良いだけでしょ。複雑な方法が必要だとしても、そんなマイナーな知識、既に教わってるとは思えないね」
「ぐっ……。まあ、確かにその通りだ。しかしそうなると、どちらがこいつの餌を確保しに行くか―――」
「……クゥーン」
ガーゴイルが鳴き声を上げた。出会った時の威勢が良い声で無く、弱弱しく、今にも消え入りそうな鳴き声だ。人間、こう言う声には弱い。
「……わかったよ、僕が餌を探しに行く。そっちはその、魔力を与える作業とやらをちゃんとして置いて」
「……了解。できるだけ早くな」
疲労で重い足を持ち上げ、小走りで街中へと進んでいく。空腹はさぞかし苦しい状況だろうから。
アシュル港整備隊の事務所からの帰り道、尻尾を振ってクルト達について来るガーゴイルを横に、クルト達は会話を続けていた。
「餌をやった程度で本当に懐いてるな、こいつ」
こちらを襲う様な雰囲気は無く、最初向けた敵意が嘘の様だ。
「元が獣だもの。こんなもんだよ。腹が満たされた生き物なんてだいたいが人懐っこい」
さらに人間が餌をくれる相手だと理解すれば、余程の事が無い限り人を傷つける事はしない。
「ところで、良く整備隊から報酬を貰えたな。しかも当初の契約以上じゃないか。これで次の授業の教材代は十分だが……」
下水道掃除は半分程度しか終わって居なかったのに不思議だと漏らすナイツ。まあ、仕事の契約とは交渉事の一つなのだから遣り様はある。
「下水道に変な道があるって僕らは知らなかった訳だけど、下水道をずっと整備している整備隊が、まったく心当たりが無いって事は無いよね。しかもその道は、もしかしたら王家と関わりのある場所かもしれない。整備隊は下水道整備のためとは言え、ずっと秘匿していた形になる可能性もある。僕らが騒げばの話だけどね」
ただでさえ厄介事の証拠であるガーゴイルがそばに居るのだ。こんなのは契約違反だとクルト達が騒ぐかもしれない。そんな危機感を向こうは当然抱く。
「つまりは口止め料込みの報酬って事か……。なんだか釈然としないな」
「釈然としたかったら、もっと腕と名声を上げる事だね。見習い魔法使いが高い報酬を貰うなんて、まっとうな方法じゃあ無理だ」
少し前に命の危険があるかもしれない仕事を請け負ったが報酬は、生活費にして1ヶ月にも満たない報酬と頑丈な杖一本だった。それが現在、使える魔法が数える程しかないクルト達の値段だと言う事だ。
「腕か……。まだまだ努力が必要だな」
自らの価値を上げるための方法としてその言葉が出るのなら、彼の前途は良い方だろう。授業代さえ稼げれば、このまま曲がらずまっすぐ成長して行く。
「ま、人の批評をしたって、僕自身がどうにかなるでも無いけど」
「うん? 何のことだ?」
「僕も成長しなくちゃならないってことさ。一人前の魔法使いにね」
友人や犬みたいな生き物と並び歩きながら、疲れた足で大学に帰る。手には高い授業代で殆ど使ってしまいかねない金銭が少し。
今のクルトはこんな物である。
大学に帰れば、さっそくガーゴイルについて聞かれた。あまり表だって話せる内容では無いので説明は難しかったが、大学上層部には誤解無く伝わった様だ。今の所、クルト達にお咎めは無い。むしろ、古代の魔法生物を手に入れて来てくれたと若干褒めの入った答えが返って来た。
「生きて、しかも人に懐いた状態でガーゴイルを捕まえて来たのだ。それで不満を言うようであれば、魔法使いとは言えんのう」
大学側の返答をクルトの様な生徒に伝えるのは教師の役目だ。暫くぶりに師であるオーゼに出会えたのは、彼が伝達役にと大学が呼び出したからである。
「あはは、まあ、八方上手く治まってくれただけで僕的には満足ですよ」
オーゼの研究室で座り心地の悪い椅子に座りながら、そんな軽口を叩くクルト。オーゼの教室部屋も当然あるのだが、生徒一人教師一人と言う状況では、使うのは専らこの研究室だった。
「本来なら金一封ものじゃぞ? それくらい貴重な資料でな、もっと自慢しても良いと思うのだが……」
「別に全部実力で見つけた訳でも無いですからねえ。変に期待されても、余計な苦労を背負い込むだけもしれないし……」
「うん? 何かあったのかの?」
「いやあ、一緒にガーゴイルを見つけた友人なんですけどね……」
クルトは事の顛末を思い出した。具体的には、捕まえたガーゴイルがどうなったかである。
昼食時が終わった食堂で、やはり二人で食事をするクルトとナイツ。首尾良く授業代を稼げたナイツであるが、何故かその顔は暗い。
「ガーゴイルを飼う事になったんだって? なんでそんな事に……」
大学まで連れて帰ったガーゴイルは、一旦、大学側が生徒が持ち込んだ研究資料と言う事で預かる事となった。
そんなクルト達の手から離れたガーゴイルであるが、何故か今はナイツの宿舎に居るらしい。
「うちの先生は古代魔法の研究者だからな、あのガーゴイルの預かり手が先生になってもおかしくは無いんだが……」
「問題はなんでそこからさらに生徒預かりになったかだよね」
教師が研究資料を預かると言う事は、それについての調査と管理を任されると言う事だ。普通はそのまま教師の所有物となる。
「俺が捕まえたんだから俺の成果なんだってよ。生徒が見つけた貴重な資料は、生徒自身が研究すべきだそうだ。ほら、うちの先生ってそんな性格だろ?」
直接会った事は一度しか無いが、ナイツの師であるヘックス教師はかなりの実力主義者だ。生徒に厳しく接し、ついて来れない生徒を置き去りにする教え方をするが、その分、なんらかの結果を出した生徒には色々と優遇措置を講じてくれるらしい。
「だからお前がガーゴイルを飼う事に? 良かったじゃん。古代魔法を勉強する側にとってはあれって役に立つんでしょ?」
「いや、そんなに……。作成知識自体は今も残ってるって前に言ったろ? もしかしたら制作段階で珍しい魔法が使われているかもしれないが、そんなもの、今の俺に判別できる訳無いしなあ」
つまり余計な荷物を抱えてしまっただけと言う事で、落ち込みもするだろうか。
「いや、ガーゴイルだけならまだ良かったんだが、あのガーゴイルな、なんだか変なスイッチが入ったらしく、頻繁に動く様になったんだ。ずっと遺跡の中で動かなかった癖に」
むしろ今まで動くことが出来なかったからこそ、今は自由を謳歌しているのではないだろうか。
「もしかしてそれで世話が大変になったとか? あれって魔法で作られた制作物なんだから、人に対しては従順そうなんだけど」
「一応、言う事は聞くぞ? だけど少し訓練された犬程度だな。遺跡に居た時の様に動かない様にしたくても、どう命令すれば良いか分からない……。そのおかげで……」
「おかげで?」
「……餌代が掛かるんだよ。省エネモードじゃないって感じで、そこらの犬と同じくバクバクと!」
席から立ち上がり、机を両手で叩くナイツ。その音は食堂全体に響いた。これで食堂に人が多ければ、周囲の目線を集めていたところだ。幸運な事に今は食堂のおばさんくらいしかこちらを見ていないが。
「あー、せっかく授業代を稼いだのにねえ」
「また金欠だよ! もう残り物ランチともオサラバしたいんだよ!」
苦学生ナイツ、心の叫びであった。
「また仕事探そうか?」
「頼む……」
誰でも、一人前になるためには苦難の道を進んでいる。
「ハハハ。そのナイツ君も災難じゃのう。確かヘックスの奴は何体かガーゴイルの標本を持っていたはずだ。さすがに完全な物は貴重なんじゃろうが、そう幾つも必要ではあるまい。体の良い押し付けじゃな」
笑いながらも、話の裏を推測するオーゼ。古代魔法専門の教師だ。確かに生徒が見つける事が出来たガーゴイルくらい、既に持っていてもおかしくは無い。
「笑いごとじゃありませんよ。教師のせいで生徒が万年金欠で苦労するのは大学としてどうなんです?」
「生徒側には教師を選ぶ権利があるからの。選んだ生徒が悪いと言えば悪い」
確かに、現在の教室を選んだのはナイツ自身だ。そしてこれからも教室に参加したいと言う意思もある。
「ですけど、やっぱり教師関係で苦労しているってのは気になりますね。他人事じゃないって言うか」
ジロリとオーゼを見る。金欠とはまた違うが、彼もまた生徒を悩ませる教師の一人だった。
「ううむ。まあ、今回の呼び出しで、ワシの大学外での予定は大幅に崩れたからのう。暫くは大学内での講義は出来そうじゃが……」
罪悪感たっぷりの目線でこちらを見返すオーゼ。まだ、そんな感情があるだけマシなのだろうか。
「それじゃあさっそく授業を始めて下さい。実は勉強している魔法がどうにも自己流になってて不安だったんですよね」
いつだって時間は貴重品だ。どうせ暫くと言っても、すぐに大学の外へ旅立ってしまう相手なのだから、居る時のとことん教えてもらうに限る。無理にでも授業をして貰おう。
教師に悩まされるくらいなら、それくらい図太い神経を持つべきなのだ。




