No title
「マキ、私・・・・・・もう駄目みたい」
病室のベッドで彼女は平然と言った。
「だから、マキって言うなって言っただろ・・・・・・」
少しずつ弱ってきている彼女の手を握りながら言う。
数日前まで元気だった。いつものようにドジばかりやって、「あはは」と笑う彼女だった。
そう、数日前までは・・・・・・。
『どうしてもっと早く病院に来なかったんですか。あと一週間続くか分かりません』
医者の言葉が何度も頭に響く。
どうしてもっと早くに気づいてやれなかったんだろう。
彼女が後何日かでいなくなってしまうなんて信じられなかった。
「だって、“牧田”なんだからいいでしょ?」
彼女はこの数日間も相変わらずいつもの笑顔でいる。
爽やかに笑う彼女を見ていると、ずっと側に居てくれるのではないだろうか、とそんな錯覚を起こす。だが、例えこの一週間が続いてとしてもいつかは別れが来るだろう。
牧田は泣きそうになるのを必死に堪えながら、彼女に笑いかける。
『どうしてもっと・・・・・・もっと早くに言ってくれなかったんだよ!』
入院することになった彼女に最初に言った言葉だった。言ってから、どうして何か励ますような言葉を言えないのだと悔やむ。
『もとから分かっていたの。お医者さんに掛かっていても長生きしないことは』
彼女はただ一瞬驚いた顔をして、困った顔をし『ごめんね』と言った。
『どうして言ってくれなかったんだ・・・・・・?俺が頼りないからか?』
彼女が一番辛いはずで泣いても可笑しくないのに、彼女はもう前から覚悟していたのか泣いていない。それがたまらなく悲しくなって、彼女ではなく自分が泣いていた。
『あーあ、マキにだけは知られたくなかったのになぁ』
彼女はのんきにそんなことを言って笑う。その顔には悲しそうな色が浮かんでいる。
彼女は背を向けた。
『ゆい?』
『やだな・・・・・・。もう泣かないって決めていたのにな・・・・・・。未練とか心残りとかないはずだったのに・・・・・・』
彼女の声が震え、だんだん鼻声になる。
『心残りが出来たのはマキのせいだね。・・・・・・もう少しマキとラブストーリーを描きたか・・・・・・った、なぁ・・・・・・』
そう言って振り返った彼女の目から涙が零れていた。
待合室の窓から漏れる夕日が彼女を照らし、涙が煌めく。
「なんかね、色んな思い出が浮かぶんだ。マキと初めて動物園に行ったことやいっちゃん達とみんなでキャンプに行ったこととか。これって、走馬燈ってやつかな?」
ずっと天井を見上げていた彼女は少しずつ首を動かし、病室の窓を見た。
外は晴れ。青くすっきりした空が見え、穏やかな空気が漂っている。
病院の外にある電線には数羽の雀が仲良く並んで止まっている。一匹の雀が飛ぶと、あとの雀も青い空へと飛んでいった。
それを見ていた彼女は握られていないもう片方の手を挙げ、力一杯伸ばした。挙げられた手は震えている。きっとそれだけでも辛いのだろう。
「いつかあの空に手が届くんじゃないかって小さい頃から夢見てたけど、やっぱり・・・・・・届かないね」
精一杯伸ばされた手は力を尽きてベッドへと戻った。