『流浪の騎士』
あるところに、独りの騎士がいました。
その騎士には、過去の記憶が無い代わりに、
不思議な力があって、
自分以外が望んだ物は、何でも出せるし、
人が望めば、巨人並みの怪力も、
誰も思いつかない様な知恵も、出す事が出来るのです。
でもその力を使った後、
人から好かれると、体が白くなり、
人から嫌われると、黒くなると言う、
変わった特徴もありました。
ある時、夢の中で神様が現れて、
お前は善行を重ねると、天使に近づき、
悪行を重ねると、悪魔に近づくから、
自分の正しいと思う道を選んで、
進む様に言われました。
騎士は、ならば天使を目指そうと決めて、
旅を始めました。
騎士は、とある寂れた村に、立ち寄りました。
そこは、戦争により男達の戻らない山村でした。
村人の女達は、男達に帰ってきて欲しいと切に願い、
騎士はそれを叶える事にしました。
帰って来た男達を見て、村の女達はとても喜び、
騎士に感謝しました。
この時、騎士の体は、白くなりました。
しかし、望んだ相手が現れる事に気付いた女達は、
自分の望んだ通りの男達を要求して来る様になり、
騎士はその願いも、同じ様に叶えてやりました。
女達の望んだのは、実在しない見た目も理想通りで、
自分達の代わりに働いてくれる、男達でした。
村の女達は、そんな理想の男達との、
情事に溺れてしまい、毎日仕事もせずに、
欲望のままに過ごす様になってしまいました。
この時、騎士の体は黒くなっていました。
それに気づいた騎士は、これは正しく無いと悟って、
もっと男が欲しいと喚く、女達から逃れて、
この地を後にしました。
次に騎士は、とある農村に、立ち寄りました。
そこは、凶作によって作物が実らず、
飢えに喘ぐ農村でした。
村の農民達は、貧しくて飢えていて、
食事も満足に出来ない状態なのを見て、
騎士は農民達に、力の付く食べ物を出してあげました。
飢え死に寸前だった農民達は、
与えられた食べ物を見て、とても喜び、
騎士に感謝しました。
この時、騎士の体は、白くなりました。
しかし、騎士の出した食べ物を食べた農民達は、
未だ足りないと言って、更に要求してきました。
今度は、農民達が普段食べていた物を出してやると、
彼等は見向きもせず、こんな物は食えないと、
文句を言うばかりで、もっと美味しい食べ物をと、
際限なく求めて来る様になってしまいました。
この時、騎士の体は黒くなっていました。
それに気づいた騎士は、これは正しく無いと悟って、
もっと多くのご馳走をと叫ぶ、農民達から逃れて、
この地を後にしました。
次に騎士は、とある港町に、立ち寄りました。
そこは、貿易商人が行きかう大きな港町でした。
町の商人の中に、商売で騙された商人が居り、
騎士の噂を聞いたこの商人は、
このままでは、夜逃げしなければならないと、
訴えてきて、当座の金を工面して欲しいと、
騎士は頼まれました。
騎士は、この商人を救う為に、
抱えた借金を返せるだけの、お金を与えました。
騙された商人は、これで夜逃げしないで済むと、
騎士に感謝しました。
この時、騎士の体は、白くなりました。
しかし、この救われた商人があちこちで話をした為に、
その話を聞いた他の商人達が、
次々と騎士の所へとやって来ては、
自分も騙されて、借金があると語る様になりました。
騎士は、尋ねてくる商人達の言う通りに、
必要だと訴える額のお金を、用意してやりましたが、
それは次第に高額になって行き、やがて適当な嘘で、
金を手に入れる者ばかりになってしまいました。
この時、騎士の体は黒くなっていました。
それに気づいた騎士は、これは正しく無いと悟って、
際限無く金を欲しがる、商人達から逃れて、
この地を後にしました。
次に騎士は、とある都に、立ち寄りました。
そこは、広い庭と豪邸が立ち並ぶ、
貴族達の住む都でした。
貴族達の中に、領地での税金の徴集が思う様に行かず、
万策尽きて、どうにもならなくなっている貴族が居り、
騎士の噂を聞いたその貴族は、
金策に喘いでいて、困り果てていると訴えてきたので、
騎士は、その資金になる様にと、
宝石を、貴族に与えました。
困っていた貴族は、これで我が領地は救われると、
騎士に感謝しました。
この時、騎士の体は、白くなりました。
しかし、その財宝で豊かになった途端、
貴族は今までの必死の努力はしなくなり、
貰った宝石も私利私欲に浪費してしまい、
再び騎士へと、宝石を要求して来ました。
急に羽振りの良くなった貴族を見た他の貴族達も、
同じ様に騎士の所へと訪れるようになり、
中には、同じ貴族が何度も頼みに来て、
前の額では足りなかっただとか、
別の借金があったのを、忘れていただとか、
新たに理由をつけて来るばかりで、
皆、自分の力で解決しようとは、
しなくなってしまいました。
この時、騎士の体は黒くなっていました。
それに気づいた騎士は、これは正しく無いと悟って、
求めるだけで努力しようとしない、貴族達から逃れて、
この地を後にしました。
次に騎士は、とある砦に、立ち寄りました。
そこは、相次ぐ隣国や異民族の襲撃に晒されて、
疲弊した兵士達が駐屯する砦でした。
騎士の噂を聞いた、ある兵士が、
前の戦いで、自分の手柄を横取りされた事を訴えて、
手柄として与えられた地位や報酬を、
正当な権利を持つのは自分だから、
取り返したいと頼まれて、
騎士はその訴えを叶えてあげました。
兵士は、本来自分が得る筈だった地位と報酬を得て、
騎士に感謝しました。
この時、騎士の体は、白くなりました。
しかしそうすると今度は、奪われた兵士が、
同じ様な事を言い始め、騎士はそれも叶えてやると、
この話を聞いた兵士達が、
次々と手柄や報酬の奪還を要求して来て、
奪い合いが起こりました。
奪われた者達は、奪った者へと怒りをぶつけて、
やがて喧嘩が発生し、それは騒動へと発展して、
終には暴動と化してしまいました。
この時、騎士の体は黒くなっていました。
それに気づいた騎士は、これは正しく無いと悟って、
自分の正当性だけを主張して、
相手に怒りをぶつけるだけの、兵士達から逃れて、
この地を後にしました。
次に騎士は、とある宮殿に、立ち寄りました。
そこは、この国の役人の集まる美しい宮殿でした。
騎士の噂を聞いた、役人のひとりが、
この国の為に為すべき事を、
利己的な理由で阻む役人がいて、
国益の為に、それを排除したいと、
騎士に申し出があって、騎士はそれを叶えて、
その相手を失脚させました。
役人は、これで国益が守られると感激して、
騎士に感謝しました。
この時、騎士の体は、白くなりました。
しかしこの役人の噂を聞いた、他の役人が、
同じ様に汚職や、買収や、癒着や、
独占の排除を求めて、騎士の力を頼り、
騎士はその訴えを、全て聞き入れて、
次々と高位の役人達を、失脚させて行きました。
やがて誰もが、自分の地位と財力に固執して、
自分よりも高い地位や、財力を持つ者を、
失墜させるのを、繰り返し始めました。
この時、騎士の体は黒くなっていました。
それに気づいた騎士は、これは正しく無いと悟って、
自分の利権の為に、邪魔な存在を、
蹴落とそうとしているだけの、役人達から逃れて、
この地を後にしました。
次に騎士は、とある城に、立ち寄りました。
そこは、この国の王様の居る大きな王城でした。
騎士の噂を耳にした、王様から、
謁見に応じる様にと求められて、
騎士は王様に会いに行きました。
王様は、周囲の隣国から攻め立てられていて、
悩んでいる事を、騎士に伝えました。
そこで騎士は、王様に力を貸して、
周囲の敵国との戦争で活躍して、
次々と敵国を撃破して行きました。
王の言う通りにすると、騎士の体は白くなりました。
やがて王様は、周囲の国々を平定して、
更に遠方にあった、脅威でも無い小国へ対しても、
次々と戦争を始めました。
この時、騎士の体は黒くなっていました。
その事を騎士が問うと、王様は、
小国もいずれ大きくなって、我が国の脅威になるから、
その前に先手を打って、倒しておく事が、
結果的には皆の為になるのだと、答えました。
これを聞いた騎士は納得し、体は更に白くなりました。
王様の率いる軍勢は、
次々と大陸の各地へ攻め入っては勝利して、
敵国を滅ぼして行き、
その版図を、大陸中に広げて行きました。
やがて、大陸中の国を滅ぼして統一すると、
今度は大艦隊を作って、海を渡り、
他の大陸への遠征を始めました。
その事を騎士が問うと、王様は、
海で繋がっていれば、いずれこの国にも襲って来るから、
その前に先手を打って倒しておく事が、
結果的には皆の為になるのだと、答えました。
これを聞いた騎士は納得し、体は更に白くなりました。
王様の率いる大艦隊は、
他の大陸の国々と、次々と海戦を行っては勝利して、
敵国を滅ぼして行き、
その版図を、世界中に広げて行きました。
やがて世界中の国を滅ぼして、世界を統一すると、
自分の国の、大臣や貴族や将軍を処刑し始めました。
その事を騎士が問うと、王様は、
私の意志に従わない者達も、
いずれ、この平和を揺るがす脅威になるから、
その前に先手を打って倒しておく事が、
結果的には皆の為になるのだと、答えました。
これを聞いた騎士は納得し、体は更に白くなりました。
やがてこの世界には、
王様に逆らう者は、居なくなりました。
王様は騎士に、お前のおかげで、
世界は平和になったのだと、告げました。
誰一人として、私に逆らう者も、背く者も居ない、
私にとって、理想的な平和な世界が、と。
この時の、騎士の体は真っ白で、
背中には、立派な翼が生えていました。
死人の様に青白い肌と、背中には黒い翼を生やした、
天使は天使でも、悪魔と変わらない、
堕天使となっていたのです。
騎士は、王様の口車に乗せられて、
王様の独善的な、偽りの平和を作る為に、
最後まで、騙され続けたのでした。
その結果、王様の統治の下で、
戦争も争いも無い、平和な世の中になりましたが、
それは圧政と恐怖による支配が蔓延して、
抵抗する気力を失った、王様以外の誰もが、
不幸な世界になってしまいました。
今頃になって、騙された事に気づいた騎士は、
王様を倒そうと望む人間を探しましたが、
もうこの世界には誰も、王様に挑もうと考える者は、
いなくなっていました。
王様への反逆を企んだ罪により、
今までの功績を剥奪されて、騎士は追放されました。
ここまでの展開は、全て王様の筋書き通りで、
王様は初めから騎士を騙して、
その力を、自分の為に使い尽して、
完全な支配が手に入った後は、
騎士を始末するつもりだったのです。
全てが、王様に仕組まれた通りになって、
何もかも失った騎士は、
終いには、反逆者として賞金首にされて、
追手から逃げ続ける、当ても無い逃避行を続けました。
そんなある日の夜、夢の中に再び現れた神様は、
堕天使となった騎士を見て嘆き、
何故お前は、堕天使になったか分かるかと問われて、
騎士は、悪い王様に騙されたからだと答えました。
それを聞いた神様は、失望して、
お前が堕天使になった理由は、そうではなく。
お前は、人間の望んだ事、欲望だけを叶えて、
正しく導く事をしなかったからだ。
欲する物を与えるのが、善行では無い、
逆境や苦難に耐えて、それを克服する力を与えるのが、
善行なのだ。
失敗したお前の帰るべき場所は地獄だ、この愚か者が!
と告げて、怒った神様は騎士を地獄へ落としました。
こうして堕天使と化した騎士は、
神様によって地獄へと落とされて、再び地上に戻る事なく、
地獄で苦しみなから、永遠に過ごしました。