序話 Blackbird 1-1
都市部といったって少し離れれば寂しい限りだ。街外れにはつまらない住宅街が広がっている。そんなつまらない所に洋食店「Yellow Submarine (黄色い潜水艦)」はある。その名の通り潜水艦を模した真っ黄色の建物が目につく趣味の悪い店で、近所の人間は相手もしない。ただ店の方も日曜日の午後からしか空いていないという不親切だったからそれでもあまり問題がなかった。客が来ないというわけではなかったが常連どころかリピーターも全くいないようだった。誰もがなぜ潰れないのかと疑問に思ったが潰れるとも思わなかった。
初夏、日曜、至って快晴。おでかけ日和の正午。例のごとく店に客の姿はない。どうしても休日となるとだれも彼も都市部の方へ行ってしまう。そろそろ真剣に主婦人気を考えなくてはならないかもしれない、などと考えながら、主水和真「もんど かずま」はテーブルに座って新聞を読んでいる。どうやら「都市部で謎の消失事故、18人が行方不明」以外に目ぼしい記事はなさそうだ。社会面はどこでどの国の兵士が何人死んだかということと資源の問題の事ばかりでいつもとなんら変りない。どうやら赤国の石油資源拠点が一つ潰され、白国の天然ガス田が一つ占拠されたらしい。その後政治闘争がどうのとか宗教がどうのという記事が並んでいたが、中学生には荷の重そうな記事だったのでパスする。正直日本は戦争に加わっていないからどうでもよかったが、とりあえず戦争が終わればいいなとは思った。世界平和を願いつつ新聞を閉じ、その横のコーヒーを一口飲んで一服する。するとドアが開いてベルのカランコロンした音が鳴った。慌てて新聞を厨房に投げ込む。
「・・・いらっしゃいませ」
ドアの前に立っているのは髪の長い女性。20代後半くらいか、清楚な雰囲気でわりと落ち着いた服装だった。一応「いらっしゃいませ」とは言ったがテーブルに座ったままだったので多少ばつが悪い。ゆっくりとマグカップを下す。しかし女性の方は特に気にしていなかったようで、なんともせずそそくさと違うテーブルに座る。
「すみませんメニューの方すぐお持ちいたします」
客の来ないこの店にはメニューが一つしかない。和真が厨房においてある汚いメニューを取りに行こうとテーブルをゆっくりと降りると、後ろから「あの、結構です」と聞こえた。料理屋に来てメニューがいらないというのも変な話だったがとりあえずそちらに向かう。
「はい、ご注文の方は?」
「あ、あの、そういうことじゃなくて」
女性は戸惑っているようで、手をそよそよ動かしその感情を表現している。このご時世だから店のシステムを理解していないのだろうか。
「どうされたんですか?お手洗いは厨房をつき当って左ですが」
「あ、あのっ、・・・ご依頼を」
和真の眉が少し動く、それからポケットに手を突っ込んでおどけたように言った。
「ご依頼?ここは洋食店「Yellow Submarine」ですよ。店を間違えていませんか?」
「え、ええと・・・ We all live in a yellow submarine ですよね?」
女性は結構思い切っていったらしく言った後も口元をぴくぴくさせている。しばらくの沈黙の後、和真は少しため息をついてからポケットから手を出す。
握られているのは銃だった。
安全装置はすでに外されている。その重々しい金属の塊の筒先は女性へと真っ直ぐ向かっており、うすら寒いほど真っ暗な銃口が見えた。
和真は驚くほど冷たい目をして、極めて冷淡な口調で言う。
「ここを知った経緯と使った情報屋、ここへ来るまでの交通手段と行動を全部。少しでもおかしな点があったら引き金を引く」