恋愛監査人
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
彼女に振られた。
三回目だった。
三戦三敗。
敗北率百パーセント。
もはや一種の才能かもしれない。
「ごめん」
その一言で終わった。
俺の大学二年生としての夏は終わった。
終わったので、帰宅した。
そしてヤケ酒代わりのコーラを飲んでいた。
未成年なので当然である。
スマホを見る。
SNSを見る。
失恋ソングが流れてくる。
殴りたくなった。
ネット広告を見る。
そこに見慣れないものが表示された。
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恋愛監査人
あなたの恋愛を客観的に監査します
改善率92.8%
成功報酬制
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「怪しい」
宗教。
情報商材。
マルチ。
どれかだろう。
そう思った。
だが失恋中の人間に正常な判断を期待してはいけない。
俺は応募した。
本名で。
メールアドレス付きで。
しかも。
『ぜひお願いします』
とまで書いた。
死にたくなった。
◇
翌朝。
冷静になった。
「何やってんだ俺……」
本当に何をやっているんだろう。
だが。
待ち合わせの約束をしてしまった。
俺は真面目だ。
こういうところだけ。
なので行った。
駅前の喫茶店。
待ち合わせ時間。
五分前。
相手は既に来ていた。
普通だった。
本当に普通だった。
黒いスーツ。
黒い鞄。
疲れたサラリーマン。
営業職っぽい。
どこにでもいそう。
逆に怖い。
「初めまして」
「は、初めまして」
名刺を差し出される。
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恋愛監査人
佐藤
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本当に書いてあった。
「恋愛監査人って何ですか?」
「恋愛を監査します」
「何ですかそれ」
「恋愛を監査します」
「何ですかそれ」
会話が成立しない。
帰ろうかなと思った。
だが男は穏やかだった。
むしろ親切そうだった。
「応募ありがとうございました」
「いえ」
「では行きましょう」
「どこへ?」
「ナンパです」
「は?」
◇
十五分後。
俺は駅前に立っていた。
知らない女性へ声を掛けていた。
なぜだろう。
本当になぜだろう。
「すみません」
「は?」
「もし良ければ」
「キモ」
終了。
一秒だった。
世界最速記録だった。
俺は膝から崩れ落ちた。
「帰りたい……」
「ありがとうございます」
恋愛監査人がメモを取っていた。
「何がですか!?」
「データです」
「データ!?」
「大変有意義でした」
この人、本当に頭がおかしい。
◇
一時間後。
喫茶店。
「結果です」
どすん。
机に分厚い冊子が置かれた。
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恋愛監査報告書
全五十七ページ
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「分厚っ!?」
「頑張りました」
「何を!?」
恐る恐るめくる。
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第一印象 D
会話力 E
距離感 G
清潔感 C
表情 D
恋愛知識 E
共感力 C
誠実さ A
継続力 A
改善意欲 A
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「うわっ」
思わず声が出た。
当たっている。
腹立つほど。
全部当たっている。
「あなたの長所は誠実さです」
「それだけですか」
「はい」
「はい?」
「一択です」
「一択!?」
辛口だった。
とても辛口だった。
「では改善計画です」
さらに冊子が出てくる。
ーーーーーーーーーー
三十日恋愛改善計画
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「まだある!?」
◇
家に帰った。
読んでみる。
細かい。
異様に細かい。
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七時起床
七時十五分散歩
八時洗髪方法改善
八時十分服装確認
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「なんなんだよこれ」
さらに読み進める。
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八月二十八日
十三時十七分
三丁目交差点を左折
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「何だこれ」
意味が分からない。
◇
翌日。
やる気は無い。
全く無い。
だが。
なぜか少しだけ実行した。
散歩した。
髪を整えた。
本を読んだ。
人と話した。
少しだけ。
本当に少しだけ。
「馬鹿らしい」
そう言いながら続けた。
そして。
ーーーーーーーーーー
八月二十八日。
十三時十七分。
三丁目交差点。
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「あるわけないだろ」
そう呟きながら左へ曲がる。
直後。
ドン。
「きゃっ」
「すみません!」
本が落ちる。
慌てて拾う。
そこで止まった。
「え?」
同じだった。
俺が読んでいる小説。
手に持っている本。
同じシリーズ。
相手も止まる。
「え?」
「○○シリーズ……ですよね?」
「えっ!?」
相手の目が丸くなる。
「知ってるんですか!?」
「知ってるどころか大ファンです」
「嘘!?」
それから三時間。
喫茶店。
本屋。
公園。
気付けば喋り続けていた。
帰り際。
「その」
「はい」
「連絡先……交換しませんか?」
「ぜひ!」
連絡先を交換した。
◇
帰宅。
頭が真っ白だった。
「何が起こったんだ……」
スマホが鳴る。
知らない番号。
出る。
「もしもし」
『お世話になっております』
聞き覚えがあった。
『恋愛監査人の佐藤です』
嫌な予感がした。
『本日はありがとうございました』
「まさか」
『計画通りだったようで安心しました』
背筋が寒くなる。
「何者なんですか?」
『恋愛監査人です』
「違うそうじゃない」
『なお彼女は仕込みではありません』
「安心できるか!」
電話の向こうで小さく笑う声がした。
『では次回監査ですが』
「まだあるの!?」
『恋愛は継続監査が重要です』
「会社か!」
『似たようなものです』
本気だった。
本当に本気だった。
俺は頭を抱えた。
そして思った。
たぶん。
人生で一番怪しい人に出会った。
だが。
人生で初めて。
恋愛がうまくいくかもしれないとも思った。
◇
三日後。
スマホを見ていた。
画面には。
『今度、一緒に映画でも行きませんか?』
の文字。
俺は固まっていた。
恋愛経験ゼロ。
彼女いない歴二十年。
人生初デートである。
どうしよう。
本当にどうしよう。
その時だった。
スマホが鳴る。
『恋愛監査人の佐藤です』
嫌な予感しかしなかった。
「なぜ分かったんですか」
『初回接触から三日目ですので』
意味が分からない。
『初デート監査を実施します』
「そんなものまであるんですか!?」
『あります』
即答だった。
◇
翌日。
喫茶店。
俺の前には新しい冊子が置かれていた。
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初回デート実施計画書
全三十二ページ
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「また増えた!?」
『当然です』
佐藤さんは真顔だった。
『恋愛における初回デートは重要イベントです』
「そこは分かります」
『失敗率も高いです』
「やめてください」
『あなたの場合は特に』
「やめてください!」
ページをめくる。
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集合時間
十分前到着
服装
第三案採用
映画後
喫茶店移動
会話候補
第一~第五
危険話題
政治
宗教
元カノ
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「元カノいませんけど?」
『だからです』
「だからです?」
『作り話をする可能性があります』
「しませんよ!?」
◇
当日。
計画書通りに動く。
十分前到着。
彼女到着。
映画。
喫茶店。
驚くほど。
順調だった。
俺は感動していた。
すげぇ。
佐藤さんすげぇ。
その時だった。
彼女
「ところで」
「はい」
「私、どうして誘ったと思います?」
フリーズ。
計画書を思い出す。
会話候補。
第一。
第二。
第三。
ない。
載ってない。
載ってない!
完全にアドリブだった。
初めてだった。
本当に初めてだった。
彼女が少し笑う。
「困りました?」
「少し」
「正直ですね」
「よく言われます」
沈黙。
数秒後。
「……一緒にいて楽しかったからですか?」
自分でも驚いた。
監査計画には無かった。
点数も無かった。
分析も無かった。
ただ。
本当だった。
彼女は少し目を丸くした。
それから。
笑った。
「それ、嬉しいです」
◇
夜。
電話。
着信。
もう嫌な予感しかしない。
『恋愛監査人の佐藤です』
「どうも」
『デート結果はいかがでしたか』
「成功……だと思います」
『なるほど』
沈黙。
数秒後。
『一点修正です』
「は?」
『本日の高評価部分は計画書にありません』
「え?」
『あの回答は優秀でした』
俺は固まった。
『改善計画の成果ですね』
「いや違うと思います」
『違いますか?』
「俺が言いました」
沈黙。
そして。
初めてだった。
恋愛監査人が少し笑った。
『そうでしたね』
「何ですかその反応」
『成長確認済みです』
「やめてください」
電話は切れた。
スマホを見る。
彼女からメッセージ。
『今日はありがとうございました』
思わず笑う。
その直後。
着信。
『交際前移行監査について』
「まだあるの!?」
◇
交際は順調だった。
順調すぎた。
喧嘩。
価値観の違い。
連絡頻度。
記念日。
その度に佐藤から電話が来る。
『交際継続監査です』
怖い。
「なんで分かるんですか」
『予測していましたので』
「だから何を予測してるんですか」
『恋愛をです』
答えになっていない。
だが。
全部当たる。
全部だ。
彼女と揉める。
↓
翌日に電話が来る。
『第三期改善計画をご確認ください』
揉めた理由まで書いてある。
怖い。
一年後
交際一年。
俺は決意した。
プロポーズしよう。
もう迷いはなかった。
その夜。
電話が鳴る。
『恋愛監査人の佐藤です』
嫌な予感しかしなかった。
『最終監査となります』
「え?」
『おめでとうございます』
静かな声。
『監査完了です』
初めて聞いた。
そんな言葉。
『成功率92.8%』
「はい」
『あなたは成功側です』
「ありがとうございます」
沈黙。
そして。
『なお』
嫌な予感。
本当に嫌な予感。
『報告書57ページをご確認ください』
プツッ。
電話は切れた。
◆
帰宅。
久しぶりに。
最初の報告書を開いた。
57ページ。
最後のページ。
付録。
小さな文字。
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恋愛監査実績
監査完了 2847件
成功 92.8%
失敗 7.2%
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その下。
失敗事例
何気なく読む。
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Case001
恋愛成就前に交通事故により終了
Case013
恋愛成就前に病死
Case074
恋愛成就前に行方不明
Case221
恋愛成就前に災害により終了
Case582
恋愛成就前に終了
Case927
恋愛成就前に終了
Case1411
恋愛成就前に終了
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手が止まった。
何だこれ。
最後。
一番下。
本当に一番下。
小さな注意書き。
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※失敗とは、恋愛成就以前に
監査終了となった案件を指します。
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俺は沈黙した。
終わり。
その時。
スマホが鳴った。
非通知。
表示された着信名。
恋愛監査人
俺は少し考えた。
そして。
通話ボタンを押した。
「もしもし」
『お世話になっております』
聞き覚えのある声。
『恋愛監査人の佐藤です』
「まだ何かあるんですか?」
数秒の沈黙。
そして。
今までで一番穏やかな声で。
『ご結婚おめでとうございます』
通話は切れた。
その後。
何度掛け直しても。
恋愛監査人のサイトは見つからなかった。
お読み頂き、ありがとうございます。
恋愛監査人の成績表には最後にこう書かれていた。
改善余地:非常に大きい。
それはつまり。
まだ伸びるという意味だった。




