タツキ
嫌いな上司が、ストレス発散していたゲームで仲の良かった憧れのプレイヤーだった。
政府が運営するフルダイブ型VRMMO SHOT D RAIN。
少子化対策抜本的改革の一部頭文字SHO(SHIKA) T(AISAKU)Dra(stic)In(novation)を題するゲームでは、政府AIが私に合う人の近くに初期位置を生成してくれる。
先輩プレイヤータツキと出会った私は、政府AIが合うと判定してくれた通り、彼に好意を持っていた。
だからゲームの中で性的関係も持った。S⚪︎X TEST POINT……通称STPが付与されたから。だって少子化対策のゲームだもん。
そして今、大嫌いな上司の蜷川課長こと、大好きだったタツキに連れられて夜の街を歩いている。
上司だから問答無用で「残業じゃなく明日の朝、早出してやって」なんて無惨な一言で仕事を終わらされ、上司命令で飲み会に連れて行かれる。飲みハラって昔流行ったの知らないんですかーこれだから二十八で早期昇進した課長様は以下略。
「いらっしゃいませー、何名様ですか」
「二名で。奥の席を予約してる蜷川です」
「お待ちしておりました、こちらへどうぞー」
言えないけど頭の中で文句を垂れ流している私も、居酒屋の奥の席に案内された。
ーーどうする、逃げ出す?ーー
【YES】
NO
気持ちはYESだけど、答えは残念だけどNO。明日会社に出られなくなっちゃう。お金は正義です。転職にも貯金が必要です。
なのに逃走不可ミッションを課してきた課長と、昔ながらの掘り炬燵式のお座敷に入ってメニューを渡された。
「とりあえず飲みながら話そう。何にする」
「……飲めないんで。ウーロン茶でお願いします」
お店の端末で打ち込んで、二人分注文が通った。おつまみも枝豆が二人前通されて、すぐにきた。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
最初にビールを飲むスタンダードな課長と、でもこれ以上は喋りたくないから枝豆を口にした。メニューを盾に、選ぶフリを長めにしようとめくる。
沈黙がつらい。
誘ったんだから自分から話題くらい振って欲しいと思っていたら、嫌いな上司は携帯端末を触り始めた。あーもうアウトです。誘った部下の前で早速携帯いじりとかなんですか。恥を知ってください。
「一崎。これ」
「……はぁ。何ですか」
画面を開示モードで見せられたから、一応目を向けた。
見たことあるタツキの全身コーデ、その隣に広がるのはアイテムボックス。
説明ウインドウに載っているのは……子熊だ。
先日行われた大会の限定アイテム、大会上位入賞者だけが手に入れられる、それも上位百名しかもらえない幻の子熊がアイテムボックスに入っていた。
「え、まさかタツキ、上位ランカーなれたの!? すごっ、可愛い……っ」
思わず端末を触ったけれど、人気薄のバックパッカー部門で狙ってさえ無理な特典だったから、お知らせを指を咥えて見ることしか出来なかった。
頭に乗せると、たまに鳴いてくれるらしい。つい釘付けで説明文を読んでいるけど、譲渡不可アイテムだ。
「実は七十五位だった。銃火器職は極めてるやつ多いし無理かなって思ってたけど、ラストチャレンジ粘ったらいい点数出た」
「えーいいなー、タツキつけるの? 銃口の上にも乗ってくれるって書いてある……」
夢中になった私が顔を上げると、目の前にいるのは嫌いな上司だった。
イケメンイラストからキャラデザされたタツキじゃなくて、会社員で、スーツで、背も高いし顔もいいけどメガネで性格の悪い上司が、私に端末を向けている。
……思わずはしゃいだことを恥じて、席に戻ってメニューを開いた。私は何もしてません。あ、オムレツおいしそう。
「……会社と性格が違うんだけど、一崎がミツハだってのはわかった。普段は嫌いオーラ出してて近づかないのに、食いついたもんな」
「そっ、っこの際だから言いますけど、課長がそうやって嫌なことばっかり言うから嫌いなんです!
メニュー見てたらタツキなのに、顔を上げたら嫌な上司とか最悪じゃないですか!?」
本人を前にしてだけど、嫌いってバレてるみたいだし、腹が立つし恥ずかしいのもあって言いたいことを言ってやった。
思わず立ち上がっていたけど座り直して、メニューを盾に睨んでいると、課長が自分の携帯端末を盾にした。
「やっぱり嫌われてた。……ミツハには今日、ログインしてから教えようと思ってたんだけど。
このクマ二体いるんだよな」
え。
「今日の順位発表時に付与で、それまでにSTP使ってるとパートナー特典がもらえるって書いてあって。
俺のところには今、譲渡可能なクマもいる状態だったんだけど」
「譲渡可能!? だってさっきの譲渡不可って」
「本人用だからな。もう一体は受け取ってなくて、プレゼントボックスに入ってる」
何せ少子化対策のためのゲームだ。
パートナー同士で同じアイテムを共有することも、プレゼントすることも、お互いに良い思い出になる。
タツキがもう一匹をプレゼントボックスから出してくると、説明文を見せてくれた。オフ承認したパートナーにのみ譲渡可能って書いてある。
「あ、ああ……くま……」
私に、ランカーのお友達なんているわけないと思ってた。
パートナー特典とか下の方に書いてあったと思うけど、脳からすっ飛ばして忘れてた。終わったイベントだし次の予告が来たから、もう貰えない子熊は話題にも出ない。
でも、目の前にいる嫌いな上司は、ランカーで。憧れの子熊を持っていて。私の前で携帯端末をいじっている。
「順位確定したら、欲しがってたミツハにあげようかと思ってたけど……嫌いなやつからもらっても迷惑か。
ボックス圧迫するし捨てるな」
え。
「まっ、待ってください、その子は何も悪いことはしてません、残しておいても損はっ」
「銃火器職は武器が多くて困るんだよな。弾薬もスタック管理難しいし、特典貰っても増える一方で邪魔になってて」
「子熊喜んでいただきます課長、いえタツキ様、お願いしますっ」
「渡したら渡したで、ミツハが俺と彼氏彼女だとか誤解されて困るだけだって。ん? 警告……ああ再付与なしってあれか」
「密かに楽しみますからっお願いです、ほっ、ほしいクマー!」
恥を捨てたらもらえました。
嫌いな上司が笑いを堪えて机に突っ伏しているけど、子熊の命には変えられません。これは自然の摂理です。
指で触ったらニャーニャー鳴くし、VRで見ても絶対に可愛いから和んでしまった。キャラクターの頭に乗せてみたけど、アイテムボックスに入ったクマに装備マークがついて、頭の上で手を振ってるのが可愛くて、早く帰りたくなる。
「一崎が、返事は全部ノーしか言わない一崎が、っく、欲しいクマー、ふふ」
「最っ低」
笑いすぎて出てきた涙をメガネを取って拭いてるのも嫌い。笑いすぎ。
可愛い子熊をいじって夢中で癒されていると、回復したらしい上司がお店の端末を持った。ウーロン茶がそろそろ無くなりそうだし、課長なんてビール終わってた。
「ああ笑った、次何飲む?」
「……じゃあ一番高いやつでお願いします。奢りなんで」
「ノンアルカクテルかな。食べ物は?」
「オムレツと……」
それぞれ食べたいものを頼んで、それは美味しくいただいた。
ご飯がお腹に入ると気分も楽になって、私も改めて携帯端末で順位表を見た。
最多出場の剣士部門の九十四位がリーダーで、タツキが銃火器で七十五位だった。運営が撮ったプレイ動画もあるみたいだから、後で見ようかなって楽しみになる。
「あ、そっか。タツキから貰わなくても、リーダーにお願いしたら子熊もらえたかな……いつもレアアイテム争奪戦とかしてくれるし」
「パートナー特典はSTP使ってないともらえないから無理。
『俺に付与されないのバグってる』ってたまに叫ぶから、サークルメンツも祝うだけで期待してないと思う」
なるほど、そもそもこの子熊は昨日、大人同士でそういうことをしたからもらえた子熊だ。
オフ申請も開けてなかったら、私の手元には来ない。
課長は平然としてて雰囲気出さないけど、……相手は昨日一緒のベッドに入った人で。
本体は嫌いな課長だけど、中身はいいなって思ってたタツキだ。
私だって自分の体じゃない、ミツハだったけど……複雑な気持ちでいると、課長が動いたから驚く。
携帯端末からあっさりお会計を済ませた嫌いな上司は、カバンを手にした。
「お互いに正体も分かったし、ゲームでも話せるからそろそろ帰るか。一崎は俺に聞きたいこと……」
「ないです」
「じゃあ解散しよう。明日は早出させて悪いけど、その分早上がりにも協力するから忘れずに頼むな。駅まで送ってく」
蜷川課長はあっさり部下に食事を奢ると、駅まで送って帰って行った。
私も部屋に戻って色々整えてから11Gシートを貼ってログインしたけど、サークル拠点はちょうどタツキもログインしたてらしくて盛り上がっていた。
リーダーも周回始める前で準備中だから、お祝いの花をばら撒かれて花火を打ち込まれている。炸裂音がすごい。
「ねーねー、熊もう一体いないのタツキチー。STP絶対に溜まってて女の子くらい誘ってるでしょー、オフ申請したげるからちょうだい?」
「持ってませーん。俺にオフ申請とかヒーラーちゃん彼氏いるのに怒られますよ」
「……むー……実はもうあげたんじゃ……あ、ミツハちゃーん……ん?!」
集合場所に向かうと、なぜかめちゃくちゃ注目された。
「お疲れ様でーす。……? 何かありました?」
「えーいいなー! ミツハちゃん、ランカーの彼氏いるの!?」
「え」
「子熊が頭に乗ってる! 可愛いー!」
居酒屋で装備したの忘れてた。
自分じゃ見えないから慌ててアイテム欄を開いたけど、熊が手を振ってる。
ミスった。
どうしよう、タツキにも警告されてたのに忘れるとかないって。
幻のアイテムだからどこでもらったかみんな気になってるけど、ランカーの名前がリーダー以外思い出せない。一つくらい覚えておけば良かったって慌てる合間にも、サークル内は盛り上がっていく。
「ミツハ周りのランカーって、タツキしかいなくね?」
「オフ申請まで行ってるとかタツキやるぅ」
やばい。
頼みの綱のタツキに慌てて目をやると、首に手を当てながら考えている。
「あー……そう、オフ通してもらう代わりにトレードした。可愛い弟子が欲しがってたらあげるしかないだろ?」
「えー私もタツキチに子熊欲しいって言ってたのにぃ。師匠こそ優先すべきじゃない? 恩知らずータツキチひどいー」
ヒーラーちゃんとタツキがワイワイ盛り上がって、話題は過去に変わった。
頭の上のクマは残念だけど、こっそり装備から外した。手に持って、しばらくのお別れをしようと見つめ合う。
「にゃー」
くっ、可愛い。
親を呼ぶボイスらしい猫撫で声の子熊が可愛くて目を離せないでいると、リーダーが子熊を頭の上に乗せて盛り上がっていた。
うちの子はすぐにアイテムボックスに隠した。今装備してたらリーダーの彼女と間違われそうな気がするし、リーダーはリーダーで尊敬してるけど、そういう関係だってネタにされるのも嫌だ。この子は密かに楽しもう。
「それじゃ周回行くぞー。準備出来てるかー」
転移用の石の前に集合する合図がかかって、移動が始まる。
タツキも自然とそばに来たけど、さっきのこともあって笑っている。
「ミツハさん凡ミスさすがっす。冷や汗が出ました」
「ごめんて。フォローありがと」
内緒のつもりだったのに、タツキに迷惑をかけてしまった。
……でも今のを課長に言われたらムカつくのに、タツキとは素直に話せる。
不思議に思いながらも周回に回ったけど、ランカーにもなってるだけあって、やっぱり活躍を見せたタツキは格好良かった。そっか、銃を撃つ一流キャラデザが良いのかもしれない。
「お疲れー、ミツハナイス支援。新スキル取ったのに弾薬補給のタイミング合わせてくれるから、安心して任せられた」
「タツキもすごかったよ。お疲れさまー」
普通に話して、私も好きなだけゲームを楽しんでログアウトする。
寝る前に動画も見たけど、タツキが高順位のランカーと戦って、相手を制圧してる映像が格好良かった。
……これが三井くんならどれだけ良いんだろう。ゲームでもリアルでも好きな相手なんて幸せそう。
でも現実は大嫌いな蜷川課長だ。ままならない。




