兄が僕を避けていた理由〜嫌われていたはずなのに、血の繋がりがないと分かった途端溺愛が始まりました〜
さらりと読める短編です。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです!
一寸先は闇などという言葉もあるように、当たり前のように思っていた幸せな日常が、一瞬のうちに崩れ去るなんていうのは意外とよくあることなのかもしれない。
というのも僕はつい最近、まさにそれを体験したばかりだからだ。
伯爵家の次男ステファンとして生まれ、何不自由なく暮らしてきた。……そのはずだった。
なのに16歳の成人の儀の直前、両親は僕と兄のリオルを呼び、真剣な表情で告げたのだ。
『ステファン。お前に伝えておかなければならないことがある。お前はね、私とリディアの間に生まれた子じゃない。ステファンは、亡き友人夫婦の大切な忘れ形見。……つまり、養子なんだ』
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
だから結局その後家族でどんな話をしたのか、あまり記憶には残っていない。
それからも父上と母上は、変わることなく僕を実の子のように愛し、慈しんでくれている。
だけど家族だと信じていた父と母、そして兄であるリオルと血の繋がりが一切なかったのだという衝撃の事実は、僕の心を絶望の底に突き落とすほど、十分な破壊力を持ったものだった。
なのにこの日起きた出来事の中で最もショックだったのは、まったく別のことだ。
養子なのだという話を聞かされ、絶望に打ちひしがれる僕の隣で、いつもはあまり表情を表に出さない兄上が一瞬だけ心から嬉しそうに笑ったのだ。
避けられているのは、気付いていた。
……だけどそれほどまでに、彼に嫌われていただなんて。
幼い頃は仲が良かったはずの兄リオルだが、僕が初めてのヒートを迎えた頃から、彼は僕のことを避けるようになった。
ゆくゆく兄上が家督を継ぐことになれば、きっと僕はこの家を追い出されることになる。
なのでそれまでに、きちんと身の振り方を決めておいたほうがいいかもしれない。
オメガの中でもそれなりに見た目は良いようだから、結婚相手にはきっと困らずに済むはずだ。
これまでも、声をかけてくれる者はあとを絶たなかったし。
それでも夫となる相手を、この年になるまで選べなかった理由。
それはこの国でも一、二を争うほど優秀なアルファである兄リオルを基準に考えてしまうせいだろう。
だけどこれからは、そんな贅沢は言っていられない。
本腰を入れて、婚約者探しを始めるべきだろう。
そんな風に、考えていたというのに。……この日を境に、兄上の態度が一変した。
「なるほど、次はその夜会に参加するつもりなんだな? では俺も、同席するとしよう」
招待状の束の中から、これは! と思うものを厳選し、出席を決めると、当たり前のように兄上はこんな言葉を口にして無理やり夜会に参加し、周囲に謎の圧をかけながら隣を離れてくれなくなった。
そのせいで僕に話しかけようなどと考える、勇気ある人間は現れるはずもなく。
……それに困り果て、帰りの馬車の中で兄上に直訴することにした。
「あの……、兄上!」
必死の思いで、声をかける。
すると彼は僕に話しかけられるとは思っていなかったのか、驚いたように瞳を見開き、それから優しく穏やかな笑みを浮かべた。
「うん。なんだい? ステファン」
それは僕がまだ子供で、兄上と仲が良かった頃の笑顔を思い出させて胸が痛んだ。
だけど自分から声をかけておいて話の続きをしないと変に思われそうだったから、戸惑いながらも続けた。
「僕は真剣に、結婚の相手を探しているのです。……なので邪魔をするのは、もうやめていただけますか?」
「けっこんの、あいて……」
なぜか片言で、僕が発した言葉を繰り返す兄上。
いつも冷静で、氷の次期伯爵などと呼ばれる彼のこんな表情を目にしたことはこれまで一度もなかったから、それを見てますます困惑した。
それでもここはきちんと、話しておくべきだろう。
僕のことが嫌いで、さっさと伯爵邸からいなくなって欲しいのであれば、結婚の邪魔をするのは彼としても得策ではないはずだし。
そう思ったから兄上の返事を待つことなく、一方的に話を続けることにした。
「兄上が僕のことを嫌いなのは、よく知っています。そして僕があなたと血の繋がらない、よそ者であったことを喜んでいるのも。ですが僕が婚期を逃せば、家を出るのが遅くなる。そんなのは、兄上だって困りますよね!?」
気まずい沈黙の時間が続く。それに耐えきれなくなり、何か話そうとした瞬間、兄上がようやく口を開いた。
「……ってなどいない」
はっきりと聞き取ることが出来なかったから、兄上の綺麗な顔を見上げたまま言葉の続きを待つ。
すると彼は大きく息を吸い、それから真剣な表情で告げた。
「嫌ってなどいないと、言ったんだ。……とはいえこれまで、誤解を招くような真似をして本当にすまなかった」
まさか謝罪の言葉を聞くことになるとは思わなかったから、信じられない思いで大きく口を空けたまま兄上の顔をじっと見つめた。
「だから急いで結婚相手を探すような真似は、もうしなくていい」
そっと僕の髪に触れ、真剣な表情で告げられた言葉。
……でもこの言葉の本当の意味を僕が知るのは、もう少し先のこととなる。
***
あの夜を境に、ますます兄上の様子がおかしくなった。
まず、これまで邸宅内で偶然会う度に避けられていたはずなのに、むしろ僕の姿を見かけると、積極的に話しかけるようになった。
兄上のことが今でも大好きで、憧れの存在であることに変わりはない。
だけど急にこんな風に態度を変えられると、嬉しいと思う気持ちよりも戸惑いのほうが大きかった。
それにもし僕が素直に心を許したとして、以前と同じようにまた彼から避けられるようになったらと考えたら、こわくて仕方がなかった。
なので付かず離れずといった距離感を心がけていたところ、兄上と母上が話すのを聞いてしまったのだ。
「リオル。……あなたもう少し本腰を入れて頑張らないと、あの子の心は掴めないわよ。それにとっても可愛くて愛想も良いあの子を狙う者は、ただでさえ多いんだから」
「そんなの分かっています、母上。お言葉ですが、俺は誰よりも彼のことを理解しているし、愛していると自負しています。……障害のなくなった今、逃がすはずがないでしょう?」
その後も彼らは何か話し込んでいる様子だったけれど、僕は足早にその場から逃げ出した。
そしてこの時になり、ようやく気付いた。
僕が兄上を比較対象にして、結婚相手選びに難航していた理由。
……それは僕が彼のことを、その対象のひとりとして見ていたからなのだと。
「こんな気持ちに気付くくらいなら、これまでみたいに避けられていたほうがまだ良かったかもな……」
自室に戻り、ひとりきりの部屋でポツリと呟いた。
***
「ステファン。今日はお前の好きな、焼き菓子を買ってきたんだ。一緒に食べないか?」
僕が子供の頃に大好きだったリンゴのタルトを手に、兄上が声をかけてくれた。
それを覚えてくれていたのを嬉しいと思うのと同時に、なんとなく腹立たしくも感じた。
そのため僕は、わざと意地悪く答えてやったのだ。
「それはいったい、いつの話です? 僕はもう大人ですよ」
これまで接することがほとんどなかった、長い長い時間。
それを暗に匂わせるような言い方をしたら、兄上は悲しそうに眉尻を下げた。
ほんの少しだけ彼を、困らせたかった。ただそれだけだった。
兄上のことを、悲しませたかったわけじゃない。
でもそんな言い訳を口にするのはなんとなく憚られたから、そのままくるりと向きを変え、無言で自室へと向かおうとした。
なのに兄上は僕の手首を掴み、それを阻止した。
これまで目にしたことがないような、熱を宿した瞳。
それを見た瞬間、思わずゴクリと唾を飲んだ。
「兄上……?」
激しく動揺しながら、彼を呼ぶ。
すると兄上は、艶っぽく微笑んで言ったのだ。
「すまない、ステファン。たしかに、お前の言う通りだな。だから、これから教えてはくれないか? 今の、ステファンのことを」
その言葉に驚き、兄上の顔をじっと見上げた。
すると彼はフッと小さく笑い、僕の前髪をかき上げたかと思うと、そのまま優しく額に口付けた。
幼い頃は、当たり前だったはずの行為。
だけどこんなことを彼にされるのは本当に久しぶりだったし、僕は想いを自覚したばかりなのだ。
動揺を隠すことが出来ず、へなへなとその場に座り込む。
そんな僕を見下ろしたまま、彼はもう一度余裕たっぷりに笑った。
「大丈夫? ステファン」
僕に差し伸ばされた、彼の手。
でもその手は、オメガである僕のものとは比べものにならないほど大きく、浮き上がった血管や節くれだった指がやたらと色っぽい。
そのため手を取るのを一瞬ためらった結果、彼は当たり前みたいに僕の腰を力強く抱き、立たせてくれた。
「ステファン。お前のそういう顔を見るのは、初めてだな」
満足そうに、彼の口角が上がる。
でも一方的に動揺させられているこの状況になんとなく腹が立ったから、プイと顔をそらした。
すると兄上は、我慢出来ないとでもいうようにプッと噴き出し、そのままクスクスとおかしそうに笑った。
「そういう思わせぶりな態度は、取らないほうがいいのでは? 大切に想う方に、誤解されてしまいますよ」
我ながら、なんて可愛げのない言い草だろう?
しかし僕の失態は、どうやらそこではなかったらしい。
「大切に、想う方……?」
しまったと思った時には、もう遅かった。
「ステファン? それはいったい、誰のことを指しているんだ? それにお前は、なぜそんな風に思う?」
盗み聞きなどというはしたない真似をしたのがバレたと気付き、おそるおそる兄上の表情を盗み見る。
すると、てっきりご機嫌を損ねてしまったと思ったのに、目の前にあったのはなぜか嬉しそうに笑う兄上の綺麗な顔だった。
それに驚き、彼の顔をじっと見つめる。
すると兄上は僕の体を強く抱き、耳元で甘く囁いた。
「言えないと言うのであれば、まぁいいだろう。でも誤解のないように、これだけはちゃんと伝えておくよ。俺が大切に想う人は、ステファン。……子供の頃から、お前しかいない」
「兄上……。そういう誤解を招く発言は、本当にやめたほうがよろしいかと。僕ではない他の誰かにそのようなことを言えば、きっと勘違いされてしまいますよ? それにこの距離感も、いくら兄弟とはいえ近過ぎるというか……」
気まずさから、再び目をそらす僕。
すると兄上は抱きしめていた力を緩め、解放してくれたから、それに少しだけホッとしたのだ。
なのに彼は、あろうことか僕の顎先に指をやり、無理やり視線を合わさせた。
「俺としては、むしろまだ遠いくらいだけどな? それと俺はこんなこと、愛するステファン以外に言ったりはしない」
「愛するステファンって……。たしかに最近はまた僕と話してくれるようになりましたが、兄上はずっと僕のことを避けていましたよね!? そのせいで僕が、どれほどさみしい思いをしてきたか……。あなたにそれが、分かりますか? 分からないですよね!?」
ずっと言いたくて、言えなかった言葉。堰を切ったようにそれが口をついて出るのと同時に、涙が頬を伝っていった。
優しく僕の頬に触れる、彼の指先。
それを嬉しいと思うのと同時に、こんな風に当たり前のように僕に触れる彼がなんとなく憎たらしくもあった。
「すまなかった、ステファン。……でもそれにはちゃんと、理由があるんだ」
「理由……?」
泣きながら、彼の顔を睨みつけるようにして聞いた。
すると兄上は困ったように笑い、それから再び僕の体を、今度はそっと抱き寄せた。
「そう、理由。俺がお前を避けるようになった時期を、覚えているか?」
「兄上が僕を、避けるようになった時期……? そんなの、忘れるはずがないでしょう! あれはたしか、僕が初めてのヒートを迎えた……頃……」
そこまで言って、鈍感な僕もさすがに気が付いてしまった。
彼が僕を避けるようになった、その理由に。
「さすがに分かったようだな? そうだよ、ステファン。俺はお前のことを弟としてではなく、愛する対象として。……抱きたい相手として、見るようになってしまったんだ」
あまりにも予想外なその言葉に、真っ赤になって視線を合わされたままただ震える僕。
「だからお前と俺の、血が繋がっていないと知らされた時。……本当に、嬉しかった」
僕が養子だと知らされ、絶望の底に落とされたあの日。
普段はあまり表情を表に出さず、氷の次期伯爵などと呼ばれる彼が、あんなにも嬉しそうに笑っていた理由。
それを僕は、追い出す口実が手に入ったからだと思い込んでいた。
……でもあの笑顔は、まったく逆の理由から来るものだったということか。
あまりにもたくさんの情報を一気に与えられたせいで、混乱する僕を見つめたまま、心から愛しそうに笑う兄上。
「ちなみに父上と母上は、容認してくれている。双方合意の上であれば、応援してくれるそうだ。だから、覚悟しておいて?」
「覚悟って……。えぇっ、兄上!?」
思わず、大きな声が出た。
「ちなみに兄上と呼ぶのは、もう禁止だ。これからは、リオルと呼ぶように」
それから彼はクスリと笑い、僕の唇にキスをした。
【了】
作品を手に取っていただき、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら、嬉しいです。
ブクマや評価、スタンプなどとても励みになります!書いていて楽しかったお話なので、そのうちちゃんと長編化してみたい(ꈍᴗꈍ)




