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05 : くおん。1





 だからって、どうしてこんなことになっているのだろう。


 小日向はいくつもの疑問符と、いくつもの呆れを持ちながら、目の前の光景を見ていた。


「漸く来たか。余はそなたの薬を所望する」

「はあ……」

「余はこれでも忙しい身でな。多忙ゆえ、休息もままならぬのだ」

「そうですか」

「よって、そなたに滋養の薬を所望する」

「べつにそれはかまわないですけどね。あなた、ここに来るなんて命知らずですよね」

「余に命知らずと? なにを言う。余は命を大事にしておるぞ」

「いやいや、ちゃんと周り見てくださいよ」


 この凄惨を極めた庭をちゃんと見ろ。と小日向はため息をつく。

 せっかくの美しい草花は根こそぎ掘り返され、美味しい果物を実らせる木々は薙ぎ倒され、あまつさえ庭に面した広間の窓はすべて割れている。


 この惨事、すべて唐突に来訪したオリアレムの責任である。

 そして、紫武に命を狙われながらも生き延びた理由が、ここにあった。


「あぁあぁ……僕の庭、アレムのせいでぐちゃぐちゃだよ」

「いやいや、一旦は紫武のせいだからね」


 唐突に来訪したオリアレムを、紫武が毛嫌いしているはずの魔法で、これもまたいきなり攻撃した。庭は、そのとき紫武の魔法攻撃をのらりくらりとオリアレムがかわしたせいで、この凄惨を極めたのである。火や水を遣った攻撃ではなく風の攻撃ゆえ、これだけで済んだとも言えるかもしれないが、それにしても庭にとっては大迷惑だ。


 魔法攻撃の気配を感じてから小日向が外に出てみれば、とにかくいやそうな顔をした紫武と表情一つ変えずに空気だけ楽しそうにしたオリアレムがいて、庭の端で都記がお茶を飲んでいた。


 状況はすぐに理解できた。紫武の魔法を見られなかったのは残念だったが、見なくてよかったとも思った。


 そうして、オリアレムの先の言葉である。


「今日はそなたに用事があるのではない。そちらの薬師に用事があるのだ」

「兄上、僕の話きちんと聞いていませんよね。こひなに手を出したら、マジで殺しますよ?」

「すでに殺す気ではないか」

「当たり前ですよ。いつだって殺したいんですから」

「まあよい。とにかく今日は薬師に用事があるのだ」


 殺されるかもしれないというのに、オリアレムは飄々としている。どこ吹く風だ。


「薬師よ。余に滋養の薬を処方致せ」

「都記、とりあえず兄上殺すから、こひなを邸に戻してくれる?」


 いやいやいや、と小日向はとりあえず焦って紫武に駆け寄った。


「落ち着いてよ、紫武。これ以上暴れたら、庭どころか邸が半壊するから」


 一方的な兄弟喧嘩で住家を失いたくはない。


「薬師よ、聞いておるのか?」

「聞いてます。だからちょっと黙ってください」


 どこまでも人の話を聞かないオリアレムに一瞥をくれて、小日向は深々とため息をつく。ため息をつき過ぎて幸せが逃げてしまったではないか。


「いきなり喧嘩しないでよ、紫武。庭だけじゃなく、家まで壊す気?」

「兄上が悪い」

「いやそうだけどね。命知らずなお兄さんが悪いけどね」

「あんなのの言うことなんか聞かなくていいからね、こひな。もし言うこと聞くなら、毒薬に変えるからね」


 マジな目をして言う紫武に、この兄弟は本当に兄弟だろうかとまたも疑問に思う。


 と、そのときだった。


「へぇぇええいかぁああ!」


 という、とても大きな声が庭に響いた。声のした方向を見れば、邸に繋がる道から複数の人影が近づいてくるところで、また「へぇぇええいかぁああ!」という声が、その人影の先頭から聞こえた。


「あー……煩いのが増えた」

「……あの、紫武?」

「なぁに」

「今、へいか、って聞こえたけど」

「うん」

「へいか、って、陛下?」

「そうだよ」

「誰のこと?」


 あれ、と紫武が指差したのは、面白くなさそうにしたオリアレムだった。

 そこで、はたと小日向は気づく。


 オリアレム・ルー・アナクラム。


「国王陛下かよ!」

「ん? 余がどうかしたか?」


 どこかで聞いたことのある名だと思っていたが、それもそのはずだ。

 この国、ディアル・アナクラム王国の国主の名は、オリアレム・ルー・アナクラムである。

 国名が長いのでディアル国と呼ばれることが多く、アナクラムのほうは忘れがちになるため、気づかなかった。


「陛下、陛下、陛下ぁ!」


 ものすごい勢いで走ってきたその人物は、その身を銀の鎧に包ませた大柄な騎士で、そのあとを数人の騎士が追ってきた。さらのその後ろには馬車が続いており、身分を隠すためか竜旗は掲げられておらず、しかし貴族が乗るものだという雰囲気があった。


「いきなりいなくならないでくださいよぅ、陛下ぁ! 宰相閣下に殺されるのはわたしなんですからぁ!」

「ナギか。遅かったな」

「遅かったな、じゃねえ!」

「口が悪いぞ、ナギ」

「庶民出のわたしを近衛にしたのはあなただ!」

「そうであった。よし、今度その口で話したら騎士位を返上したまえ」

「そりゃないですよぅ、陛下ぁ!」


 煩い。

 ひたすら煩い騎士だ。怒ってみたり縋ってみたり、感情があっちこっち飛んで忙しない。


「あー……なんていうか、ここどこ?」

「僕の邸だね」

「だよね。なのに、なんで陛下がいるのかな。あと騎士も」

「兄上が勝手をするからだよ。なにも騎士まで引き連れて僕に殺されに来なくたっていいのに」

「いやいや、殺されに来たわけじゃないからね」


 ああ煩い、と紫武は顔をしかめ、そばに来た都記も煩わしげな顔をしていた。小日向も同様である。


 煩い騎士はオリアレムに突進すると、その足にしがみついて泣いていた。


「うう、見つからなかったらどうしようかと……しかも閣下には、見つからなかったら殺すとまで言われて……もうわたしを置いていなくならないでくださいよぅ、陛下ぁ」

「すまぬな、ナギ」

「反省してください!」


 涙の再会ですか。ほかでやってくださいよ。

 と小日向は肩を落とし、とりあえず凄惨を極めた庭を戻すため、彼らに背を向けた。


「なんか、驚くのもあほらしい」


 オリアレムが国王と聞いて、多少は驚くが、人の話も聞かず命知らずな暢気な男だとわかっているだけに、それすらもあほらしく感じてしまう。


「……、ん? お兄さんが国王陛下なら……紫武って」

「王弟殿下ぁ!」


 煩い騎士に邪魔されたが、それは小日向が思い至った言葉でもあった。


「僕をそう呼ぶな、ナグレス」

「あだっ!」


 煩い騎士の頭に、紫武が庭の敷石を一つ投げ、命中させた。ふつうなら大怪我ものだが、煩い騎士は瘤を作っただけだった。


「そ、そうでした、ルー・ティエナ大公閣下」

「ナグレスにそう呼ばれると腹立つ」

「あだぁ!」


 二つめの敷石が命中した。なんというか、紫武がどんどん乱暴者になっていく気がする。


「わ、わたしを、殺す気ですか、大公」

「まさか。僕が殺したいのはアレムだよ」

「わたしを巻き込まないでください」

「ナグレスも、顔を見ていると殺したくなるんだよね」

「やめてください!」


 会話の方向がおかしいと思うのは、ここでは小日向だけだろうか。


「……もう、どうでもいいや」


 この異様な空間で、自分だけ振り回されるのはなんだか癪だ。こうなったら無視である。


「こひな?」

「ほっといて」


 小日向は庭の、可哀想な場所になっているところの中心に立つと、足許に己れの陣を敷いた。


「今、治してやるから」


 勝手な奴らに荒らされて、ごめん。その謝罪を込めて、目を閉じる。


 魔法は想像だ。

 ああしたい、こうしたい、そういう想いが魔法となる。魔力はその付加要素で、魔法を遣ううえで発現させる力のことをいう。魔法が遣える者と遣えない者と分かれるのは、その魔力があるかどうかという差だ。魔力があれば発動できる力があるということで、そのための陣を錬成できる。なければ発動できないということで、陣も錬成できない。


 小日向は光り出した陣に想いを乗せ、限りなく美しい状態だった頃の庭を想像した。


「ああ……よい状態になりましたね、こひなさま」

「そう思う?」

「ええ。前よりも立派になりましたよ」


 あまり褒めない都記にそう言われると、喜びよりもホッと安堵する部分のほうが強い。


 よかった、と胸を撫で下ろすと、騒ぎで放り出してしまった研究に戻るため、くるりと踵を返した。


「薬師よ」


 ああ、忘れていたかったのに。


「……はあ、まだいたの」


 この国はわりと平和だ。いや、今のところは平和が続いている。だから国王が自由に動いているのは、まあいいだろう。

 しかしだからといって暇でもあるまいに、この国王は本当に暇なのだろうか。


「滋養の薬を余に……、ほっ!」


 言い終わる前に、紫武の魔法攻撃がオリアレムに飛び、そして軽やかに避けられていた。


「ちっ……さっさ死ねばいいのに」


 油断を誘っても紫武の攻撃はオリアレムに当たらないらしい。

 やはりこのときも、紫武の魔法を小日向は見ることができなかった。


 諦めたら、と言おうと思ったが、紫武の尋常ではない殺気には通用しない言葉だと思い直し、深々とため息をつく。


「紫武。これ以上ここ荒らさないでよね」

「だって兄上が殺されてくれないんだもの」

「それふつうだと思うけどね」


 殺されに来ているわけではないのは明白なのだが、紫武が本気なのも明白だ。

 仕方ない。


「紫武のお兄さん」

「む、なんだ、薬師よ」

「あげる」


 小日向は懐から出した小さな布袋を、オリアレムに向かって弧を描くように投げた。


「なんだ、これは?」

「万能薬もどき」

「もどき?」

「使えばわかる」


 オリアレムに渡った小さな布袋には、指先ほどの大きさの丸薬がいくつか入っている。本当はガーナムのところへ持っていく予定のものだったが、これ以上紫武に暴れられるのは正直迷惑でしかなく、またオリアレムの存在も迷惑にしかならないので、薬で帰ってくれるなら貴重な薬でもあげてしまったほうがいい。


「それ、街の相場だと三年分の生活費らしいから、大事にしてくださいね」

「……、一袋が?」

「一粒が、です」


 滅多に流通しない薬だと言えば、さすがのオリアレムも顔を引き攣らせていた。


 少し大人しくなったオリアレムを見て、紫武もそうなって欲しいがため、小日向は紫武の腕を掴むと引っ張って邸へと歩を進めた。

 オリアレムは放置である。


「こた、あんな高価な薬、兄上にやることなかったのに」


 今度は小日向を「こた」と呼ぶ気分になったらしく、邸に入るとすぐ、紫武が文句を言ってきた。


「もどきって言ったでしょ。高くないよ、あれ」

「ええ?」

「相場のことも、らしい、って言ったでしょ。本物だったらともかく、あれはもどきだからね」

「……騙したの?」


 失敬な、と小日向は眉をひそめる。


「わたしは一度も断定的なこと言ってない」

「そうだけれど……さすがは、こた?」

「材料をちょっと変えたら作れた、偶然の産物だよ」


 意図して作った薬ではなく、偶然的に作れた薬だ。それでも貴重であることには変わりないが、もどきだということを忘れてはならない。


「こたはすごいねえ」


 感心する紫武に、小日向はそうでもないと首を左右に振っておいた。


「オリアレムさまがお帰りになりましたよ」


 居間に入って長椅子で一段落したと落ち着くと、都記がそう言いながら室内に戻ってきた。


「やっと帰ったか」

「ええ。まあ、ナグレスの説得による部分もありますが」

「二度と兄上が入れないよう、結界でも張ろうか」

「それが一番ですね」


 そうしてくれ、と小日向も思う。

 また庭を壊滅させられたら、たまったものじゃない。


「にしても……お兄さん、逃げるの上手いね」

「都記、兄上が褒められたから、呪い殺してくれる?」

「紫武!」


 どうしてそう話を飛ばしてしまえるのか。

 とにかく紫武の前でオリアレムのことは禁句のようだ。

 あんな国主でも、いや紫武に殺意を持たれている国主でも、この国の頂点に立ち象徴となっている国王陛下であるから、実弟たる紫武にその罪を背負わせるわけにはいかないだろう。


 しかし気になる。

 それでも気になる。


「わたし、部屋に戻るよ」

「ん、そう? じゃあ僕はちょっと外に行ってくるけれど」

「お兄さん殺すなよ」

「わざわざそんな無駄なことしないよ」


 先刻まで全力で殺そうとしていたくせに、無駄と言うのはどういう気分落差なのか。


「必要なものとかあったら、買ってくるよ。なにか欲しいのある?」

「とくには……あ、街に行く?」

「行くかもしれないし、行かないかもしれないね。なに? ガーナムさんのところ?」

「そう。寄る暇があるなら、これ、渡して欲しい」


 懐から、オリアレムに渡したものと同じ小さな布袋を出し、紫武の手のひらに乗せた。


「これも、もどき?」

「そう。一つでごめんなさいって、伝えて」

「やっぱり兄上殺して」

「いいから。また作ればいいだけのことだから」


 この支離滅裂な思考回路をどうにかして欲しい。


「……仕方ない。頼まれるよ」

「そうして。じゃあね」


 渋々兄上暗殺を諦めた様子で、紫武は唇を歪めていた。


 小日向は、居間を出る間際、ちらりと都記を見た。視線に気づいた都記がにこりと微笑んだのを確認すると、自室へと戻ったのだった。







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