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33 : 金の瞳。

*オリアレム(王)視点です。






 結界の張り直しから十日、予想したとおりオリアレムは帰還した。随分と疲弊した様子ではあったが、傷ついた身はすでに回復し、歩行にはなんら問題もない。

 帰り着いた王城で、それを目撃するまでは。




「……これは、あれの仕業か」


 誰かに向かって問うたわけではなく、現状に対して思いついたことが口をついて出てきていた。


「手際のよい方法で楽しませてくださいましたよ、弟殿下は」


 厭味ったらしく、国王不在の間この城を護ってくれていた宰相が、口許を歪めながら言った。


「……倒れたい」

「その前に、これらの決済をお願いします。評議の選抜、及び査問会における決議、やることがたくさんあるのです」


 出かける前にきっちり片づけたはずなのに、たった十数日で机の上に山積みとなったものを見れば、気力だけで立っているようなオリアレムにはその矜持すらバカらしくなる。


「あれは、なにをした」

「簡単なことです。飛んで火に入る夏の虫、ですよ。ルー・ティエナ公は精神感応魔法がお得意ですからね。ああ、陛下はご存知ありませんか。ルー・ティエナ公のこととなると、周りが一切見えなくおなりですものね」

「おまえの皮肉はよい。余は、あれがなにをしたのかと訊いておる」

「無駄に野心のある者を排除してくださったのですよ。漸くその重い腰を上げてくださった、というところですかね」


 それでこの書類の山です、と宰相は非道にも現状をオリアレムに直視させてくる。疲れているのに、もっとひどい疲れが全身を包む。


「今さら国政に口を挟んできたか……」

「それは違いますね」

「なんだと?」

「陛下、陛下はあれほどルー・ティエナ公と対峙してこられたというのに、公のいったいどこを見ておられたのですか」


 侮蔑すら込められた宰相の目を、オリアレムは唇を噛んで睨み返す。

 昔からこの宰相には敵わなかったオリアレムだが、ここまでバカにされたこともない。宰相は立場というものを弁え、自分の役割を完全に把握した有能な文官だ。宰相の今の瞳には、きちんとした理由がある。それが、実弟のどこをどう見てきたのか、という問いだ。呆れているともとれる宰相の瞳は、オリアレムがなにも見ていなかったことを指摘している。


「……あれは、古き魔法師だ。存在してはならぬ」

「まるで口癖のようになっておられるそのお言葉ですが、では本当に、ルー・ティエナ公は古き魔法師ですか」

「おまえも見ておるだろう。あれの使う魔法を」

「ええ、見ています。確かに古の魔法です。しかし陛下、わたしが訊いているのは、公が古き魔法師か否か、です」

「今さらそのような……あれは古き魔法師の生まれ変わりだ」


 記憶が訴えてくる。

 あれは、弟だ。だが、古き魔法師だ。喪われた魔法を使うあれを、野放しにしておくわけにはいかない。目の届かないところにやるわけにはいかない。

 ぎりりとオリアレムが拳を握ると、宰相はため息をついた。


「わたくしとしたことが、少々、見誤っていたようですね」

「なんのことだ」

「よもやそこまで、陛下が久遠の王に囚われておいでとは……わたくしとしては、その記憶に打ち勝つだけの気概のある御方であると、思っていたのですがね」

「余を愚弄するか」

「いいえ。間違いは正さなければならないと思うのです」


 首をもたげた憤りは、宰相の冷ややかな視線に怯えた。それでも、バカにされたことは今までになかっただけに、宰相に対して覚えた怒りは鎮まらない。

 だというのに。

 いつもなら、オリアレムに暴言の一つ、愚弄の一つでも投げられれば牙を剥く騎士が、しょんぼりと部屋の隅でおとなしくしている。それは、宰相の言葉を理解したうえで、その通りだと思ったがゆえの静寂だ。


「ナギよ、おまえもか」

「ぅへっ? え、ち、ちげぇよ! で、でも閣下は……っ」

「おまえも、余が間違っておると、そう思うわけか」

「だ、だってよぅ!」


 狼狽した騎士は、あるじの怒りを受けても、宰相を擁護するらしい。


「陛下、責任を転嫁しませぬように。ナグレスは陛下のためだけに存在する《天地の騎士》、それを忘れませぬな」

「おまえ個人の言葉であるというか。誰も擁護せぬというか」

「わたくしは宰相ロレンス・ディレッツ。発した言葉の責任くらい、充分に理解しております」

「斬られる覚悟があると?」

「それが王としてのご判断であるのなら。しかし、あなたのものであるなら、わたくしは抗いましょう」

「ロレンス!」


 言い争いなど、したいわけではない。まして宰相、ロレンスとなど、口では負けるだけだとわかっている。ロレンスの言うことはほとんどが正しい。間違ったことなど一度もない。それだけに、今自分が抱いているこの怒りが、己れの間違いを認めていることに繋がる。

 そうだ、間違っているのだ。

 けれども、こればかりは、間違いを認められない。

 だから怒りが膨れ上がる。なぜわからないのだと、なぜ理解できないのだと、認められないことが悔しい。


「あなたは久遠の王ではないのですよ、陛下」

「そんなことはわかっておる!」

「では、ルー・ティエナ公が古き魔法師ではないことも、おわかりでしょうや」

「違う、あれは古き魔法師だ!」


 間違いだと指摘されることへの苛立ちに薙ぎ払った手が、机の書類に当たって部屋中に紙切れが舞う。はらはらと舞う紙の隙間から見えるロレンスの目は、先ほどとは打って変わって、悲しげだった。


「そんな状態になるまで、あなたの苦しみに気づくことができなかった、わたくしの責任ですね」

「おまえの責任などどうでもよい! あれは……あれは、野放しにしてはならぬのだ! 自由を与えるなと、あれほど命じたであろうに、なぜこんなことを許したのだ!」

「公が、古き魔法師ではないと、確信したからです」

「あれは古き魔法師だ!」

「公はあなたの、オリアレムさまの弟君です。それ以外のなに者でもありません。あなたがそれを見誤って如何するのです」

「違う、あれは弟などでは……っ」


 ハッとする。

 違う、そうではない。あれは弟でもあるのだ。父の暴挙によって囚われたある一族の巫女、その彼女を母にして生まれた哀れな異母弟だ。姿形が父に似てしまったせいで、巫女は狂い、あろうことか殺そうとまでした。弟はさまざまな狭間にあったことだろう。生まれてこなければよかったと思うことや、生まれたことによって甦った前世の記憶、王族に生まれるはずのない魔法師として、曲がりくねったひどい道しか歩めなかった。だから、その茨の道を少しでも護ってやれるのは、同じように前世であろう久遠の王の記憶を持つ、オリアレムだけなのだ。

 可愛い弟だ。父の暴挙によって得たとしても、オリアレムにとって弟は、ただひたすら可愛い弟でしかない。


「ちがう……あれは、弟、なのだ」


 ほろりと、涙がこぼれた。


「あれに力を与えてはならぬ……魔法を使わせてはならぬ……自由を許しては、ならぬ……っ」

「陛下」

「あれは! あれは、幸福に生きねばならぬのだ!」


 殺せ、と言った。殺すつもりで、殺せと、言った。そうすることで抑えた。周りを、弟を利用しようと目論む愚か者を、牽制した。

 弟のなかに潜む、弟を苦しめるものを、殺そうと決めた。


「古き魔法師に奪われてはならぬ!」


 殺さなければならない、あれは、あれだけは。


「あれが…っ…リアレトが、死んでしまうではないか!」


 可愛い弟が、古き魔法師のせいで死んでなるのものか。

 古き魔法師のように、久遠の王のように、生きてやるものか。

 あのときのように後悔するわけにはいかない。悲しみたくない。失ってから泣くなど、あってはならないのだ。


「なぜそれがわからぬのだ……っ」


 ロレンスなら知っているだろう。誰よりもずっと長く、オリアレムのそばにいたのだ。知らないわけがない。

 弟が、出生のせいで、前世の記憶のせいで、生まれるはずのない魔法師であるせいで、どれだけ苦しんできたかを。


「……あなたから、漸くそれを、聞くことができましたね」


 ほっとしたようなロレンスのその声に目を瞬くと、その隣にいつのまにか、笑みを浮かべた弟が立っていた。


「わかってるじゃないですか、兄上。僕が、僕でしかないってこと」

「……リアレト」

「ええ、そうです。僕はあなたにとって、リアレトでしかない。紫武は、あなたの弟ではありませんからね」


 でもね、と笑みを深めた弟は、少しだけ、困っているようにも見えた。


「僕は、魔法師なんですよ。どんなに忌々しくても、どんなに悲しくても、僕は魔法師なんです。だから、間違えないでください。僕は、古き魔法師ではありません」

「……だが、おまえは」

「綺堂弓狩の記憶ですか? あれねぇ……僕にとっても邪魔なものでしかないんですよ。だって僕は僕ですからね」


 笑ってばかりいる弟は、いつもそうだが、昔からそうだったわけではない。昔は笑みの一つも浮かべない、寂しいくらい感情を押し殺した悲しげな顔ばかりしていた。

 笑うようになったのは、いつからだっただろう。

 笑って、オリアレムの喧嘩を受け流すようになったのは、いつからだっただろう。


「ねえ兄上、今なら、僕の声が聞こえますよね」

「……な、んだ」

「苦しんだのは、兄上も一緒なんですよ。だから、忘れましょう」

「忘れる?」

「ええ。なにもかも、すべて、忘れましょう」


 そういえば弟が笑うようになった頃、その瞳が、片方だけ金の色彩を帯びるようになっていた。不思議に思って問うたことはあるが、はぐらかすというより弟自身も理解していなかったようで、明確な答えはなかった。それからたぶん、そのときからだろう、弟は魔法を見せなくなっていった。嫌いだと昔から言っていたから、魔法を使わなくなってもとくに不思議ではなかったのだが、もしかしたらそれには意味があったのかもしれない。


 弟の金に光った片目が、オリアレムを見据えた。


「リアレト……」


 美しく輝く金の瞳に、なぜだろう、魅入られる。


「兄上との喧嘩、楽しかったですよ。またいつか、相手してくださいね」


 その声を聞いたのが、最後だった。







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