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30 : 天への報告。





 ツェイルに、襲撃のとき護ってくれたことの礼を言えたのは、紫武がオリアレムと派手な兄弟喧嘩した翌日、帰ることになったそのときだった。


「怪我させてごめん」


 しょんぼりして謝ると、きょとんとしていたツェイルが、慌てて首を左右に振る。


「わたし、騎士。護る、騎士」

「うん。ツェイルは格好いい騎士だ。護ってくれてありがとう」


 ツェイルの小さな、けれども剣を握る無骨な手のひらを、小日向はぎゅっと握る。


「本当にありがとう、ツェイル」


 表情があまりないツェイルだけれども、心からの「ありがとう」を伝えると、優しく微笑んでくれた。


「せっかく仲良くなったところだったのに、帰ることにしてごめんね」

「いや、さっさと帰れ」

「ちょっとサリエ、そこまで邪見にしなくてもいいだろう」

「綺麗さっぱり問題を片づけて、ゆっくりできる時間を作ってからまた来ればいい」

「……うん、そうするよ」


 紫武が皇弟と握手し、別れの挨拶をした頃には、紫武が用意した転移の魔法が発動する。

 またいつか、必ず訪れることを約束して、小日向は手を振って別れの挨拶をした。


「またね、ツェイル。いつか必ず、太陽の御許で」

「うん。いつか必ず、月の御許で」


 転移の魔法が発動している扉を抜けると、そこはもう懐かしいわが家だ。一度きりの魔法なので、扉が閉まってしまえばツェイルたちとはもうしばらく逢えない。後悔のないようしっかり別れの挨拶をしたあとは、扉がゆっくりと閉められた。


「思った以上にツェイルと仲良くなったよね、こひな」

「ツェイルが仲良くしようと努力してくれたから、かな」

「きっとこひなが妹みたいだったのだろうね」

「お姉ちゃんがいたらあんな感じ? わたしのほうがお姉ちゃんっぽかったけど」

「こひなは妹だったよ」

「そう……かな」


 聖国の滞在は、最初はどうなることかと思ったけれども、そう思った以上にいい経験が得られた。今度は紫武の魔法を遣わずに、海を渡ってツェイルたちに逢いに行くのもいいかもしれない。家に引き籠ってばかりだったそれまでを考えれば、小日向にすれば随分な進歩だ。

 いろいろと大変なこともあったけれども、楽しい滞在、だったと思う。残念なのは、聖国の技術をそれほど学べなかったことだ。今度行くときは、しっかりと勉強してこようと思う。


「いい経験をしたって顔だね」

「大変だったけどね」

「うーん、僕としてはもう少し大変なことが続くけれど」

「……お兄さんのこと?」


 昨日の今日で帰国となった理由を挙げれば、紫武は肩を竦めて苦笑する。


「ほんの時間稼ぎにしか過ぎないけど、これだけあれば、まあ充分かな」

「なにする気?」

「これまで好き放題していた貴族を一掃、かな。あれらはこれからの兄上に邪魔だからね」

「そんなこと……できるの?」

「そのために僕は毎日、同じ時間、彼らにわかり易いように、行動していたんだよ」


 いつも同じ時間に出かけていた真相が、まさかここで明かされるとは思っていなかった。それも、その行動の真意が、あれほど口癖のように「殺す」と言っていた兄のためであったとは、少し驚きだ。


「兄上への制裁はそれからだ」

「えっ?」


 今さっき、兄のために邪魔な連中を排除すると舌に乗せた口が、そろそろ忘れてもいい言葉を吐き出した。


「え、だって、叩きのめしてきたんでしょ?」

「僕の言葉に耳を貸さないから、とりあえずぶちのめしただけだよ」

「あ……」


 そういえば、紫武とオリアレムはまだ決着がついていないのだった。


「もしかして……お兄さんを性根から叩き直すために、そこに邪魔な貴族を綺麗にするとか、言う?」

「まかりなりにも僕は王弟だからね。正面からぶつかるとなると、僕の正当性を肯定してくれる貴族が必要になるの。つまり公平な審判だね。僕は兄上を殺したいとは思うけれど、それは兄上が兄上だからであって、王を殺したいわけではないから」


 謀反の可能性を疑われる、それを回避するために、邪魔をするだろう貴族を排除する気でいるらしい。


「なんて面倒な計画……」

「王弟なんてものに生まれついてしまったがゆえのことだね」


 紫武は言った。王を殺したいわけではない、と。

 兄を、兄として認めることはできなくても、兄を王としては認めてはいる。兄の王としての力量が、この国には必要であると理解している。

 それは、愚かしくも続く無意味な兄弟喧嘩を、終わらせるのではなかろうか。


「さぁて、帰ってきたばかりだけれど、兄上が帰国する前にやってしまわなければならないことが山とあるから、僕は出かけようかな」

「え、もう行くの?」

「兄上がいない間にやらないと、意味がないからね」


 魔法を遣った旅行のようなものだったので、移動距離には疲弊しなかったものの、聖国ではいろいろあったというのに、紫武には休む暇がない。精力的に兄弟仲をどうにかしようと動くのはよいことだとは思うのだが、昨夜の騒動を思い出すと「さっさと片をつけてきたら」とは軽々しくも言えないことだ。


「……ねえ、わたしもついて行ったら駄目かな」

「駄目だね」

「なんで即答なの」

「これからやることが、かなりひどいものだから」

「ひどいの?」

「こひなに嫌われたくない、と願うくらいには」

「わたしは……どんな紫武でも嫌いになんかならないよ」


 たとえ血に塗れた姿となっても、それが自身の血でなくとも、小日向が紫武を恐れることはない。恐れるとしたら、この前のように、紫武が自身の血で塗れたとき、命が危ぶまれるときだ。その瞬間が、もっとも恐ろしい。


「なら、こひな」

「なに」

「どんな僕でも、こひなは、僕を愛してくれるかい」


 穏やかに微笑む紫武がいた。そのせいで、言葉の意味を今一つ解釈し損ねてしまう。


「本当は、聞くまでもないことだけれど……こひなの命は、僕のものだから」

「……わたしの命は、紫武のものだよ」

「うん。だから、聞きたい……どんな僕でも、僕を愛してくれるかい」


 どんな感情を込めて、「愛して」と紫武が言っているのか、それはわからない。けれども、嫌われたくないのだと紫武は言った。小日向にそれを願うくらいに、拒絶されることを紫武は恐れている。それが「愛して」ということに繋がるのなら、小日向は恥ずかしくなく言うことができる。


「わたしは紫武を愛してるよ」


 この命は、拾われたその瞬間から、紫武のものだ。どうしようが紫武の勝手だ。死ねと言われたら死んでもいいくらいに、小日向は生き永らえたこの命を紫武のために使いたいと思う。


 紫武は、少しだけ、驚いたような顔をしていた。


「僕を愛してくれるの?」

「紫武が紫武だから」

「僕がきみの命を握っているから?」

「そうかもしれない。けれど、わたしは、紫武だから生きることを選べた。紫武を見てきたから」


 紫武が危惧するようなことはない、と微笑めば、少しの間だけ呆けた紫武が、次にはふんわりと笑った。


「僕はずっと、その言葉が欲しかったんだろうな。弓狩のときは、願って、けれど得られなかったから」


 嬉しい、と笑う紫武の、伸びてきた両腕に、小日向は抱きしめられた。


「安心して、弓狩、志木。僕は変わることができた」


 先祖に向けられたその言葉を、小日向は理解できなかったが、紫武は幸せそうにそう天へ報告した。







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