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29 : 僕のそばにおいで。





 古き魔法師は、この世界の生まれではなく、違う世界から落ちてきたのだという。文明も習慣も、なにもかも違うこの世界で、古き魔法師はだいぶ苦労したらしい。幸いだったのが、古き魔法師には魔法師の素質があったことで、後世の今に伝えられるほど秀でた魔法師となったことだ。


「その古き魔法師の名を、綺堂(きどう)弓狩(ゆかり)。もうひとりの名を、雨宮(あまみや)志木(しき)と言うんだよ」

「きどうゆかり……あまみやしき……え、ふたり?」

「そう、ふたり。古き魔法師の一族は、そのふたりが始祖とされている」

「紫武が綺堂で、都記さんが雨宮……ふたりは始祖の?」

「遡ればどうなっているかわからないけれど、そうだと思われるから、僕は綺堂の姓を与えられて、都記は雨宮の姓を与えられた。僕の、綺堂紫武、という名は、古き魔法師の一族から間接的に与えられた名だ。僕は綺堂弓狩の記憶があるから、あながち間違いではないだろうけれど」


 寝台に腰掛けた紫武が、肩を竦めて笑う。


「都記さんに、雨宮志木だった頃の記憶は?」

「ないよ。弓狩の親友だった志木は、その生涯のほとんどを弓狩に振り回されて、死を迎えたときは弓狩から解放されるって心底喜んでいたみたいだからね。弓狩みたいなことはしないよ」


 古き魔法師の始祖が、今の紫武と都記に重なって見えるのは気のせいではないだろう。昔と違うのは、都記が紫武に従順で、紫武で世界を回しているところだろうか。


「久遠の王は、落ちてきた弓狩と志木を保護した王だったんだ」

「保護?」

「そう。なんていうのかなぁ……初めは仲がよかったんだよ、ライレンが弓狩と志木の力を重宝したから。保護したのも、その力が珍しいものだったから」


 客観的に昔を語る紫武は、そうなるまでに時間がかかったのだろう、ひとつひとつを思い出すように語るが、言葉に懐かしみを感じてる。まるで、思い出を語るように、声が柔らかい。


「弓狩も志木も、ライレンのそれはわかっていたから、生きるためにそれを利用したところがある。つまり、互いに利用していたわけだね」

「それは……まあ、仕方ないと思うけど」

「異界から落ちてきたわけだからね」

「紫武には異界にいた頃の記憶もあるの?」

「薄らとあるよ。ここと比べると、随分と文明が進んでいたかな。それくらいしか憶えてないけれど」


 綺堂弓狩だった頃の記憶を、弓狩がいた異界のことまで思い出そうとすると、頭痛がするのだという。記憶容量の問題なのだろうと、紫武は言った。


「前世を憶えているという人はけっこういるだろう? けれど前々世を憶えているという人は、前世を憶えている人からさらに半減する。しかもかろうじて憶えているくらいだというから、たぶん人体の限界なのだと思うよ」

「許容量を超えるから?」

「あまりたくさんの記憶があっても、疲れるだろう? その疲弊に人体が耐えられないんだよ」

「紫武が苦労したみたいに?」


 紫武は過去の、昔の綺堂弓狩だった頃の記憶に振り回されたと聞く。それはオリアレムのほうも同じで、だから今こうして兄弟となった彼らは喧嘩をしている。


「苦労……うん、苦労か。僕はただただ弓狩の記憶が鬱陶しかったけれど」

「鬱陶しかった?」

「今の僕は弓狩ではないからね。弓狩だった頃もあったな、くらいにしか思えないわけだから、けっきょくその記憶があるだけで僕は僕だ。弓狩とは別人だと考えてもいいだろう」

「……確かに」


 紫武が客観的に昔を語るのは、懐かしそうにしているのは、当人であった記憶を遠くから眺めているかのように憶えていて、そのときの感情がわかるだけだからという理由のようだ。


「僕はそう兄上に言ったのだけれど、どうも通じなくてね」

「お兄さんにも、久遠の王だった頃の記憶があるんだよね?」

「兄上も僕のように昔を憶えているはずなのだけれど……僕みたいには思えないのだろうね。もしかしたら錯覚しているのかもしれない。自分が久遠の……ライレン王だと」

「……重なって思えるのかもよ?」

「自分とライレンが? うーん、そうかもしれないなぁ。僕は弓狩と別人だと思っているけれど、似ているなぁとは思うからね」

「自分が久遠の王と重なるから、紫武もそうだと思ってるのかもしれないね」

「だから僕の中にある弓狩を殺そうとしている? はは、やっぱり無意味なことだね。僕は自分が弓狩だとは思ってない。ただ記憶があるだけだ」

「それをお兄さんに言えばいんだよ」


 紫武とオリアレムは、もっともっと、たくさん会話したほうがいい。いや、語り合うことが必要なのに、それを怠ってしまったから兄弟喧嘩という名目の殺し合いなどをしてしまうのだ。


「言って通じるかなぁ……僕はもう弓狩ではないから僕の言葉になってしまうけれど、古き魔法師と久遠の王が誓約に縛られるようになったのは、久遠の王が始まりなわけだし」

「それは……古き魔法師が命を大切にしないからで」

「それは仕方ない。いや、違うな……ライレンはそれを利用していたから、弓狩は意味がわからなかったんだよ」

「それ?」

「言っただろう、古き魔法師の一族は、失われた魔法を遣う。弓狩は失われた魔法を遣うことに躊躇いがなかった。志木もそう。ライレンも初めのうちはそうだったんだよ。だから、いきなりライレンが魔法を遣うのはやめろと言ったとき、弓狩には理解できなかった。彼らは仲がよかったけれど、利害が一致していた仲でもあったからね」

「……もしかして、利用価値がなくなったのかとか、考えたわけ?」

「そうだね。だって弓狩と志木は、この世界に落ちてきた異訪者だ。頼れる者がいなかった。それこそ、保護を申し出てくれたライレンしか、頼れる人がいなかったんだから」


 それは仕方のないことなのだろうか、と小日向は唇を噛む。

 古き魔法師と久遠の王との間にある誓約は、その誓約が交わされることになった戦いが、どうしても必要だったということになる。


「古き魔法師は知っていたの? その……失われた魔法を遣うと、寿命が……」

「知っていたよ。けれど遣うことに躊躇いはなかった。その力を遣うことで、助かる命がたくさんあったから」

「……久遠の王は、知っていたの?」

「あとから知ったから、力を遣うのはやめろと、弓狩と志木に言ったんだよ」

「それが誓約の交わされることになった戦いの始まり?」

「今だからわかることだけれどね」


 昔はそんなことを考える時間、そして余裕がなかった、と紫武は言う。


「志木の寿命が近づいてきていたし、弓狩もそう長くはないと自分で感じていたから、やめろと言われてももうやめられなかったんだ」

「周りがそうさせた?」

「それくらい、弓狩と志木の力は、国に浸透してしまっていたからね。それはほかでもない、ライレンが仕向けたことだ。治癒の力を持つ者なんて、そういないから、国交の一つにもしてしまっていたし」


 紫武が言うように、久遠の王が、本当に悪いのだろうか。古き魔法師の力を利用し、けれども彼らのことを大切に想っていた王は、自分がしたことに後悔したのだろうに。


「どっちもどっち、だね」

「ライレンが悪い」

「どうして?」

「王なら迷ってはいけない。その判断を後悔してはならない。王なのだから、揺らいではいけない」

「……けれど、人だよ。古き魔法師の、いい友だちだったと思うよ」

「それでも。利用したその瞬間から、たとえ友であったとしても、迷いなく判断しなければならない。まあ、最終的にライレンは弓狩と戦うことで、迷いを断ち切ったのだけれど」

「護りたかったんだよ、友だちを」

「互いに利用していたのだから、続けていればよかったのにね」

「でもそうしたら、古き魔法師はどんどん命を削っていたよ」

「いいや、変わらないよ」

「え?」

「言っただろう。弓狩は、自分がもう長くないことに気づいていたんだ。そしてそれを受け入れていた。弓狩はね、この世界に落とされる前に、とても大切な人を失っていたんだ。半ば志木に焚きつけられるようにして生きていた弓狩は、自分よりも他者の命を大切にする魔法師だったんだ」


 どんなに戒めても、どんなに諌めても、どんな言葉をかけても、きっと古き魔法師は聞き入れなかった。だから久遠の王と戦い合うことになってしまった。自分の命よりも、もっと大切な命を、古き魔法師は護りたかった。


「……久遠の王が、古き魔法師を大切にしていたことに……気づかなかったの?」

「わかっていたけれど、弓狩は、どうしても自分を大切にできなかったんだよ」

「大切なひとを失っていたから?」

「そう。僕も、その気持ちはわかるよ。だって……今の僕は、小日向がいない世界を、考えられないから。喪って、生きていられるとは思えないから」


 紫武の真っ直ぐな双眸が、優しさに溢れた。胸が締めつけられるくらいの温かさを感じて、小日向は目を細める。

 紫武にこんな顔をさせる自分は、やはり他者のために己れの命を遣うことはできない、と思った。


「わたしだって、紫武がいなかったら、生きてないよ」

「そうだね、小日向は僕のものだからね」


 くすっ、と笑った紫武が、小日向に両手を伸ばしてくる。ふんわりと頬を包まれると、緩い力で引き寄せられた。


「僕はもうなにも力を持たない魔法師だけれど、それでも小日向は僕のそばに在ってくれるかい?」

「紫武がいない世界なんて考えられないよ」

「そう、それはよかった」


 まるで幼子にするかのように、額に口づけされる。瞼や頬にもそれは振り、頬を包んでいた手のひらが後頭部に回ると、今度は強い力で引き寄せられてすっぽりと抱きしめられた。


「僕のそばにおいで、小日向。ずっと、ずっと、僕のそばに」


 縋るような腕の力になにを不安に思っているのかと首を傾げたが、紫武の声はどこまでも優しく柔らかく、この体勢が紫武を安堵させているのかもしれないと、小日向は自分から紫武の背に腕を回した。


「ずっと、いるよ?」

「うん、そうだね、僕の小日向」







*異訪者:異なる世界からの訪問者、と解釈していただけたら幸いです。

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