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19 : 昔話をしようか。1





 ツェイルの怪我は、翌日には起きて歩けるくらいにまで回復していた。熱が出たのは昨夜のうちだけだったそうで、朝にはもうすっかり顔色も戻って、痛みも薄れ引き攣るような違和感くらいしか残らなかったらしい。


「じゃあ、もうだいじょうぶ?」

「へいき」

「本当に?」

「へいき」


 平然と立って歩いているツェイルを見て小日向は驚いたが、飄々としている姿を見ればさすがに疑心暗鬼にはならない。

 紫武の魔法が効いたのだろう。

 そう思うと、安堵した。

 だが、なによりもツェイルを癒したのは、やはりサリヴァンだ。


「サリヴァンさま、ずっと、そば、いてくれた」


 嬉しそうに淡く微笑むツェイルは、可愛らしかった。


『ツェイ? ツェイ、どこに行った。戻っておいで、ツェイ』


 ツェイルはサリヴァンに呼ばれると、周りの空気にパッと花を咲かせる。表情はあまり変わらないのに、空気は素直だ。

 サリヴァンに駆け寄っていくツェイルの姿を見送って、小日向はさらにほっと、息をついた。


「元気になって、よかった……」

「こひなはそれほど元気じゃないだろ。寝台に戻りなさい」

「え?」


 後ろから声をかけられて、吃驚して振り向いたら、寝起きの紫武が不機嫌そうな顔で立っていた。


「紫武……おはよう」

「おはよう、じゃない。部屋に戻るよ」

「えっ……ちょ、紫武」


 朝の挨拶も適当に、紫武にがっちりと手首を掴まれると、強い力で引っ張られた。急性さに躓きながら、強引な紫武に引っ張られて、部屋に戻されてしまう。


「まったく……自分の不調にも気づかないなんて」

「わたし、べつに」

「このところ眠れてなかったんだって? 都記から聞いたよ。今日は僕もいるから、休みなさい」

「……紫武、今日はいるの?」

「いるよ。サリエがいただろう」


 珍しくいると思ったら、サリヴァンが出かけていないからだ。そういえばサリヴァンと一緒にどこかに出かけていたので、サリヴァンがいるなら紫武もいることになる。


「都記、朝食をお願い。果物は柔らかいものにしてくれる? 無理なら摩り下ろしたのでいいから」


 部屋に入るなり、紫武は小日向を寝台に放り投げ、控えていた都記に朝食を頼む。呆然とそれを見ていたら、上着を脱ぎなさい、と言われた。


「え、なんで」

「休むから」

「休むって……え? ここ、紫武の寝室……」

「それがどうかした?」


 どうかしたもなにも、と小日向は困惑する。今まで、一度だって寝室が一緒になったことなど、ないのだ。


「や、休めっていうなら、わたし、自分の部屋に」

「いいから、ここにいて」

「でも」

「離れると僕がしんどいの」

「しんどい?」


 なにが、と首を傾げたら、いつまで経っても上着を脱がない小日向に焦れた紫武が寝台に上がってきて、小日向の上着を脱がせにかかった。


「ちょ! し、しのぶ、なにするの!」

「この下は寝間着でしょ。寝苦しくなるんだから、脱ぎなさい」

「や、やめてよ!」


 まかりなりにも、生物学的上は女である小日向だ。恥ずかしい。

 だが、紫武は強かだ。

 小日向の弱点である後ろ首を掴むと、くすぐったさに身を捩った反動を使って、すぽんと上着を脱がせてしまう。


「ぎゃーっ!」

「あのね……女の子なんだからせめて、きゃー、にしようよ」

「なにするんだよ! もう! 紫武のばか!」

「はいはい。それだけ叫べるなら、そろそろ回復してきたかな」

「わたしは元気だよ!」


 上着を剥ぎ取られて、少し肌寒くなった身体を己で抱きしめる。ぎゃあぎゃあ騒いだ小日向を紫武は呆れて見ていたけれども、その瞳は温かくて優しかった。


「ほら、おいで」


 寒いでしょ、と伸ばされた両腕に、小日向は首を左右に振る。そうでなくても気恥しい思いをしたのに、さらに紫武の両腕に飛び込むなど、もうそんな歳でもないのだ。

 だが。


「いいからおいで」


 ここでもやはり紫武は強かで。


「うわあ!」

「だから……きゃあ、とかにしようよ」


 叫ぶならさぁ、という声が、耳許を掠める。いつもより近い声に、背筋がぞわりとした。


「ち、近っ」

「ん?」


 声が近い。吐息が近い。距離が近い。すぐ後ろに紫武がいる。紫武に後ろから抱きしめられている。

 こんなに紫武が近いのは、どれくらいぶりだろう。


「やっぱり、ちょっと身体が冷たいね……動くのしんどかったんじゃないの?」

「え……え?」

「自覚なし、か……さすがは僕の魔法」

「魔法?」


 なんのことだ、と首を傾げたとき、紫武の手のひらが、とんと左胸を包んだ。


「へ、あ……っ?」


 いやちょっと、と叫びそうになる。

 そこは、確かに貧しいけれども、きちんとした形のものがあるわけで、決して平らなわけではないのだ。


「し、し、しの、なに、なにして……っ」


 紫武がおかしくなった。そう思わずにはおれない状況に、小日向はドキドキしながら息を詰め、目に涙を浮かべる。


「そう、動かないで。力をあげるから」

「え、え、え……っ?」

「だいじょうぶ。僕がそばにいるから」


 吹きかけられるように、耳許に囁かれたあと、小日向の左胸を包む紫武の手のひらが蒼白く光り、紫武の魔法陣が浮かび上がった。


「しの……っ?」

「うん、だいじょうぶ。昨日のうちに大半は回復していたから、これは最後の仕上げ。僕の力をあげる」


 紫武がなにを言っているのかわからない。

 わからないけれども、されている行為は、恥ずかしくてならないものだ。


「やだ…っ…しの」


 離して、と抗うけれども。


「だめ」


 前に回っている腕は、胸を包む手のひらは、背にした紫武は、離れていってくれない。

 それどころか、強い力で引き留められている。紫武に触れられているところすべてから、引力のようなものすら感じる。


 左胸に、ふわりとぬくもりを感じたとき。


「ひゃあ……っ」


 きゅっと、力を込められて。

 貧しくとも形ある胸に、紫武の指が喰い込む。押されるなんともいえない感覚に、小日向は咽喉を引き攣らせ、後ろ頭を紫武に押しつけてきつく瞼を閉じた。


「だめだよ、こひな。逃げちゃだめ。こひなは僕のものなんだから」

「し、しの、ぶ……っ」

「いい子にして」


 囁かれる言葉が、小日向の耳をくすぐる。

 すっと首を撫でられた感触にハッと目を開けたら、肌蹴た胸元から紫武の手のひらが侵入していて、寝間着の留め具を次々外していた。肌着も、めくられてしまった。

 あっというまに、素肌が露わになる。

 その羞恥に、真っ赤になった。


「なに…っ…なに、しの、なにして」

「確かめるの」

「た、たしかめ……?」

「こひなを」


 意味がわからなかった。

 いや、わからなくていい。

 とにかく恥ずかしくて、どうすれば紫武が今の行為をやめてくれるのか、それだけで頭がいっぱいになった。


「憶えておいで、こひな」


 左胸を包んでいた手のひらがふっと離れる。なんとか引っかかっていた寝間着や肌着は、それで完全に肌蹴てしまった。


「や……っ」


 すぐに戻った手のひらは、今度は直に、小日向のそれを包む。直接感じる紫武の手のひらに、もう頭は混乱しっ放しだった。


「見て、こひな」


 見られるわけがない。

 顔を逸らし、目をきつく瞑る。けれども、紫武は「見ろ」と強要してくる。


「これが、僕の命だよ」


 それまでずっと小日向の左胸に浮かびあがっていた紫武の魔法陣が、紫武が手のひらに力を込め続けると同じ速度で、ぐぐぐっと小日向の胸に浸透していく。


「うぅ、う……っ」

「苦しい? ごめんね。ちょっと、苦しいかもしれないね」


 浸み込んでいく。包まれる。温かな風が、温かな水が、優しさが、身体の中に入ってくる。

 その感覚は苦しくも、切ない。


「本当は服の上からでもいいんだけれど……こうやって、印をつけなくたっていいんだけれど……こひなが可愛いから、いけないんだよ」

「うー……っ」

「ぷるぷるだね、こひな」


 くすり、と笑った声に、もう羞恥が限界になって、涙が溢れる。


「やだ…っ…や、しの」

「もう少しだけ、味あわせて」


 そろりと動いた手のひらが、小日向の神経を焼き切らせた。







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