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18 : 大陸の力。7

紫武視点です。





 倒れた小日向を両腕にきつく抱いて、紫武は深く息をつく。ずきずきとする胸は、これは小日向の痛みだ。


「しの、だいじょうぶか」


 サリヴァンの案じる声に、顔を上げてにこりと微笑む。怪訝そうな顔をしたサリヴァンは、しかしそれ以上の言葉もなく、ほうっと息をついていた。


「サリエにも魔法をかけてあげようか? だいぶ疲れてるでしょ」

「おれはいい。それより早くその子を休ませてやれ」

「言われなくても。都記、頼んでいいかな」


 案じていたのはサリヴァンだけでなく、都記も心配そうな顔で控えている。小日向を頼むと、駆け寄ってきてくれた。


「紫武さまは……」

「僕は平気。こひなを眠らせてあげて」

「御意」


 きつく腕に抱いていた小日向を都記の腕に移すと、都記はすぐに小日向を部屋に運んでくれる。

 紫武はふっと息をついて、背を伸ばした。


「失われた魔法を使うのは、久しぶりだったなぁ」

「……失われた、というのは、あんた以外に遣えない、ということか?」


 ふふ、と笑う。


「僕しか遣えない、なんて……みんなが遣おうとしないから、そのうち遣える魔法師がいなくなって、けっきょく僕だけが憶えていたというだけのことだよ」

「治癒の力は大陸中を探してもそういない。稀な力だ」

「遣おうと思えば遣える力なんだけれど。でも、そうだね……素質があっても遣えない力かもしれない」

「なぜ?」

「寿命が縮むからだよ」


 躊躇うことなく答えたら、サリヴァンはハッと、驚いたように目を見開いた。


「僕ら魔法師は、自然のものを借りて自分の力にできるわけだから、自然という力がなければ意味を成さない。天恵も似たものだろう? 風を操れるなら、風という自然の力を借りる。水を操れるなら、水という自然の力を借りる。それと同じように、治癒は、自分の中にある自然治癒という力を借りる。つまり、生命力を糧に治癒の力は働くんだよ」

「……だから、寿命が?」

「そう、削られる。人間には限界というものがあって、無限にその力が溢れてくるわけではないからね」


 肩を竦めてその説明をすると、サリヴァンは眉間に皺を寄せ、深々とため息をついた。


「話に聞くと稀な力である所以がわかる」

「まあサリエなら、どうやらなにかの器になっているようだし、わかると思うけれど」


 ちらりと見えるサリヴァンのそれを口にしたら、眉間の皺がさらに増えた。そうしてふっと俯き、拳を握る。


「おれは長くないのか」

「……僕にはそこまで見えない。けれど……あまり無茶はしないほうがいいよ」


 紫武が言えることはそれだけだ。

 サリヴァンには天恵がある。紫武が魔法を遣えるように、サリヴァンは天恵を遣える。初めて逢ったときから不思議な天恵を持っているとサリヴァンに対して思っていたが、数年逢わずにいたらそれが少し変わっていた。不思議というよりも、なんだか奇妙で、強くて、できることなら触れたくないような、そんな力に変化している気がしてならない。

 なにかあったのだろう、というのはわかるのだが、どうしたらそうなるのか、紫武には皆目見当がつかない。


「なにかあったの? いや、あったんだね」

「いろいろと」

「それだけで済ませないでよ」

「いろいろあり過ぎて、どう説明すればいいのかわからない。ただ……」

「ただ?」

「ツェイに出逢ったから……おれは変われたんだと思う」


 それは、紫武が小日向に出逢えたから変われたことと、同じだ。


「そっか」


 同じだね、と微笑むと、サリヴァンは顔を上げて苦笑を見せた。


「あんたも、変わったからな。変われない奴はいないんだと、思うよ」

「そう思わなければできないことではあるけれど。まあ僕は、変わりたいというよりも、変えなければなにも始まらないって……少なくとも、サリエに出逢ってそう思ったからね。だからこひなにも……小日向にも出逢えた」


 唯一無二の、存在に。

 出逢えたその喜び。

 その、至福。

 サリヴァンという友に出逢えなかったら、唯一無二の存在にも、出逢えなかっただろう。


「あの子には、あれ以上落ち込んで欲しくない。ツェイがとても気にしている。だいじょうぶなのか?」

「少し休めば身体は回復するし、僕がいるからね」

「そういえば……なぜあんたの力に、あの子は引き摺られたんだ?」


 ああそれは、と紫武は小日向を拾った当初のことを説明する。そういう事情があったから、と言えば、サリヴァンは「本当にあんたは変わったな」と感心していた。


「殺さなかっただけでも進歩だというのに……」

「僕、そんなに誰かを殺しそうな顔、してたかな?」

「ああ」


 即答されてしまった衝撃は、かなり痛い。けれども、遠慮なく言ってくれるサリヴァンの心は、嬉しかった。


「……僕がどれだけきみに救われたか、きみはわからないんだろうな」

「ん?」

「なんでもない。ねえサリエ」

「なんだ」

「ごめんね」

「……、なにが?」


 きょとんとしたサリヴァンに、もう忘れちゃったのか、と苦笑がこぼれる。


「ツェイルに怪我させて、ごめんね」

「ああ……あんたのせいではあるが、責めるつもりはない。こちらの警備も甘かったからな」


 紫武のせいだ、と言いながら、責めないサリヴァンの心に、いつもは痛まない胸が痛む。きっとこれは小日向だけの痛みではなく、自分自身の痛みでもあるのだろう。

 自分にまだ心があると知って、嬉しく思う。


「これからどうしたらいいかな」

「どうもしない」

「え、しないの?」

「ユート経由でツァインにこれは知られただろうから、ツァインが勝手に動く。それに……自由気儘に動くのは、ツァインだけではないからな」


 ツァイン、というのは、ツェイルの兄だという、紫武に恨みを持ってしまった男のことだろうけれども、意味的にはサリヴァンがなにを言っているのか、紫武にはわからない。


「きみの部下は、もしかしてとんでもなく、自由なのかな?」

「宿舎を覗いて見ろ。おれ抜きで、報復計画が立てられているぞ。完璧なまでに」

「ぅわ……」


 羨ましいほど慕われているようだが、しかしそれはそれで少し、身動きが取れなくて不便そうだ。


「おかげでおれの出番が少ない……だからおれも勝手にやる」

「ええ? いや、それは拙いんじゃないかな。だってサリエ、皇弟じゃないの」

「しのも王弟だろうが」

「いや僕は小国の王弟で、サリエみたいな危険っていうのは兄上くらいだから……まあ、今回はその僕のせいではあるけれど」


 それほど重要視していなかった、というのが実のところ紫武の本音である。少し逃げていたほうがいいかな、と思って、サリヴァンのところへ来た。突発的な思いつきは、いつだってその程度でしかない。それが今回はツェイルに怪我をさせるという、最悪な結果をもたらした。

 楽観視していられない、逃げるだけでは駄目か、と漸く理解したのは、小日向が狙われてツェイルに怪我を負わせてしまってからだった。


「おれはおれで、報復する。あんたには悪いが」

「悪くはないよ。あれは兄上の手先であって、僕は関係ないからね。けれど……あまり応援する気にはなれないな」

「本来の狙いはあの子だぞ」

「いい狙いではあるけれどね……」


 思い出すと腸が煮え繰りかえる。ふつふつと、怒りが込み上げてくる。けれども抑えなければ、小日向を泣かせてしまいそうで、怖い。


「本当に、変わったな」

「え、そう?」

「絶望を知った笑みと、その怯えた目……あのときは見られなかったものだ」


 改めて言われると、若かったがゆえの浅はかな衝動が、恥ずかしくてならない。


「僕は……こひなと、ずっと一緒にいたいから」

「なら、逆に訊く。あんたはどうするつもりだ? このまま逃げ続けるのか? ここに居続けることはかまわないが、ここにいるより、祖国のほうが、より気楽だと思うぞ」


 たとえ兄オリアレムと折り合いが悪くとも、ヴァリアス帝国に居続けるより、ディアル国のほうが安心して暮らしていける。

 それは紫武もわかっていることだ。

 六年前、浅はかなことをして、この国に、サリヴァンに迷惑をかけなければ、それでも逃げ続けていられただろうけれども。

 だがそれを否定したら、小日向のことも否定することになる。

 だから、その可能性は、考えない。


「どうしようかな……僕は、あまり関わりたくないだよね、本当のところは」

「国王と?」

「諦めてくれないから」


 紫武はもう諦めたのに。

 オリアレムは諦めてくれない。


「どうしたらいいと思う?」

「おれに訊くな」

「わからないから訊いているのに」

「あの子が答えただろう」


 そう、言われて。

 紫武は顔から感情をそぎ落とす。


「兄上を殺すなって、こひなは言う」

「なら、そうすればいい」

「受身になれっていうの? 兄上は僕を殺そうとして……今回だって、兄上の手の者がツェイルに怪我をさせたのに」


 失態だ。ことを甘く見ていた紫武の、責任だ。それなのに責めてくれないから、どうすればいいのかわからなくなる。


「しの」

「……なに」

「なんのために、封じていた魔法を解放させたんだ」

「え……」

「あれだけ嫌っていた魔法を、なぜ解放する気になった」

「……それは」

「護りたいからじゃないのか」


 そうだ。

 紫武は、護りたい。

 小日向を。

 小日向との生活を。

 だから、魔法を遣う。

 以前よりも、もっと気楽に、遣えるようになった。


「おれはツェイを護りたいから……ツェイのそばにいたいから、国主の天恵を認めた」


 変わったのは、変われたのは、唯一無二の存在に出逢えたから。

 サリヴァンに対して、同じだね、と言ったのは自分ではないか。


「護りたいなら、護れるだけの力を使えばいい。それだけのことに、なんの迷いがある?」

「迷い? 僕に迷いなんて」


 小日向を護るためなら、なんだってする。迷いなんてない。


「しの、排除するだけがすべてではないぞ」

「排除しなければ、護れない」

「あの子の気持ちを考えろ。護るとは、相手の気持ちを汲まなければできることではないんだ」


 なんて、難しいことを言う。

 紫武は頭を抱えた。


「兄上が邪魔するんだ。僕は魔法師であることを諦めたのに、あの人は……っ」


 取り戻したかったのだろうと、今なら思う。

 そのときまでは、紫武は魔法師ではなかったし、オリアレムは王ではなかったから。

 だが紫武は魔法師で、オリアレムは王だった。

 ただの兄弟では、いられなくなった。

 紫武の、オリアレムの、過去の記憶がそうさせた。


「……しの、振り回されるな」

「振り回される? 僕が? なにに?」

「しのは、しのだ」

「……そんなのはわかってるよ」


 けれども、どうしようもない。

 この記憶は消せない。忘れられない。

 ともすれば怒りにも似た苛立ちを抑えられなくなりそうな感覚に、紫武は拳を強く握ると、サリヴァンに背を向けた。


「しの」

「わかってる。頭を冷やしてから、こひなのところに戻るよ」


 自分のことで感情を持て余すなんて、どれくらい久しぶりのことだろう。いつも小日向のことばかりだったのに、今は自分に振り回されている。

 ああ、振り回されている。

 これが大陸の力だ。

 小さな島国にはない、大陸の、寛容で大きな力。

 だから気づかされる。

 いかに己が、小さな存在であるか。


 自嘲を口許に浮かべながら、紫武は部屋を出た。







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