17 : 大陸の力。6
ツェイルの怪我が、出血のわりに傷は深くなく、受身がよかったことで早く治ると聞いたとたん、小日向は再び泣いた。
「そんなに泣いたら目がとけちゃうよ」
という、紫武の子供じみた慰めを受けて、漸く嗚咽も治まった頃、ツェイルが眠る部屋に入れてもらえた。寝台にはツェイルと、ツェイルを護るように並んで眠っているサリヴァンがいて、一瞬だが足が躊躇う。それでもツェイルが気になってそばに寄り、その顔を覗き込めば、まだ蒼褪めているものの寝息は安らかで、サリヴァンのぬくもりを得て安堵しているように見えた。
「本当に、もうだいじょうぶ?」
治療に手を貸してくれた都記にそう訊ねると、笑顔で頷いてくれる。さらに確認するように紫武を見ても、だいじょうぶだよと言われた。
「……よかった」
状況はよくないが、状態はよさそうで、ほっと息をつく。
なにか手伝えることはないかと、治療を担当した医師に訊くと、薬師も揃っているからだいじょうぶだと返された。
「わ、わたしも薬師です。魔法を付与させた薬、作れます」
「ああいえ、ツェイルさまはちょっと……薬には弱いので」
「え……」
「妻でないと……メルエイラの薬師でないと、ツェイルさまのお身体に合う薬は調合できないんですよ」
医師の妻はメルエイラ家の出身で、しかもツェイルの姉だという。薬に弱いツェイルは、姉の調合した薬以外を受けつけることができないのだそうだ。
それを聞いて、自分はますます役立たずだと、小日向は落ち込む。
「わたし、なにもできない……」
できることがあると思って、魔法薬師になった。けれども、それすらもここでは無意味だ。
こんなにできないことが多いだなんて、初めてだ。
「そんなに落ち込むな。ツェイまで落ち込む」
しょぼくれていたら、いつのまにか起きていたサリヴァンに、そう言われた。
今は触れてくれるな、と言われたことを思い出してびくつくと、紫武に肩を抱かれる。
「ご……ごめん、なさい……わたしの、せいで」
「謝るな」
「でもっ」
「謝るな。ツェイは、できることをやっただけだ」
「あれは魔法師だった。わたしを狙ってた。わたしが……わたしが、ツェイルを巻き込んだ」
「違う」
小日向の言葉をすべて否定するサリヴァンに、止まっていた涙が溢れる。
どうしてこんなに、優しいのだろう。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「だから、謝るな。きみは悪くない。悪いとしたら、しのだ。しのがきみを巻き込んだ」
「でも、今回はわたしが」
「きみを護れないしのが悪い」
サリヴァンが、睨むように紫武を見据える。振り向くと紫武は苦笑していて、肩を竦めてみせた。
「そうだね……僕が、悪い。こひなは僕が護らないといけないのに、ツェイルに護ってもらっちゃったからね」
「紫武……」
「ねえ、こひな。ちょっとだけ、無理をしてもいいかな」
「え……?」
「本当にちょっとだけ……痛いかもしれない。我慢してくれる?」
なんのことだろう、と首を傾げると、ふっと紫武のぬくもりが離れていく。代わりに、都記の手のひらが小日向の肩に置かれた。
「しの? なにをする気だ」
寝台に横になっているツェイルに近づいた紫武が、怪訝そうにしたサリヴァンににっこりと微笑みかける。
「魔法が、効けばいいなと思って」
そう言った紫武の周りが、白く光る陣に突然と囲まれる。
「しのっ?」
「失われた古き魔法……僕なら、使えるから」
「……、まさか」
紫武がなにをしようとしているのか、サリヴァンにはわかったらしい。だが、小日向にはわからない。
いったいなにが起きようとしているのだろう。
いや、なにを起こそうとしているのだろう。
「できるだけ痛まないようにするから、許してね、こひな」
紫武に許しを乞われた、そのとたん。
どん、と。
「ぅあ……っ」
胸に、ひどく重い痛みが走った。
痛みのあまりよろめいたら、都記に支えられる。立っていられなくなると、床に崩折れた身体を腕に抱かれた。
「な、に…っ…これ」
「もう少しだけ、我慢して。ごめんね、こひな」
紫武の声が遠い。けれども、どうしてだろう、頭には響いてくる。
息苦しくなってくると短い呼吸が繰り返され、視界がぼやけてくる。
いつまでこの苦しさが続くのだろうと、思ったとき、唐突にそれらは去っていった。
「こひな」
肩で息をしながら見た先には、泣きそうな顔をしている紫武がいる。
「ごめんね、痛かったね、もうだいじょうぶだから、ごめんね」
「しの、ぶ……?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、ごめんね」
腕は、気づくと都記から紫武に代わっていて、抱きしめてくるぬくもりが強かった。
「しのぶ……いまの」
今のあれは、いったいなんだったのだろう。
そう訊きたかったのに、泣き疲れていた身体は、急激な痛みに耐えたことでさらに疲れたのか、意識が遠のいていく。
「きみに、もう二度と、あの痛みを感じさせたくなかったのに……ごめんね、こひな」
最後に聞こえた言葉は、意味が、わからなかった。