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NO  作者: クロワッサン
飼町羊子
1/1

苦痛の始まり

弾けるような音で目が覚めた

たくさんの生き物が一緒に喋っているような、いや、鳴いているような声が言った。


ー起きろ。


うるさすぎてよく聞き取れないはずなのに、何を言っているかわかる。

僕は腕に力入れて起きる。


ーよし、日本語も理解できてるし腕もちゃんと使えるようだね。


この声はなんだ。


ーかなり急ぎで作ったから記憶が抜けてるみたいだな。

ー声を出してみて、喉に力を入れて。


「ぁ」

赤ちゃんの鳴き声にも届かない静かな音だった。

そういえばこのうるさくて、聞き取りやすい声を出してる喉はどこだろう。

まわりを見てもずっと「白」だけが続いていた。


ーよし、大丈夫そうだし時間がないから手短に話すね。

ー君には人間という生き物がみんないなくなっちゃうべきか、そうしないべきか判断してもらいたい

ー自信作ではあったんだけど、放っておくわけにもいかないからね

ー君は大切だから、使いも送ってあげる


僕は聞いた。

「あなたは誰なんだ」


ーそうだな、名前はたくさんある

ーでも、『あっち』だとこう呼ばれてる

――――――――――――――――――――――


飼町 羊子(かいまち ようこ)は病院に行くべきか迷っていた。

こういう時って精神科に行くべきなのかな。それとも脳外科?

にわかには信じられないけど、もう一度振り返れば気持ちも整理できるかもしれない。

いつものように配信を終えて、ウパーイーツを頼んだ。だらけていたらダンスレッスンがあったことを思い出した。それで、大急ぎで準備して、届いていたウパーイーツの食べ物を冷蔵庫に入れようとして開けた。


そこにあったのは食べ物でも保冷剤でもなく1人の人間だった。


当然、私には人間を食べるような趣味はない。

それに、彼と会ったのはその時が初めてだ。

疲れてみた幻覚にしてはリアルだ。

聞こえる呼吸音、肌の質感、静かに動く腹。

五感が彼は本物だと主張してる。

「あの子」は何も言わずにいまだにソファに座っている。家に忍び込んだとも考えられるが、仕事上家から出ないし昨日はずっと起きていた。こういう時はとりあえず児童相談所に電話だろうか。

静かな部屋に電子音が鳴り響く。

「もしもし?」

「こちら、別津(べっつ)市児童相談所です」

整った女性の声が聞こえた。

「あの・・・。子供を見つけたんですが」

「どこで見つけましたか?」

「えっと、寒いところというか、」

「場所は言えないんですか?何町で見つけましたか?」

冷蔵庫で見つけましたなんて言えるわけないでしょ、と思いながら答える。

原霧(へれむ)町一丁目です。」

「わかりました。何歳に見えますか?目分量でも構いません。」

「10代前半くらいに見えます。」

「容姿についても教えてください。行方不明届が出てるかもしれません」

「茶髪で、目が大きくて色白で日本人ではなさそうです。で、」

「身につけているものに特徴はあったりしますか?」

できれば言い終わるまで待ってほしい。

「見つけた時は全裸でした。」

「わかりました。10代前半で茶髪の男子ですね。一度調べてみます。」

電話にオーケストラで有名な音楽が流れる。いったいあの子はどこからきた子なんだろう。これも含めて夢なのだろうか。児童相談所に電話で正解だったのだろうか。ソファの上にちゃんと子供はいるのだろうか。

そんな疑問ばかり浮かばせながらソファを見る。

いない?

全部夢だった?いや、ソファからまだ人の温もりが感じられる。この家のどこかにまだいるのかな。


ピンポーン


誰かが来たみたいだ。宅配便だろうか。

カメラ越しに見てみると、いかにも昔の刑事ドラマに出てきそうながっしりとした男性と糸目で優しそうな女性がいた。

糸目の女性が言った。

「こんにちは。こちら警察のものです。こちらに男の子が突然現れたりとかはしてませんか?」

児童相談所にこの話はしていない。どうやってんだんだろう。このマンションの304号で冷蔵庫に子供が出現したことはあの電話の人にも教えていない。


おかしい。あの時と似ている。


「子供が出現、ですか・・・。心当たりはないですね。失礼します。」

さっさと行け、というメッセージを込めてドアを強く閉めた。どういうわけかあの少年を警察が狙ってるみたいだ。


もうあのときみたいな失敗は、しない。


まず少年がどこにいるか調べなくては。鍵は私が開けるまで閉じてたからまだこの中にいるはず。


探してみると思ったよりすぐに見つかった。彼はベランダに立って遠くを見ていた。

「こんにちわ。あなたは誰なの?」

できるだけ優しく通る声で言った。

「名前はない。」

いまだにこちらを見てくれない。

「お父さんとかお母さんみたいな人はいないの?」

「心当たりはある。でもまだ許しがない」

宗教的な話か?

とりあえず今ここにはいなさそうだ。

「何かもらったりはしてないの?」

「使いが送られると言っていたが、来ていない。」

神も送り忘れることがあるのだろうか。

それとも何か理由があるのだろうか。

ただ一つ確実なことは現在誰か頼れる人がいるわけではない、ということだろう。

「よし、とりあえず服とか買いに行こっか!」



カナユリはこの家の1番近くにある服屋だ。チェーン店なこともあり人も多いため、シャツ一枚の少年が1人いても意外と気づかれていない。

とりあえず家にあった1番大きめのシャツを着せることにした。母がいつのまにか買っていたスイス国旗のシャツだ。シャツもこんな使われ方をするとは思ってなかっただろう。

着せるのはすぐできたが本人にやり方を教えるので少し時間がかかった。

とりあえず下着はSからL買えばいいか。

自慢じゃないが意外とお金はある。

「とりあえずこれに着替えてみてくれる?」

だいたい着せることができそうなものをとって彼に渡した。

「これもこの『シャツ』と同じ着方でいいんだな」

「そう、この形のはね。こっちのもっと長い方は買って家で教えるから自分の体と同じくらいの大きさか確認してみて。」

「わかった」

少年はすぐに脱ぎ始めた。

「ちょ、ちょ、ストップ、ストップ!この布がかかったところで着替えて!」

「わかった」

従順だけどあまりにも無知な少年だ。まるで赤子のような儚さがある。

これからどうしよう。もう決心したんだからちゃんと覚悟を決めろ、私。

強く両頬を叩いて気合を入れた。これから忙しくなるだろう。それでも守らなければ自分を許せない。

まだ着替えているのかな?初めてのことだから時間がかかっているのかもしれない。


こう考えるのと試着室の方から悲鳴が上がるのはほぼ同時だった。


この後のことはあまり覚えていない。

はっきりと覚えているのは少年の入った試着室から大量の紅い血が出ていた様子とあの刑事の後ろ姿だ。

その後はただただ怒っていたことしか覚えていない。

少年を殺した?

待ち伏せしてた?

なんで彼が死ぬ必要があった?

無知な子供を殺すのが警察なの?

なんで私は何もできてないの?

この

くそやろう


すっかり疲れて家に入った。胸に穴が空いたように息苦しい。

苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい

苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい

苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい

ドンッ。手と木の板が鈍くぶつかる。

1番苦しいのは彼のはずだ。結局何も分からずじまいだった。くやしい。

はぁ。

夕飯、食べるか

こんな状況でも食欲のある自分に腹が立つ。

どういうおかずがあったっけ。

ガチャ

「とりあえず、あそこにあったやつは全部着ることができそうだぞ」

なんで


なんで、君が


そこにいる?


確かに聞こえる呼吸音。肌の質感。静かに動く腹。

五感が、彼があの少年だと主張していた。

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