第98話 ハネムーンは南の島で。 〜水着回! 虹色の海でバカンスを楽しもう〜
国を挙げての盛大な結婚式という名の「大規模イベント」が無事に終了し、王都には穏やかな日常が戻っていた。
祭りの後の静けさと言えば聞こえはいいが、実際には俺たち「何でも屋」には、まだ消化すべき重要なタスクが残されていた。
それは、幸せな疲労感と共に迎えた、ある日の朝食の席でのことだ。
「ハネムーン!」
トーストにバターを塗りながら、ミサがタブレットを掲げて高らかに宣言した。
画面には、どこかの旅行代理店のパンフレットのような、リゾート感溢れる画像が表示されている。
「はねむーん……ですか?」
エルーカが目玉焼きをつつきながら、可愛らしく首を傾げる。
この世界には、結婚直後に夫婦で長期旅行に出るという習慣は一般的ではないらしい。貴族なら領地の視察を兼ねて旅行することはあるようだが、庶民には縁遠い話だ。
「そう! 夫婦になった二人が、日常を離れて愛を深めるための甘〜い旅! 日本の伝統行事にして、絶対不可避のイベント!」
ミサが力説する。
まあ、前世の日本でも行かないカップルはいたが、今の俺たちには「休む理由」が必要だ。
「ほう。二人の故郷の世界の伝統行事とあらば、疎かにはできんな」
レギナがコーヒーを優雅に啜りながら頷く。
彼女はもう、すっかり「ナオトの妻」というポジションに馴染んでいた。エプロン姿も板についているが、その滲み出る風格は隠せていない。
「ま、たまには長期休暇も悪くないか。世界も救ったことだしな」
俺は苦笑してコーヒーのおかわりを注いだ。
前世では、有給消化率ゼロ%の社畜だった。「長期休暇」なんて単語は都市伝説かファンタジーの中にしか存在しないと思っていた。
だが今は違う。俺は自由な「何でも屋」の店主であり、三人の愛しい妻と、一人の可愛い娘を持つ世帯主なのだ。
家族サービスは、家長の義務であり権利だ。
「で、行き先はどうするんだ? またカレンとか北の村に顔を出すか?」
俺が提案すると、ミサは人差し指を振って「チッチッチッ」と舌を鳴らした。
「ナンセンス。思い出巡りの代わりは、結婚式の披露宴で散々やったでしょう。懐かしい人たちにも会えたし、挨拶も済ませたし」
「まあ、確かにそうだな」
式には、これまで関わったほとんどの人が来てくれた。今さら挨拶回りに行くのも野暮というものだ。
「せっかくのハネムーンなんだから、仕事も過去もしがらみも全部忘れて、パァーッと新しい場所に行かないと! 誰も私たちのことを知らない、未知の場所へ!」
ミサが目を輝かせる。
新しい場所、か。悪くない響きだ。
ここ最近はずっと「世界の危機」だの「運営との戦い」だので、心休まる暇がなかったからな。
「じゃあ、どこへ行く?」
「ふふん! 『サザン・アトール』!」
ミサがタブレットの地図を拡大表示する。
そこは大陸の遥か南。海を越えた先にある、小さな島々だった。
「南の島……ですか?」
「海か。王都からでは随分と遠いな」
エルーカとレギナが興味深そうに覗き込む。
「そう! 見渡す限りの青い海、白い砂浜、そしてトロピカルジュース! まさに地上の楽園! この世界でもリゾート地として有名……らしいんだけど、遠すぎて誰も行かない秘境なの!」
「秘境か。……いいな」
俺は頷いた。
王都や大陸内だと、どうしても「英雄ナオト」として顔が割れている。
街を歩けば「握手してください」「魔法を見せてください」と囲まれてしまい、ちっとも休まらない。
ゆっくり休むなら、誰も俺たちを知らない場所がいい。
「ナオト、うみ?」
膝の上で大人しくパンを食べていたルナが、顔を上げる。
「ああ。でっかい水溜りだ。塩っぱいけどな。魚もいっぱいいるぞ」
「わぁ……! いきたい! おさかな!」
ルナが目を輝かせて俺の服を引っ張る。
決まりだな。この子の笑顔が見られるなら、地の果てでも行く価値はある。
「よし。行き先は南の島だ。……準備にかかるぞ」
◇
その日の午後。
俺たちは「何でも屋」を臨時休業にし、王都の服屋を回っていた。
目的は一つ。水着だ。
南国リゾートに行くなら、これがないと始まらない。
高級ブティックの試着室前で、俺は腕組みをして待っていた。
正直、神との決戦前よりもドキドキしているかもしれない。
「あ、あの……ナオトさん……」
カーテンの隙間から、エルーカが恥ずかしそうに顔を出した。
「ど、どうでしょうか……? こ、こんな布面積の少ない服を着るなんて……下着より恥ずかしいんですけど……」
おずおずと出てきたエルーカの姿に、俺は息を飲んだ。
彼女が選んだ(というかミサに着せられた)のは、純白のフリルがついたビキニだった。
鍛えられたしなやかな肢体と、健康的な肌。恥じらいに染まった頬。
清純さと健康美が同居した、破壊力抜群の姿だ。
「……似合ってるぞ。すごく可愛い」
「ほ、本当ですか? 変じゃないですか?」
「変なもんか。女神様かと思ったよ」
俺が素直に褒めると、エルーカはボッと顔を赤くして、パレオで体を隠そうとした。その仕草がいじらしい。
「次は私だ。……心して見ろよ、ナオト」
隣のカーテンが開き、レギナが現れる。
彼女が纏うのは、漆黒の、極限まで布面積を削った大人なビキニだ。
豊かな胸元と、くびれたウエスト。白磁のような肌と黒い水着のコントラストが、妖艶さを際立たせている。
堂々とした立ち姿は、砂浜に君臨する女王そのものだ。
「フン。機能性を追求すれば、布は少ない方が動きやすいのは道理だ。……どうだ? 気に入ったか?」
挑発的な視線。だが、その耳が少し赤いのを俺は見逃さなかった。
強がっているが、彼女も俺の反応を気にしているのだ。
「ああ。最高だ。眩しすぎて太陽かと思ったよ」
「ふふっ。ならば、存分に見るがいい。私の全てはナオトのものなのだからな」
レギナが髪をかき上げる。様になりすぎている。
「お待たせっ! 最後は私だよっ!」
勢いよくカーテンを開けて飛び出してきたのは、ミサだ。
彼女の水着は、シアンブルーと黒を基調とした、スポーティかつセクシーなデザイン。
現代的なカッティングで、彼女のスタイルの良さを強調している。
上には薄手のパーカーを羽織っているが、前は全開で、健康的なへそが覗いている。
「ダーリン! どう? 私の『テクスチャ』、夏仕様にアプデしてみた!」
くるりと回ってポーズを決める。
あざとい。だが可愛い。前世の地味なスーツ姿を知っているだけに、このギャップは反則だ。
「ああ。バグ技級の破壊力だな」
「えへへ、でしょ? 向こうに行ったら、日焼け止め塗ってね?」
ミサがウィンクする。
三者三様の水着姿。これだけで、旅行の目的の半分は達成されたようなものだ。
俺は鼻の下をこすりながら、店員に即決で「全部買う」と告げた。
◇
買い物を終えると、次は移動手段の確保だ。
南の島までは海を越えなければならない。
普通の船では何日もかかるし、そもそも定期便がない秘境だ。
転移魔法も、行ったことがない場所には使えない。
「車を改造するしかないか……」
俺たちは拠点のガレージに戻り、愛車『ハイエース改』の前に立った。
これまで数々の冒険を共にしてきた相棒だが、今回はさらなる進化が必要だ。
「ミサ。こいつに『水上走行モード』を追加できるか?」
「お安い御用! タイヤを収納して、底面にホバー用の魔力噴射口を増設する! 『水陸両用』から『全地形対応』へのアップデートね!」
ミサが工具を手に取り、嬉々として改造を始める。
俺も手伝う。
スキルによるショートカットはできない。運営の監視は解けたが、俺たちのポリシーとして「愛車の細かい手入れは手作業で」というこだわりがあるからだ。
それに、自分たちの手で旅の準備をするワクワク感は、何物にも代えがたい。
「エルーカ、そっちのボルト締めてくれ! トルク強めで!」
「はいっ! 任せてください!」
「レギナ、冷却水の補充を頼む! 南国仕様だから濃度高めでな!」
「承知した。氷結魔法で温度管理もしておこう」
カンカンッ! キュルルル!
ガレージに工具の音が響く。
ただの作業だが、全員が楽しそうだ。
かつては「死なないために」「世界を救うために」必死で改造していた車。
でも今は、「楽しむために」「家族と笑うために」全力を注いでいる。
「……ナオトさん。ここの内装、どうしよっか?」
ミサが車内から顔を出す。
「長旅になるからな。後部座席はフルフラットにして、ベッドとしても使えるようにしよう。小型の冷蔵庫も積むか」
「おー、ナイスアイデア! 冷えたジュース飲み放題! ……あ、カーテンもつけないと。日差し対策と、あと……プライバシー保護のために」
ミサが意味深に微笑む。
なるほど、車中泊も視野に入れているわけか。
「……できた」
深夜。
改造されたワゴン車が、月明かりの下で鈍く輝いた。
見た目は大きく変わらないが、中身は別物だ。陸海空(低空のみ)を制覇し、居住性も兼ね備えた、最強のファミリーカー『ハイエース改・バカンス仕様』。
「我ながら完璧っ! これなら世界の果てまで行けちゃう!」
ミサが油で汚れた顔を拭いながら笑う。
「明日の出発が楽しみだな」
俺たちはガレージの床に座り込み、缶コーヒーで乾杯した。
新しい旅の始まり。
仕事じゃない。義務でもない。
ただ、愛する家族と笑い合うための、最高のバカンス。
「みんな、今日はもう寝るぞー。明日早いからなー」
「はーい!」
「うむ、良い夢が見られそうだ」
俺はワクワクして眠れそうになかった。
まるで遠足前の子供みたいに。
だが、この高揚感こそが、平和の証なのだ。
待ってろよ、南の島。
最強の「何でも屋」一家が、遊びに行ってやるからな。




