第96話 深夜の女子会《ガールズ・トーク》。 〜抜け駆け禁止の協定は、幸せな寝顔と共に〜
時計の針が深夜2時を回った頃。
王都の喧騒もようやく静まり返り、月明かりだけが街を照らしていた。
「何でも屋」の寝室。
大人四人が寝ても余裕な特注の巨大なベッドの中央では、主役であるナオトが規則正しい寝息を立てていた。
その胸元にはルナがしがみつき、幸せそうに眠っている。
その安らかな寝顔を確認して、ふわりと布団が持ち上がった。
「……ミサさん、レギナさん。起きてますか?」
「……ああ。目が冴えて眠れん」
「……ん。私も」
エルーカ、レギナ、ミサの三人が、忍び足で添い寝していたベッドから抜け出す。
起こさないように、そっとドアを開け、リビングへと移動した。
薄暗いリビング。
ミサが指先で小さな明かりの魔法を灯し、テーブルの中央に置く。
レギナが音もなくキッチンへ向かい、人数分のホットミルクを用意して戻ってきた。
湯気が立つマグカップを囲み、三人の花嫁が向かい合う。
「いよいよ明日だね。式」
ミサが、マグカップを両手で包みながら口火を切った。
その言葉に、空気が少しだけ張り詰める。
「……緊張します」
エルーカが吐息混じりに零した。
「リハーサルはやりましたけど……本番で転ばないかとか、誓いの言葉を噛まないかとか、考え出すと止まらなくて」
「うむ。だが、不安よりも……早くあのウェディングドレスを着て、ナオトと式を挙げたい気持ちの方が勝るな」
レギナが口元を緩める。
その表情は、かつての氷の魔女とは思えないほど柔らかい。
「分かるー。私もさ、ぶっちゃけ夢みたいなんだよね」
ミサが天井を見上げる。
「前世で死んで、異世界に来て……。まさか憧れてた先輩と、しかもこんな美人な二人と一緒に結婚することになるなんてさ。人生、何が起きるか分かんないよね」
「……ふふっ。本当に」
三人は顔を見合わせて笑った。
不思議な一体感があった。
かつてはライバルとして火花を散らしていた彼女たちだが、今は同じ男を愛し、同じ未来を歩む同志だ。
「ねえ。……せっかくだからさ」
ミサが身を乗り出す。
「今日は無礼講で、腹割って話さない? 明日になったら『奥さん』同士になっちゃうんだし、その前に全部吐き出しとこうよ」
「……全部、とは?」
「お互いのことどう思ってるかとか、ナオトさんの好きなとこ、嫌いなとこ……全部!」
ミサの提案に、エルーカとレギナは一瞬きょとんとして、それからニヤリと笑った。
「望むところです。……私、ずっと言いたかったことがあるんです」
「いいだろう。魔王軍仕込みの『本音』、聞かせてやる」
深夜の女子会の幕開けだ。
◇
「じゃあまず私から!」
エルーカが手を挙げた。
彼女は真剣な瞳で、レギナとミサを見つめた。
「私……お二人のこと、ずっと羨ましかったんです」
「え?」
「レギナさんは、大人の色気があって、何でも器用にこなせて、ナオトさんの好みを全部把握してる。……私なんて、ただ剣を振り回すだけの子供ですから」
エルーカが俯く。
「ミサさんは、ナオトさんと同じ世界から来てて、私たちが知らない言葉で通じ合えてて……。二人の世界に入り込めないのが、すごく寂しかった」
正直な告白。
それを聞いて、レギナがふっと息を吐いた。
「……馬鹿な勇者だ。それはこちらの台詞だぞ」
「えっ?」
「私は、貴様のその『光』が眩しかったのだ」
レギナが、エルーカの手をそっと握る。
「貴様は真っ直ぐで、裏表がなくて、誰からも愛される。ナオトが貴様を見る時、いつも目が優しくなるのが分かっていた。……私は所詮、闇に生きてきた魔族だ。あんな風に、無邪気に彼を笑顔にすることはできん」
「レギナさん……」
「それにミサ。貴様もだ」
矛先がミサに向く。
「貴様のその明るさと、物怖じしない態度。そして何より、ナオトの仕事を一番理解して支えられる能力。……エンジニアとしての彼の隣に立てるのは、貴様しかいないと思っていた」
レギナの言葉に、ミサが苦笑する。
「買いかぶりすぎだよ、レギナっち。……私だって、コンプレックスの塊だったんだから」
ミサは自分のマグカップを見つめた。
「二人はさ、この世界でナオトさんに出会って、救われたでしょ? でも私は、ナオトさんを『一度殺してる』ようなもんなんだよ」
声が少し沈む。
「前世で私がもっとしっかりしてれば、彼は死なずに済んだかもしれない。……だから、この世界で再会した時も、最初は『合わせる顔がない』って一瞬思った。それに、三人の絆の強さを見て、私が入り込む余地なんてないんじゃないかって」
三者三様の劣等感。
誰かを羨み、自分にないものを嘆いていた。
「でも……」
エルーカが顔を上げる。
「ナオトさんは、選んでくれました。……私たち全員を」
「ああ。あの男は、誰一人切り捨てなかった」
「ほんと、欲張りで優柔不断な人だよね」
ミサが笑う。
「でも、そこがいいとこなんでしょ?」
「……はい。誰かのために必死になれて、自分のことは二の次で」
「ボロボロになっても平気な顔をして、私たちには『大丈夫だ』と笑いかける」
「仕事人間で、デリカシーなくて、ロマンチックな雰囲気も壊しちゃうけど……」
三人の声が重なる。
「「「誰よりも、優しい」」」
言い合って、また笑いが起きた。
なんだ、結局みんな同じじゃないか。
同じ男の、同じ不器用な優しさに惚れたんだ。
「……私、二人と家族になれてよかったです」
エルーカが、涙ぐみながら言った。
「私一人じゃ、ナオトさんを支えきれなかったと思います。レギナさんが生活を整えてくれて、ミサさんが仕事を支えてくれて……だから、私たちは笑っていられるんです」
「……フン。調子のいいことを言う」
レギナが照れ隠しに髪を払う。
「だが……同感だ。私一人では、ナオトの心に平穏を与えることはできても、貴様らのような『光』を与えることはできなかっただろう」
「私も! 二人がいてくれたから、先輩の背中を叩いて『休んでください』って言えるようになったよ。……私たち、最高のチームだよね」
ミサがテーブルの上に手を差し出す。
そこに、エルーカの手が重なり、最後にレギナの手が乗った。
「誓いましょう。……これからは、三人でナオトさんを幸せにするって」
「うむ。苦しみは三分の一に、喜びは三倍にな」
「抜け駆けは禁止だけど、助け合いは推奨! ……あ、でも夜の順番は公平にね?」
「も、もちろんですよ!」
「……努力する」
三つの手が、固く握りしめられた。
そこにはもう、嫉妬も不安もない。
あるのは、明日への希望と、絶対的な信頼だけ。
気がつけば、マグカップは空になり、窓の外が白み始めていた。
「……ふぁぁ。喋りすぎちゃったね」
「ですね……。でも、なんかスッキリしました」
「……少しだけ、眠るか。式でクマを作るわけにはいかん」
三人はテーブルに突っ伏した。
部屋に戻る気力も残っていないほど、語り明かした心地よい疲労感。
繋いだ手は離さないまま、三人は幸せな夢の中へと落ちていった。
◇
――数時間後。
尿意で目を覚ました俺は、ふらふらとリビングへ向かった。
「トイレトイレっと……ん? あいつら、いないな」
ベッドを見ると、ルナだけが丸くなって寝ていた。
トイレを済ませ、水を飲もうとリビングに入った俺は、そこで足を止めた。
薄暗い部屋の中。
テーブルに突っ伏して眠る、三人の姿があった。
「……こんなとこで寝てんのかよ」
近づいてみると、三人は互いの手をしっかりと握り合っていた。
エルーカは口を半開きにして、レギナは穏やかな寝顔で、ミサは何かを呟きながら。
「……んぅ……だいすき……」
寝言までハモってやがる。
俺は苦笑して、部屋から毛布を持ってきた。
「もうすぐ式だってのに、風邪ひくぞ全く」
起こさないように、そっと三人の肩に毛布をかける。
繋がれた手。
その絆の強さが、俺には何よりも眩しく見えた。
(……敵わないな、本当に)
俺一人が彼女たちを選んだんじゃない。
彼女たちが、俺を選んでくれたんだ。
そして、彼女たち自身もまた、互いを選び合ったんだ。
俺はしゃがみ込み、三人の寝顔を順に見つめた。
明日――いや、今日。
この三人と、俺は家族になる。
責任は重大だ。世界を救うより重いかもしれない。
だが、この寝顔を一生守れるなら、どんなデスマーチだって悪くない。
「……おやすみ。また数時間後にな」
俺は小声で囁き、彼女たちの髪を一度ずつ撫でた。
三人が、幸せそうに身じろぎをする。
窓の外から、朝の光が差し込み始めていた。
雲ひとつない快晴。
俺たちの結婚式日和だ。
朝になったらコーヒーを淹れることにしよ。
彼女たちが目覚めた時、一番に「おはよう」と言うために。




