第93話 三色の花嫁衣装。 〜ウェディングドレスの試着会と、故障した織機の修理〜
王都の一等地にある高級ドレスショップ『シルク・ド・ヴェール』。
普段なら予約すら困難なこの店も、今日は俺たち「何でも屋」の貸切になっていた。
世界を救った英雄への、店側からのささやかなお祝いだそうだ。
「ど、どうでしょうか……?」
試着室のカーテンが開く。
最初に現れたのは、エルーカだった。
彼女が纏うのは、ミサがデザインした『清純な聖女風』のドレス。
純白のシルクが、彼女の華奢な体を優しく包み込み、ふわりと広がるスカートが可憐さを強調している。
普段の鎧姿とは違う、守ってあげたくなるような破壊力。
「……すごいな」
俺は思わず呟いた。
エンジニア的に言えば、ポリゴン数無限大、テクスチャ解像度MAXの天使がそこにいた。
「似合ってるぞ、エルーカ。綺麗だ」
「えへへ……。ありがとうございます!」
エルーカが頬を染めて、くるりと回る。
その笑顔だけで、世界を救った甲斐があったというものだ。
「フン、見惚れるのはまだ早いぞ!ナオト!」
隣のカーテンが開く。
現れたのは、息を飲むほど妖艶なレギナだった。
体のラインを強調するマーメイドラインのドレス。
背中が大きく開いたデザインが、彼女の白磁のような肌を際立たせている。
銀髪と真紅の瞳、そして純白のドレスのコントラストが、神々しいまでの美しさを放っていた。
「ど、どうだ……? 少し、派手すぎないか?」
自信満々のようでいて、その指先はドレスの裾を不安げに握っている。
「いや、完璧だ。……正直、目のやり場に困るくらい綺麗だ」
「そ、そうか。……なら、よし」
レギナが安堵の息をつき、嬉しそうに微笑む。
魔王軍四天王の面影はどこにもない。そこにはただ、幸せな花嫁がいるだけだ。
「お待たせー! 最後は私だよ、ナオトさん!」
元気な声と共に、最後のカーテンが開く。
ミサだ。
彼女のドレスは、膝丈のミニスカートにレースをあしらった、モダンで軽快なデザイン。
動きやすさと可愛らしさを兼ね備えた、彼女らしい一着だ。
頭には、シアンのインナーカラーに映える小さなティアラが輝いている。
「じゃーん! どう!? これが『異世界転生ヒロイン』です!」
ミサがVサインを作る。
その明るさが、地下ラボでの過酷な日々を思い出させ、そして今の平和を実感させる。
「ああ。もう最高だ」
俺は三人を交互に見て、目頭が熱くなるのを堪えた。
こんなに綺麗な奥さんを三人も貰うなんて、前世の俺が知ったら心停止するだろうな。
「ナオト、わたしも!」
足元でルナが裾を引っ張る。
彼女もまた、小さなフラワーガール用のドレスを着せてもらっていた。
背中には小さな羽の装飾がついていて、本物の妖精のようだ。
「おお、ルナも可愛いぞ。世界一のフラワーガールだ」
「ふふん」
ルナが俺に抱きつく。
完璧だ。幸せの総量がキャパシティを超えてオーバーフローしそうだ。
だが、そんな幸せな空気に水を差すように、奥の工房から悲鳴が聞こえてきた。
「ああっ! また止まった! どうしてなのぉ!」
店主の女性が、涙目で駆け出してくる。
「も、申し訳ありません勇者様! トラブルです!」
「どうしたんですか?」
「ドレスに合わせる『祝福のヴェール』を織っていたのですが……魔導織機が動かなくなってしまって! これでは式に間に合いません!」
織機が故障?
俺たちは顔を見合わせた。
「……見せてもらっても?」
「は、はい! ぜひ!」
俺たちは(ドレス姿のまま)工房へと入った。
そこには、複雑な魔法陣が刻まれた巨大な自動織機が鎮座していた。
だが、ガガガッ……という異音を立てて停止している。
「どれどれ……」
俺は眼鏡をかけ、解析モードを起動した。
ミサもドレスの裾をたくし上げ、制御盤を覗き込む。
『Error: Mana Overflow.(エラー:魔力過剰供給)』
『Thread entangled due to erratic magic pulse.(魔力パルスの乱れにより、糸が絡まっています)』
「……なるほど。原因は『魔法革命』だな」
俺はため息をついた。
先日、俺たちが世界中の魔法を最適化したせいで、魔力効率が良くなりすぎているのだ。
旧式の機械に、想定以上の高電圧が流れ込んでショートしている状態だ。
「これハードウェアの問題だけじゃないかも。制御ソフトが魔力の波長に対応しきれてない。パッチが必要よ!」
ミサが的確に指摘する。
「直せますか……?」
店主が不安そうに聞く。
俺はニヤリと笑った。
「誰に聞いてるんですか。俺たちは『何でも屋』ですよ?」
俺は上着を脱ぎ、袖をまくった。
花嫁たちの晴れ舞台だ。衣装の不備なんて許さない。
「ミサ、制御プログラムの書き換えだ! 現在の魔力濃度に合わせてパラメータを調整してくれ!」
「うん! ついでに織り目のパターンもアップデートして、もっと繊細なレースが作れるようにしちゃうね!」
「エルーカ、レギナ! 機械が動くまで、手動で魔力を供給してくれ! 安定した出力を保ってくれ!」
「はいっ! 魔力調整なら任せてください!」
「フン、私の魔力制御を見せてやろう」
ドレス姿の花嫁たちが、工具や魔力回路に取り付く。
シュールな光景だが、その手際はプロフェッショナルそのものだ。
「ルナ、お前は俺の横で『おまじない』だ。機械の機嫌を直してくれ」
「ん。……いたいのいたいの、とんでけ」
ルナが織機を撫でると、彼女の『絶対肯定』の力が働き、軋んでいた歯車が滑らかに回り始めた。
物理摩擦係数の強制無視。最強の潤滑油だ。
「よし、コード修正完了! 再起動!」
俺がスイッチを入れると、織機は静かな駆動音と共に動き出した。
目にも留まらぬ速さで、極上のシルク糸が織り上げられていく。
そこには、光の加減で虹色に輝く、見たこともないほど美しいヴェールが生成されていた。
「す、すごい……! 前よりも高性能になってる!?」
店主が腰を抜かす。
「サービスだ。……その代わり、これで、妻たちに最高のヴェールを作ってくれ」
俺は汗を拭った。
振り返ると、三人の花嫁たちが、キラキラした目で俺を見ていた。
「さすがナオトさん! 機械いじってる時が一番カッコいいです!」
「うむ。トラブルさえも楽しむその姿勢、惚れ直したぞ」
「お疲れ様! ……あ、鼻の頭に油ついてるよ」
ミサがハンカチで俺の顔を拭いてくれる。
幸せだなぁ、と心底思った。
数時間後。
完成したヴェールを纏った三人は、言葉を失うほど美しかった。
「……ナオトさん。ありがとうございます」
「……ナオト、愛してるぞ」
「……幸せにしてね、ナオトさん」
三者三様の愛の言葉。
俺は照れくささを隠すように、ぶっきらぼうに答えた。
「ああ。……任せとけ」
試着室の鏡に映る俺たちは、どこからどう見ても、世界一幸せな家族だった。
結婚式本番まで、あと少し。
トラブル上等。バグ上等。
俺たちのハッピーエンドは、俺たちの手で完璧に仕上げてやる。誰にも邪魔はさせん!




