第92話 魔法革命の副作用。 〜子供が極大魔法を撃てるようになったので、「ペアレンタルコントロール」を実装しました〜
三人の婚約者ができた俺の朝は、以前にも増して騒がしくなっていた。
「あなた! 起きてください、朝ですよ!」
「旦那様、シャツにアイロンをかけておいたぞ」
「ダーリン、コーヒー入ったよー!」
エルーカ、レギナ、ミサ。
三者三様の呼び方で起こされ、至れり尽くせりの朝食が始まる。
ルナもニコニコとパンを齧りながら、この幸せな食卓に混ざっている。
神との決戦を終え、プロポーズも済ませた今、俺たちの最大の関心事は「結婚式」の準備だった。
「見てください、ナオトさん! ミサさんがデザインしてくれたドレスのデザイン画です!」
エルーカが食卓にタブレットを置く。
そこには、三着のウェディングドレスが描かれていた。
「力作だよ! エルーカちゃんは『清純な聖女風』、レギナっちは『妖艶なマーメイドライン』、そして私は『モダンなミニドレス』! それぞれの属性を最大化するデザインにしてみました!」
ミサが得意げに解説する。
確かに、それぞれの個性にぴったりだ。
これを着た三人が並ぶところを想像するだけで、鼻血が出そうになる。
「うむ。悪くないセンスだ。特にこの背中のカッティング、大胆だが品がある」
「でしょ! レギナっちの背中は国宝級の美しさだから、出さないと損だもん!」
女性陣が盛り上がっている。
俺はコーヒーを啜りながら、幸せを噛み締めていた。
平和だ。
世界を救って本当によかった。
――そう思っていた、その時だった。
バンッ!!
拠点のドアが勢いよく開かれ、顔面蒼白のギルド職員が飛び込んできた。
「ナオトさん! 大変だ! 街がパニックになってる!」
「……なんだ? また魔物の襲撃か?」
俺が立ち上がると、職員は首を横に振った。
「違う! 『魔法』だ! 街中の至る所で、魔法による事故が多発してるんだよ!」
「魔法事故?」
「とにかく来てくれ! 見れば分かるから!」
俺たちは顔を見合わせ、慌てて表へ飛び出した。
◇
王都の大通りは、カオスな状況になっていた。
「いっくぞー! 『ファイア』!」
「僕だって! 『ウィンド』!」
路地裏で遊んでいる子供たちが、木の棒を振り回しながら叫ぶ。
すると、その先端から本物の火球や突風が飛び出し、洗濯物を燃やしたり、屋台をひっくり返したりしているのだ。
「うわぁぁぁ! 火事だぁ!」
「誰か水をくれ!」
大人たちが慌てふためくが、彼らが水を呼ぼうとして『ウォーター』と唱えると、今度は消防車のような激流が発生し、火ごと小屋を押し流してしまう。
「な、なんですかこれ……!?」
エルーカが絶句する。
「魔法の威力が……桁違いだ。子供の魔力で、上級魔導師並みの現象が起きている」
レギナが冷静に分析する。
俺は頭を抱えた。原因は明白だ。
「……やりすぎた」
「あちゃー……。私たちのアプデ、効きすぎちゃったかぁ……」
ミサが苦笑いする。
神との決戦時、俺たちは世界中の魔法術式を「最適化」した。
無駄な詠唱を省き、最小限の魔力で最大限の効果が出るように書き換えたのだ。
その結果――。
「誰でも簡単に、強力な魔法が使えるようになっちまったか」
以前なら「才能ある魔導師」しか使えなかった魔法が、今や「コンビニ感覚」で使えるスキルになってしまった。
便利になりすぎた代償。
いわゆる「ゲームバランスの崩壊」だ。
「ナオトさん! こっちも見てくれ!」
王立魔法学園の校長が、涙目で走ってきた。
「授業になりません! 一年生が入学初日に『極大魔法』を成功させて校舎を半壊させるわ、飛行魔法で登校する生徒が空中で衝突事故を起こすわ……! このままじゃ学園が崩壊します!」
「……分かった。すぐに対処する」
俺はガントレットを展開した。
これは俺の責任だ。
システムを軽くすることに夢中で、ユーザーのリテラシーを考慮していなかった。
「ミサ! 緊急メンテナンスだ! 『パッチノート1.1』を当てるぞ!」
「オッケー! 修正内容は?」
「『難易度調整』と『ペアレンタルコントロール』だ!」
俺は空中にキーボードを表示させ、高速でコードを打ち込み始めた。
『Target: All Magic Spells(対象:全魔法呪文)』
『Action: Add Restriction(制限追加)』
「まず、魔力保有量に応じた『レベル制限』を設ける! 子供や素人は、初級魔法の出力しか出せないようにリミッターをかけるぞ!」
「うん! 『Lv1:生活魔法のみ』『Lv10:攻撃魔法解禁』……っと。これなら誤爆も減るね!」
ミサがパラメータを調整していく。
「次に、『安全装置』の実装だ! 市街地での攻撃魔法発動には、二重詠唱を必須にする!」
『Are you sure you want to cast "Fireball"? (Y/N)(ファイアボールを唱えますか? はい/いいえ)』
魔法を使おうとすると、脳内に確認ウィンドウが出る仕様に変更。
これで「うっかり発射」は防げるはずだ。
「ついでに、飛行魔法には『速度制限』と『自動衝突回避機能』を追加! 空の交通整理だ!」
「ナオトさん、ついでに『迷惑行為通報機能』もつけときましょうか? 悪用した奴は一定期間魔法禁止で!」
「採用!」
ッターン!!
俺たちがエンターキーを叩くと、世界中に修正パッチが配信された。
子供たちの杖から出ていた爆炎が、パシュンと可愛い花火に変わる。
暴走していた水道の水が、穏やかなシャワーになる。
「おおっ! 火が消えた!」
「魔法が……暴走しなくなったぞ!」
街の人々が胸を撫で下ろす。
魔法学園の校舎も、レギナが「時間逆行」魔法を使って修復してやった。
「ふぅ……。なんとか収まったか」
俺はベンチに座り込み、汗を拭った。
世界を便利にするのも考えものだ。
ユーザーのレベルに合わせて、機能を制限する優しさも必要なんだな。
「お疲れ様、ナオトさん。……これ、結婚式の準備どころじゃなくなっちゃったね」
ミサが隣で笑う。
彼女もタブレット操作で指が疲れたようだ。
「全くだ。……でもまあ、これも『何でも屋』の仕事か」
俺は苦笑した。
世界を救った後も、俺たちの日常はちっとも落ち着かない。
でも、それが楽しいと思える自分がいた。
「ナオトさん! 大変です!」
そこへ、ドレスショップに行っていたはずのエルーカが走ってきた。
「今度は何だ?」
「ドレスの仮縫いが出来たそうです! 今すぐ試着に来てくださいって!」
「……なんだ、そんなことか」
俺は安堵の息をつき、立ち上がった。
トラブル対応の後は、目の保養といこうか。
「じゃ、三人の美しい花嫁のドレス姿を見せてもらうとしますか」
俺が言うと、三人は顔を見合わせて、花が咲くように笑った。
トラブルだらけの日常。
だけど、この騒がしさこそが、俺たちが守り抜いた「平和」の形なのだ。
俺たちは手を取り合い、ドレスショップへと向かった。




