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【完結】『異世界の管理者権限(アドミン) 〜バグだらけの世界を「仕様変更」して無双する。最強の相棒(UI担当)と組んで、物理キーボードで神様をハッキングしました〜』  作者: 文月ナオ
第二章 ウイルス・スキャンとスパムダンジョン

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第91話 最後のプロポーズ。 〜「無期限の保守契約」を結んでくれ。油まみれのガレージで愛を叫ぶ〜


 レギナとの話を終え、彼女を部屋まで送り届ける(正確にはお姫様抱っこで運搬する)という甘い時間を過ごした後。

 俺は一人、静かになった廊下を歩いていた。


 俺はポケットの中の最後の指輪を握りしめ、地下ラボへと向かう階段を降りた。


 ◇


 地下ラボは、オイルと鉄の匂いが充満していた。

 かつてスパコン『アカシック・レコード』を建造したこの場所は、今は俺たちのガレージ兼工房として使われている。


 カンッ、カンッ、キュルル……。


 工具の音が響いている。

 部屋の中央には、北への旅で酷使された魔導ワゴン車『ハイエース改』がジャッキアップされていた。

 その下から、ツナギを着た足が突き出ている。


「……ミサ」


 俺が声をかけると、車の下から台車が滑り出てきた。

 現れたのは、油にまみれた作業着姿のミサだ。

 髪を後ろで適当に束ね、顔には黒い煤や油汚れがついている。


「あ、先輩。お疲れ様です」


 彼女はスパナを置き、軍手を外しながら立ち上がった。


「終わりました? プロポーズ」


 開口一番、それかよ。

 まあ、隠しても仕方ないか。


「ああ。二人とも快く受け入れてくれたよ」


 俺は作業台に腰掛け、苦笑した。


「お前らの中で、一夫多妻ってことはもう話し合ってたんだな?」


「はい。私が提案しました。意外とすんなり受け入れてくれましたよ? 『一番の愛は渡さないけど、独占するのはマスターの為にならん』って、謎の理屈で燃えてましたけど」


 ミサが楽しそうに笑う。

 彼女が根回ししてくれていたおかげで、最悪の修羅場(刃傷沙汰)は回避できたわけだ。頭が上がらない。


「は、はは……。まあ、助かったよ」


「どういたしまして。……で?」


 ミサが俺の前に立ち、腰に手を当てた。

 その瞳が、悪戯っぽく、でも真剣な光を帯びて俺を見上げる。


「ねぇ先輩。私って今からプロポーズされるんですよね」


「えっ? あ、うん。……そのつもりだけど」


 直球で来られて、俺はたじろいだ。

 雰囲気作りも何もない。


「はぁ……」


 ミサが大げさにため息をついた。


「ほかの二人、ロマンチックなシチュエーションでプロポーズしたんですよね? ……なんで私だけこんな地下室? 油臭いし、全然ロマンチックじゃないんですけど」


 彼女は不満げに頬を膨らませる。

 確かに、絵面としては最悪かもしれない。

 ドレスアップした美女と夜景、という王道のシチュエーションに比べれば、ここはあまりに無骨で、生活感に溢れすぎている。


「……お前ってロマンチストだっけ?」


「そうですよ? 知りませんでした? 私ってこう見えても、白馬の王子様夢見る系女子なんで」


 ミサが抗議する。

 だが、俺は知っている。こいつが一番目を輝かせるのは、王子様よりも「最新のガジェット」を見た時だということを。


「そりゃさ、星空眺めながらだったり、海眺めながらだったり、オーロラを見ながらだったり……ロマンチックな場所でプロポーズすんのも悪くないと思うけど」


 俺は周囲を見渡した。

 散乱した工具。書きなぐった設計図。飲みかけのコーヒー。

 そして、俺たちが心血を注いで作り上げたスパコンの残骸。

 ここは、俺たちの戦場であり、日常であり、そして「原点」だ。


「俺は、ここが案外相応しい場所なんじゃないかなって思ってる」


「むぅ……。私みたいな女は、薄暗い地下がお似合いですか?」


 ミサが拗ねたように言う。


「違うって」


 俺はため息をつき、彼女に近づいた。

 そして、彼女の頬についた黒い油汚れを、スっと指で拭った。


「っ……」


 ミサが息を飲み、顔を赤らめる。

 至近距離で見る彼女の瞳は、揺れていた。


「……お前は、変に着飾るより、今みたいな自然体が一番可愛いから」


「~~~ッ!」


 ミサは更に顔を真っ赤にして、俯いた。

 耳まで茹でダコみたいになっている。


「……先輩のバカ。そういうこと、サラッと言うの禁止です……反則です……」


「本心だよ」


 俺は指についた油をウエスで拭き取り、ポケットから最後の指輪を取り出した。


 それは、他の二つとは少し違う。

 『万色プリズムクリスタル』を加工した、見る角度によって色を変える透明な指輪。

 内部には、微細な回路のような文様が刻まれている。

 光にかざすと、まるで電子基板のように複雑で、美しい幾何学模様が浮かび上がる。


「……綺麗」


 ミサが顔を上げ、指輪に見入る。


「ミサ。……単刀直入に言うぞ」


 俺は真剣な顔を作った。

 こいつには、甘い言葉よりも、もっと伝わる言葉がある。

 俺たちエンジニアにしか分からない、魂の言語が。


「俺の人生というプロジェクトに、お前を『|恒久的なパートナー《Permanent Partner》』として招待(インビテーション)したい」


「……ぶふっ」


 ミサが吹き出した。


「なんですかそれ! プロジェクトって! 仕事じゃないんですから!」


「うるせぇ、真面目だ。……いいか、よく聞け」


 俺は咳払いをして、続けた。


「俺のバックエンド(人生)は、お前のフロントエンド(笑顔)がないとバグだらけで動かない。前世でも、今世でも、俺にはお前が必要不可欠なモジュールなんだ」


 俺は一歩近づき、彼女の手を取った。

 作業で少し荒れた、でも温かい手。


「だから……俺と『無期限の保守契約(結婚)』を結んでくれ。……解約不可(キャンセル不可)の、終身契約だ」


 ミサは、ぽかんと口を開け、それから顔を真っ赤にして、お腹を抱えて笑い出した。


「あはははは! なにそれ! 最低! 今まで聞いた中で一番ロマンチックじゃないプロポーズですよ!」


 彼女の目尻に涙が浮かんでいる。

 笑いすぎだろ。


「……悪かったな、職業病で」


「でも……」


 ミサは笑い涙を指で拭い、潤んだ瞳で俺を見上げた。

 その表情は、今まで見たどんな笑顔よりも柔らかく、愛おしかった。


「……最高に、先輩らしいです」


 彼女は俺の手から指輪を取り、自分で自分の左手の薬指に嵌めた。

 サイズはぴったりだ。

 透明なクリスタルが、地下室の無機質な照明を受けて虹色に輝く。


「この契約、バグだらけかもしれませんよ? わがままだし、嫉妬深いし、たまに『仕様変更』も要求しますよ? 『やっぱり記念日は高級レストランがいい』とか」


「望むところだ。俺はデバッグのプロだからな」


 俺はニヤリと笑った。


「一生かけて、お前をメンテナンスしてやる。……エラーが出たら、何度でも修正パッチを当ててやるよ」


「……うぅ……馬鹿……」


 ミサが俺の胸に飛び込んでくる。

 油の匂いと、彼女自身の甘い匂いが混ざり合う。

 それが、俺にとっては一番落ち着く香りだった。


「謹んで……お受けします。私の『ルート権限(管理者権限)』、先輩にあげますから……。一生、私を離さないでくださいね」


 彼女の腕が、俺の背中に回る。

 強い力で抱きしめられる。

 前世で失った、大切な後輩。

 異世界で再会し、共に戦い、そして今、生涯の伴侶となった女性。


「ああ。もう二度と、一人にはさせない」


 俺は彼女を強く抱きしめ返した。

 前世からの後悔が、今ようやく、幸せな契約へと上書きされた。


「……好きです、先輩。ずっと、ずっと前から」


「知ってるよ。……俺もだ」


 地下室の片隅で、俺たちは口づけを交わした。

 ロマンチックな夜景も、美しい噴水もない。

 あるのは工具と、改造車と、二人のエンジニアだけ。

 だが、俺たちにはこれがお似合いだ。


 こうして、俺の人生最大のプレゼンテーションは、無事に承認されたのだった。


 ◇


 翌朝。

 リビングには、左手の薬指を輝かせた三人の女性が並んでいた。


「おはようございます、あなた!」

「おはよう、旦那様」

「おはよ、ダーリン!」


 呼び方が変わっている。

 破壊力が凄まじい。

 エルーカはエプロン姿で新妻オーラ全開だし、レギナは妖艶な流し目を送ってくるし、ミサに至っては俺のシャツ(彼シャツ)を着てコーヒーを飲んでいる。


 俺は顔を真っ赤にしながら、席に着いた。


「ナオト、かおあかい」


 ルナが不思議そうに俺を見る。

 彼女の手には、朝食のトーストが握られている。


「……気にするな。幸せすぎてオーバーヒートしてるだけだ」


 俺はコーヒーを一口飲んだ。

 苦味が、現実感を連れてくる。

 夢じゃない。これが俺の、新しい日常だ。


『Good Morning, Admin. Vital signs stable. Happiness level: Maximum.(おはようございます、管理者。バイタル安定。幸福度:最大)』


 ポケットのスマホから、デウスの冷やかし音声が響く。


「うるせぇ。仕事すんぞ」


 俺は照れ隠しに立ち上がった。

 これから結婚式の準備やら何やらで、さらに忙しくなるだろう。

 国中から招待客が来るし、式場の設営も、ドレスの手配も山積みだ。


 だが、今の俺には最強のパートナーたちがついている。


 どんなトラブルも、バグも、こいつらとなら乗り越えていける。

 俺たちの新しい「日常(バージョン2.0)」が、ここから始まるのだ。


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