第9話 ゴミ捨て場の魔導書にOSインストールしたら、毒舌美少女AI(SSSランク)が起動した件
徹夜の作業が明け、工房の窓から朝日が差し込んでいた。
「……できたな」
「おう、できたな……」
俺とドワーフのボルグは、煤けた顔を見合わせ、ニカッと笑った。
作業台の上に鎮座しているのは、銀色に輝く左腕用ガントレット。
ミスリル合金のフレームに、黒く塗装された108個の小さなキーが整然と並んでいる。
俺が腕を通すと、ガントレットは自動的にサイズ調整され、皮膚に吸い付くようにフィットした。
指を動かしてみる。
カチャ、カチャ、カチャッ。
指先に伝わる確かな反発力。そして、軽快なクリック音。
完璧だ。俺が求めていた『青軸』の打鍵感そのものだ。
「いい仕事だ、親父さん。これなら倍の速度で魔法が組める」
「へっ、礼には及ばねぇよ。久しぶりに骨のある仕事だったぜ」
ボルグが満足げにハンマーを置く。
さて、代金の支払いだが――ふと、工房の隅に積まれたガラクタの山が目に入った。
折れた剣や錆びた盾に混じって、一冊の分厚い『本』が、作業台のグラつきを抑えるための足代わりに挟まっている。
「……ん?」
俺の眼鏡のHUDが、その本に反応して警告音を鳴らした。
『Detect: Unknown Device(未確認デバイスを検知)』
『Potential: SSS Rank(潜在能力:SSS級)』
「おい、親父さん。あの台の足に挟まってる本、何だ?」
「ああん? ああ、あれか。とんだ食わせ物のゴミだよ」
ボルグが忌々しげに吐き捨てる。
「行商人が『古代遺跡から出た伝説の魔導書だ』って売り込んできたんだがよ。開いても白紙だし、夜中になると『キーン』って耳障りな音を出すしで、気味悪がって誰も買わねぇ。捨てようと思ってたところだ」
……なるほど。
一般人には「白紙のうるさい本」にしか見えないわけか。
だが、俺の目には違って見えていた。あれは紙の束じゃない。高度に圧縮された魔力記録媒体――つまり『HDD』だ。
耳障りな音は、ファンの駆動音か、あるいはデータの読み込み音だろう。
「何でも屋の勘だが……あれ、俺なら直せるかもしれない」
俺はガントレットを撫でながら交渉を持ちかけた。
「あの本、使わないなら貰っていっていいか? 金なら払うが」
「ゴミを引き取るのに金を払うのか? お前、変わってるな」
ボルグは呆れた顔をしたが、すぐにニヤリと笑った。
「いいぜ。どうせ捨て賃がかかる代物だ。持ってけ泥棒!」
これだからジャンク品漁りはやめられない。
俺は心の中でガッツポーズを決めつつ、表面上は涼しい顔でその薄汚れた本を回収した。
◇
拠点に戻った俺は、早速『解析作業』に取り掛かった。
エルーカとレギナが、興味津々といった様子で覗き込んでくる。
「師匠、その汚い本が本当にお宝なんですか?」
「見た目はボロボロで……ただの古本にしか見えないが」
「甘いな二人とも。何でも屋の基本は『磨けば光る原石』を見抜くことだ」
俺はガントレットを装着した左手をかざし、管理者権限で本にアクセスする。
「――接続。外部ストレージ認識」
カチャカチャッ!
ガントレットのキーを叩くと、本がひとりでに浮き上がり、パラパラとページがめくれた。
白紙だったページに、青白い光の文字が走り始める。
『System Check... OS not found.』
『Error: System files are corrupted.(システムファイル破損)』
やはりな。ハードウェアは生きているが、中のOSがバグって起動しなくなっている。
遺跡で長期間放置されたせいで、データが劣化したんだろう。
「これじゃただの文鎮だ。……よし、OSを再インストールするか」
俺は空中にウィンドウを展開し、俺の記憶領域にある汎用OSのコードを流し込んだ。
ついでに、現代知識ベースの言語パックと、検索エンジン、性格定義ファイルも追加しておく。
せっかくだから、使いやすいナビゲーターになってもらおう。
「インストール実行。……完了」
俺が最後のキー、エンターをッターン! と叩いた瞬間。
カッ!!
本から強烈な光が溢れ出し、部屋全体を包み込んだ。
「きゃっ!?」
「マスター、私の後ろへ!」
エルーカとレギナが身構える中、光が収束し、本の上に小さな立体映像が浮かび上がった。
ピンク色のツインテール。フリルたっぷりのゴスロリ衣装。
身長20センチほどの、愛らしい少女の姿だ。
彼女はパチクリとオッドアイを瞬かせ、俺を見た。
「……起動シークエンス完了。ハードウェア認証、オーナー登録を確認」
機械的な音声。
成功か? 俺が身を乗り出した瞬間、彼女の目がジトッとした半眼に変わった。
「……で? 貴方が私の新しいマスターですか? うわぁ、随分とくたびれたおっさんですね。顔色が『デスマーチ3日目』って感じですよ」
「……は?」
第一声がそれかよ。
「それに何ですか、この部屋の趣味。無機質すぎて独房みたい。あ、私の性格設定を『毒舌』にしたのは貴方ですね? 性癖ですか? キモいですね」
「おい待て、インストール失敗したか?」
俺は慌ててコードを確認するが、正常だ。
どうやら、俺の「現代知識」を読み込みすぎて、ネットスラングと偏見が混ざってしまったらしい。
「貴様……! マスターに対して無礼だぞ!」
レギナが殺気を放つが、少女はフフンと鼻で笑った。
「黙りなさい、この『脳筋エルフ』。貴女の魔法回路、無駄が多すぎて見ててイライラします。最適化してあげましょうか?」
「なっ……!?」
「そこの『ポンコツ金髪』も。聖剣の使い方が雑すぎです。バッテリー寿命が縮むので、もっと丁寧に扱いなさい」
「ポ、ポンコツ……!?」
エルーカが涙目になる。
この小さいの、全方位に喧嘩を売り始めたぞ。
「はぁ……。名前は?」
俺が頭を抱えながら聞くと、少女はスカートの裾をつまんで、優雅にカーテシーをした。
「リリスです、マスター。古代の大賢者が遺した最強の魔導書……の成れの果て。以後は貴方のサポートAIとして、その貧弱な脳みそを補佐して差し上げます」
「一言多いんだよ」
俺はため息をついた。
まあいい。見たところ性能はSSS級だ。検索、解析、自動マッピング、敵の弱点看破。
冒険者ギルドの依頼など及ばない、あらゆる「情報」を即座に提供してくれる最強のサポーター。
これで俺の装備は整った。
物理キーボードと、検索エンジン。
エンジニアにとっての神器が揃ったわけだ。
「よし、リリス。早速仕事だ。この近くで『楽に稼げて』『感謝される』優良案件を検索しろ」
「検索中……。ヒット数0件。マスター、現実を見てください。そんな都合のいい話はありません。……あ、でも1件だけ、面白そうなのがありますよ」
リリスが空中に地図を投影する。
「『王立図書館の禁書庫整理』。誰も読めない古文書の解読依頼です。報酬は弾みますが、過去に挑んだ学者は全員発狂して逃げ出したとか」
「……発狂?」
「ええ。本の内容が支離滅裂すぎて、脳がバグるそうです。でも、マスターなら平気でしょう? もう人生がバグってるみたいですし」
「うるさいわ」
だが、悪くない。
戦闘なし、肉体労働なし、ただの「データ整理」だ。何でも屋の本領発揮といこうじゃないか。
「よし、採用。行くぞお前ら」
俺は立ち上がった。
新しい相棒は少々口が悪いが、まあ、退屈はしなさそうだ。
こうして俺たちは、新たな「厄介事」へと足を突っ込んでいくのだった。




