第88話 沈黙の雪原ドライブ。 〜ルナちゃん回収完了。さて、約束の「答え」を聞かせてもらいましょうか?〜
神との決戦から、1ヶ月が経った。
世界のバグ修正、各地の混乱の鎮圧、そしてリリスのわがまま対応。
目の回るような忙しさだったが、それもようやく一段落した。
そして今。
俺たちは魔導ワゴン車『ハイエース改』に乗り、北の雪原を走っていた。
「…………」
「…………」
「…………」
車内は、死ぬほど重い沈黙に包まれていた。
暖房は効いているはずなのに、背筋が凍るような寒気を感じる。
運転席の俺は、冷や汗と脂汗を流しながら震える手でハンドルを握りしめていた。
助手席のミサは、腕を組んで窓の外を睨んでいる。
後部座席のエルーカは、無言で聖剣を磨いている。シャリ、シャリという音が怖い。
レギナに至っては、腕組みをして目を閉じているが、周囲の魔力がビリビリと振動している。
「あ、あのー……。そろそろ休憩でも……」
「いりません」
ミサが即答した。視線はこちらに向けない。
「そ、そうか。……あ、ほら、雪景色が綺麗だぞ」
「……そうですね。雪は『白黒はっきり』していて綺麗ですね」
エルーカが笑顔(目は笑っていない)で答える。
言葉の端々に棘がある。
「……フン。一ヶ月だぞ、マスター」
レギナが低い声で呟く。
「世界は平和になった。システムも安定した。言い訳にできる『仕事』はもう片付いたはずだ。……なのに、マスターはまだ『保留』にするつもりか?」
ギクリとした。
そう。この不機嫌の原因は、俺がまだ「答え」を出していないことだ。
忙しさにかまけてズルズルと一ヶ月。
さすがに彼女たちの堪忍袋の緒も切れかかっている。
「い、いや、忘れてるわけじゃないんだ! ただ、その……ほら、ルナを迎えに行って、全員揃ってからの方がいいかなって!」
「へぇー。じゃあ、ルナちゃんが戻ってきたら、その瞬間に答えが聞けるんですよね?」
ミサがジロリと俺を睨む。
「も、もちろん。男に二言はない!」
「言質、取りましたからね」
「録音したぞ」
逃げ場はなくなった。
ルナを回収した瞬間、俺の「年貢の納め時」がやってくるわけだ。
……覚悟を決めるしかない。
◇
そんな殺伐とした空気のまま、車は『久遠の揺り籠』の前に到着した。
「結界、開いてますね」
ミサが呟く。
以前は拒絶していた森が、今は俺たちを招き入れるように道を開けている。
俺たちは車を降り、森の中へと足を踏み入れた。
クリスタルの木々が輝く幻想的な森。
だが、俺たちの足取りは速い。
早く会いたい。その気持ちだけは、全員一致していた。
世界樹の根元。
あの日、別れを告げた場所。
そこに、小さな影があった。
銀髪の少女が、膝を抱えて座っている。
雪が降るように舞い散る光の中で、じっと前を見つめていた。
「……あ」
俺たちの足音に気づき、少女がゆっくりと顔を上げる。
その瞳が、大きく見開かれた。
「……ナオト?」
信じられない、といった表情。
夢を見ているのではないかと疑うように、彼女は目をこすった。
「ただいま、ルナ」
俺は優しく声をかけた。
「遅くなってごめんな。……約束通り、迎えに来たぞ」
その言葉を聞いた瞬間。
ルナの目から、大粒の涙が溢れ出した。
「ナオトぉぉぉっ!!」
彼女は弾かれたように立ち上がり、全速力で駆け寄ってきた。
俺はしゃがみ込み、その小さな体を受け止めた。
ドンッ!
勢いよく胸に飛び込んでくる衝撃。温もり。
1ヶ月ぶりの重みだ。
「うわぁぁぁん! 遅いよぉ……! ずっと、ずっと待ってたのにぃ……!」
ルナが俺の服を握りしめて泣きじゃくる。
たった1ヶ月。されど1ヶ月。
この小さな体で、たった一人で森を守りながら、俺たちを信じて待っていてくれたのだ。
「ごめんな。仕事が長引いてさ」
俺は彼女の頭を撫で続けた。
「ルナちゃん!」
「よく頑張ったな、えらいぞ」
さっきまで不機嫌だったエルーカとレギナも、今は優しい顔で駆け寄り、ルナを抱きしめる。
ミサも、涙ぐみながらハンカチでルナの顔を拭いた。
「もう一人じゃないよ。……これからはずっと一緒だからね」
星霊たちが、木陰から静かにその様子を見守っていた。
リーダー格の星霊が、ふっと微笑んだ気がした。
『……行きなさい、ルーナリア。役目は終わった。これからは、お前の生きたいように生きればいい』
森の風が、祝福するように吹き抜ける。
「……うん!」
ルナは涙を拭い、満面の笑みで頷いた。
「ナオト、ミサ、エルーカお姉ちゃん、レギナお姉ちゃん。……おかえりなさい!」
「ああ。……帰ろう、俺たちの家に」
俺はルナを抱き上げた。
もう二度と、この手を離さない。
これで、家族全員が揃った。
◇
帰りの車内。
ルナは遊び疲れて、俺の膝の上でスヤスヤと眠っていた。
車内の空気は、行きとは打って変わって穏やか……ではなかった。
「……さて、先輩」
ミサが運転席からバックミラー越しに俺を見る。
その目は笑っていない。
「家族も全員揃いましたね。……『約束』、覚えてますよね?」
エルーカが聖剣の柄を撫でる。
レギナが冷気を漂わせる。
「逃がしませんよ、師匠」
「王都に着くまでが期限だ。……腹を括れ、マスター」
……はい。
分かっております。
俺は眠るルナの頭を撫でながら、覚悟を決めた。
世界を救うより難しい、人生最大のミッション。
『一夫多妻プロポーズ大作戦』。
……まずは、指輪を買いに行くところからか?
それとも土下座か?
俺の胃はキリキリと痛んだが、その痛みさえも、どこか愛おしく感じられた。




