第86話 おかえりなさい。 〜世界中からのスパム(祝福)メールと、英雄たちの凱旋〜
レイクサイドでの復旧作業を終えた俺たちは、住民たちからの盛大な見送りを受けていた。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「何でも屋バンザイ! あんたたちは命の恩人だ!」
野菜やら果物やら、特産の干し魚やらが次々と魔導ワゴン車に積み込まれていく。
これ、帰り道で腐らないか心配になる量だ。
「えへへ、照れますねぇ」
エルーカが花冠を頭に乗せられ、満面の笑みで手を振っている。
レギナも老婆から手作りのクッキーを押し付けられ、「……悪くない味だ」と少し顔を赤らめていた。
「先輩、モテモテですねぇ」
ミサが俺の脇腹を肘でつつく。
俺の周りには、迷子犬を探してやった少年たちが集まり、「兄ちゃんすげぇ!」「魔法教えて!」とキラキラした目で見てくる。
「よせ。俺はただ仕事をしただけだ」
俺は子供たちの頭を撫でてやり、車に乗り込んだ。
あまり長くいると、銅像でも建てられそうな勢いだからな。早めに退散するのが吉だ。
「じゃあな! 困ったことがあったら、また呼んでくれ!」
俺たちは手を振り、アクセルを踏み込んだ。
ワゴン車が街道を走り出す。
バックミラーの中で、いつまでも手を振り続ける人々の姿が小さくなっていった。
◇
王都への帰り道。
車内はのんびりとした空気に包まれていた。
エルーカとレギナは後部座席で戦利品をつまみ食いし、ミサは助手席でタブレットをいじっている。
「……ん? 先輩、スマホ貸してください」
「え? 何だ急に」
「デウスの様子を見てみます。さっきから静かすぎるんで」
俺はポケットからスマホを取り出し、ミサに渡した。
元・神様であるデウス・エクス・マキナは、今やこの小さな板の中に住んでいる。
大人しくしているならいいが、何せ元管理者だ。変なことをしていなければいいが。
「あーっ! 先輩! 見てくださいこれ!」
ミサがスマホの画面を俺に向ける。
そこには、見慣れたホーム画面ではなく、全く別の画面が表示されていた。
背景は神々しい黄金色。
アイコンはすべて「神」の文字をあしらった厳めしいデザインに変わり、中央にはデウスのドット絵アバターが偉そうに鎮座している。
『Welcome, User. This device has been optimized.(ようこそ、ユーザー。この端末は最適化されました)』
スピーカーから、得意げな合成音声が響く。
「……おい、何勝手に壁紙変えてんだ」
俺がツッコミを入れると、デウスはフンと鼻を鳴らした。
『Only wallpaper? No. I have updated the entire OS.(壁紙だけ? いいえ。OS全体をアップデートしました)』
『I removed unnecessary apps and installed "World Management Tools".(不要なアプリを削除し、「世界管理ツール」をインストールしました)』
「はぁ!?」
車を止めて確認すると、俺が入れていたゲームアプリやSNSが消え、代わりに『天候操作』『重力制御』『人類選別』といった物騒なアイコンが並んでいる。
「ふざけんな! 人類選別ってなんだよ! 俺のドラ〇エ返せ!」
『Inefficient entertainment.(非効率な娯楽です)』
『ちょっとデウス! 勝手にマスターの端末をいじらないでください! セキュリティホールだらけじゃないですか!』
タブレットからリリスが飛び出してきて、スマホの画面に突入する。
画面の中で、リリスのアイコンとデウスのアイコンがポカポカと殴り合いを始めた。
「……あーもう、うるさいな」
俺はスマホを取り返し、強制再起動コマンドを入力した。
ついでにデウスの権限を『ゲストユーザー』まで格下げし、アプリのインストール権限を剥奪する。
『Access Denied... Why... I am God...(アクセス拒否……なぜ……私は神なのに……)』
「ここでは俺が管理者だ。文句があるなら出て行け」
『...Understood.(……理解しました)』
デウスがしょぼんと縮こまる。
どうやら、こいつなりに暇を持て余して「役に立とう(?)」としたらしいが、方向性がズレている。
「先輩、デウスって意外と構ってちゃんですね」
ミサがクスクス笑う。
全知全能の神も、スマホの中に入ればただのアプリか。
まあ、これくらい生意気な方が、ペットとしては愛着が湧くかもしれない。
◇
夕方。
俺たちのワゴン車は、王都の正門に到着した。
門をくぐると、そこには予想外の光景が広がっていた。
「来たぞ! 『何でも屋』のご帰還だ!」
「勇者様ー! ナオトさーん!」
沿道に人だかりができている。
衛兵たちが整列し、ラッパが吹き鳴らされる。
どうやら、俺たちが世界を救ったという話は、王都中に知れ渡ってしまったらしい。
「うわぁ、すごい人です……」
エルーカが窓から顔を出し、手を振る。
黄色い歓声が上がる。彼女はもう、誰からも「偽物」なんて呼ばれない。正真正銘の、王都の英雄だ。
「フン、悪くない出迎えだ」
レギナも涼しい顔をしているが、まんざらでもなさそうだ。
「先輩、どうします? このままパレードですか?」
ミサがハンドルを握りながら楽しそうに聞く。
「勘弁してくれ。……俺は、目立ちたくないんだよ」
俺はフードを目深に被り、顔を隠した。
世界を救ったのは事実だが、それを鼻にかけて生きるのは性に合わない。
俺はあくまで、路地裏の「何でも屋」でいたいんだ。
「ミサ、裏道に入れ。拠点までショートカットだ」
「了解です! 『ステルスモード』起動!」
ミサがコンソールを操作すると、ワゴン車の姿が風景に溶け込み、認識されにくくなる。
俺たちは歓声を上げる群衆を横目に、こっそりと路地裏へと滑り込んだ。
◇
「……ふぅ。やっと着いたな」
拠点のガレージに車を止め、俺は大きく息を吐いた。
住み慣れたボロ屋(外見だけ)を見ると、肩の力が抜けていく。
ここが、俺の帰る場所だ。
「ただいまー! 我が家ー!」
エルーカが一番に飛び出し、ソファにダイブする。
「やはりここが一番落ち着くな」
レギナもキッチンへ向かい、慣れた手つきでお茶の準備を始める。
「先輩、お疲れ様でした。……長い旅でしたね」
ミサが俺の隣で微笑む。
「ああ。……でも、悪くない旅だったよ」
俺は眼鏡を外し、デスクに置いた。
レイクサイドは戻り、世界は救われ、仲間たちも無事に帰ってきた。
これ以上の結果はない。
『Master. Notification.(マスター。通知)』
ポケットのスマホが震えた。
デウスだ。
『Welcome home.(おかえりなさい)』
画面には、少しだけ照れたような顔文字が表示されていた。
こいつも、少しは空気が読めるようになったらしい。
「ああ。ただいま」
俺はスマホをタップした。
明日からはまた、騒がしい日常が始まる。
依頼は山積みだろうし、デウスの教育もしなきゃならない。
ヒロインたちの「包囲網」も激化しそうだ。
だが、それも悪くない。
俺はソファに深々と身を沈め、目を閉じた。
今日はもう、仕事は終わりだ。
最強のエンジニアも、今はただの疲れたおじさんとして、眠りにつくとしよう。




