第85話 消えた街の復元《リストア》。 〜住民の体感時間がズレているので、手動で同期《シンク》合わせしてきました〜
世界を救った宴から一夜明け、俺たちは再び「何でも屋」のオフィスに集まっていた。
二日酔いの頭痛はない。俺の管理者権限で、全員の体調ステータスを『絶好調』に固定したからだ。チート最高。
今日の仕事は、やり残した最後の大仕事――『消えた街・レイクサイド』の復元だ。
「……おいデウス。準備はいいか?」
俺はデスクの上に置いたスマホに話しかけた。
画面の中には、偉そうな玉座に座るドット絵のアイコンが表示されている。
元・神にして現・ペットAI、『デウス・エクス・マキナ』だ。
『I am ready. However...(準備は完了しています。しかし……)』
スマホのスピーカーから、不満げな合成音声が響く。
『Is it truly necessary for me, the Supreme Being, to perform such menial tasks?(至高の存在である私が、このような雑用を行う必要があるのですか?)』
「うるせぇ。家賃代わりだ。働け」
俺が画面をデコピンすると、アイコンがプルプルと震えた。
『Indignity...(屈辱……)』
『文句言わない! マスターの命令は絶対ですよ、新入り!』
隣のタブレットからリリスが野次を飛ばす。
この二体、相性が悪いのか良いのか、隙あらば喧嘩している。
「先輩、座標データ入力完了しました! いつでも復元できます!」
ミサが張り切ってコンソールを操作する。
彼女の横には、エルーカとレギナも待機していた。
「あの灰色の荒野が、本当に元に戻るんですね……!」
「うむ。失われたものが帰ってくる瞬間か。悪くない」
二人の期待を背に、俺はガントレットを展開した。
今は運営の監視もない。全開で行ける。
「よし。……システム、アーカイブ解凍! エリア『レイクサイド』、復元開始!」
ッターン!!
エンターキーを叩くと、モニターの地図上で、空白地帯だった場所に光が灯った。
データの奔流が流れ込み、世界が書き換わっていく。
『Restoration Progress... 100%. Complete.』
「完了だ。……行くぞ、現地確認だ!」
俺たちは魔導ワゴン車に飛び乗り、現場へと急行した。
◇
丘の上から見下ろすと、そこには信じられない光景が広がっていた。
昨日までは何もない灰色の平面だった場所に、美しい湖と、活気ある街並みが戻っていたのだ。
煙突からは煙が上がり、通りには人々の姿が見える。
「戻ってる……! すごいです師匠!」
エルーカが窓に張り付いて歓声を上げる。
だが、俺の眼鏡に表示された解析結果は、少し奇妙なエラーを吐いていた。
『Warning: Data Inconsistency Detected.(警告:データ不整合を検知)』
「……ん? なんか様子が変だな」
俺たちは車を降り、街へと入った。
すると、すぐに異変に気づいた。
「いらっしゃいませー! 今日のオススメは……あれ?」
パン屋の店主が、トングを持ったまま固まっている。
その目の前には、焼きたてのパンが空中に静止していた。
「おい、大丈夫か?」
「えっ? あ、はい。……今、一瞬めまいが……。あれ? もう夕方?」
店主が空を見上げて首を傾げる。
街のあちこちで、人々が困惑していた。
歩いていた人が急に壁にめり込んだり、会話がループしたりしている。
「これ……『ラグ』ですね」
ミサが冷静に分析する。
「街が消えていた数週間の時間経過と、復元されたデータのタイムスタンプがズレてるんです。住民たちの主観時間は『消えた瞬間』で止まってるのに、世界は進んでるから、脳が処理落ちしてるんですよ」
「浦島太郎状態か……」
体感時間は一瞬なのに、実際には数週間経っている。
その認識のズレが、物理的なバグ(壁抜けや挙動不審)として現れているのだ。
『Correction required. Manual debugging is recommended.(修正が必要。手動デバッグを推奨します)』
スマホからデウスの声。
しかも手動かよ。
「……仕方ない。一軒ずつ回って、認識を修正してやるか」
俺たちは手分けして、街中を回ることにした。
◇
「おばあちゃん、大丈夫? 今は10月じゃなくて11月だよ」
「おやまぁ……。通りで肌寒いと思ったわぇ」
ミサが老婆の手を引き、カレンダーの日付を認識させる。
すると、老婆の周りに発生していたノイズが消え、挙動が安定した。
認識が世界と同期したのだ。
「そこの馬車! 座標がズレてるぞ! 右に3メートルだ!」
「ぬわっ!? いつの間に壁の中に!?」
レギナが荷馬車を魔法で浮かせ、正しい位置に戻す。
物理的な位置ズレも多発している。
「あ、あの……ボクの犬がいなくなっちゃったんです……」
エルーカの元には、泣いている男の子がいた。
飼い犬のデータだけが、復元の際に読み込みエラーを起こして行方不明になっているらしい。
「任せてください! 師匠、ワンちゃんの捜索願です!」
「了解。リリス、検索かけろ」
『はい! ……見つけました。データの残骸置き場に判定が吸われています。座標転送します!』
俺がガントレットを操作すると、少年の足元に光が集まり、一匹の犬が実体化した。
ワンッ!
「ポチ! よかったぁ!」
少年が犬を抱きしめる。
よかったよかった。
そんな調子で、俺たちは日が暮れるまで街中を走り回った。
地味な作業だ。
世界を救った英雄の仕事とは思えない。
地味なデバッグ作業。
だが、不思議と苦ではなかった。
「……ふぅ。これで大体片付いたか」
広場のベンチに座り込み、俺はミサから渡された缶コーヒーを開けた。
街には明かりが灯り、人々が家路についていく。
誰も、自分たちが一度消滅していたことなど知らない。
ただ、「今日はちょっと変な日だったな」くらいに思って、明日を迎えるのだ。
「いい仕事しましたね、先輩」
ミサが隣に座る。
「ああ。……派手なバトルもいいが、こういう仕事の方が『何でも屋』らしくていい」
「ですね。……あ、見てください」
ミサが指差す先。
パン屋の店主が、売れ残ったパンをエルーカとレギナに渡していた。
「あんたたちのおかげで助かったよ! これ、持っていってくれ!」
「おお、感謝する! いい匂いだ」
「ありがとうございます! 今夜はパンパーティーですね!」
二人の笑顔。
それを見て、俺も自然と口元が緩んだ。
『Mission Complete. World Stability: 100%.(任務完了。世界安定度:100%)』
デウスが報告してくる。
「よくやった。……お前も、たまには役に立つな」
『Hmph. Natural.(ふん。当然です)』
少しだけ誇らしげな声色。
こいつとも、なんとかやっていけそうだ。
「さあ、帰るか。俺たちの街へ」
俺は立ち上がり、仲間たちの元へ歩き出した。
消えた街は戻った。世界は平和になった。
だが、俺たちの「何でも屋」はこれからもっと忙しくなるだろう。
だって、この世界はまだまだバグだらけで、俺たちの手助けを待っている奴らが山ほどいるんだからな。
俺たちは笑い声を上げながら、夜の街道を走り出した。
最高のハッピーエンドの、その先へ。




