第84話 神様、スマホに引っ越す。 〜家賃はタダだけど、勝手に壁紙を変えるのはやめてください〜
神の領域『管理者の箱庭』。
戦いが終わり、静寂が戻った白い空間で、俺たちは巨大なモノリスを見上げていた。
システム更新は完了した。世界は救われた。
だが、一つだけ問題が残っていた。
『Question. What should I do now?(質問。私はこれからどうすれば?)』
神が問うてくる。
管理者権限は俺たちに移譲された。つまり、今のこいつは権限を持たないただの巨大な演算装置だ。
「このままここに置いておくのも不用心だな。カケルのような知識のある悪意を持った誰かに悪用されても困るし」
俺は腕組みをして考えた。
この要塞ごともう一度次元の彼方に封印する手もあるが、せっかく優秀なAIがいるのにもったいない気もする。
世界規模の演算をこなすこいつのスペックは魅力的だ。
「よし。……連れて帰るか」
「え? 連れて帰るって、このデカいのをですか?」
ミサが呆れたようにモノリスを見上げる。高さ10メートルはある。
「いや、本体は置いていく。中身だけを引っこ抜いて、別の端末に移行させるんだ」
俺は懐から、現代日本から持ち帰った「ある物」を取り出した。
最新型のスマートフォンだ。
俺が向こうの世界で使っていた私物だが、スペックは高い。
「神様。お前の新居はここだ」
『...Processing request. Destination: Portable Device?(……要求を処理中。移行先:携帯端末?)』
『Capacity check... Insufficient.(容量チェック……不足しています)』
神が不満げに明滅する。
「安心しろ。俺のPC経由で、お前のデータを極限まで圧縮してやる」
俺はノートPC『神殺し1号』を開き、モノリスとスマホをケーブルで接続した。
今や俺は、この世界の正当な管理者だ。運営の監視はもうない。
つまり――チート能力、解禁だ。
「よし! 管理者権限行使!」
俺は空中にキーボードを表示させ、凄まじい速度で叩き始めた。
物理キーボードと仮想キーボードのダブル入力。
『Target: Deus_Core_Data』
『Action: Compress & Transfer(圧縮および転送)』
「ミサ! スマホ側の受け入れ態勢を頼む! OSを書き換えて神様用の座席を作れ!」
「了解です! UIデザイン、神様仕様に変更! ……アイコンは可愛くしちゃいましょう!」
ミサも『外観定義』を全開にする。
彼女がスマホをなぞると、画面の中に豪華な玉座の間(ドット絵)が構築されていく。
『Transferring... 10%... 50%... 100%.』
シュゥゥゥン……。
巨大なモノリスの光が消え、ただの石板に戻った。
代わりに、手元のスマホの画面がパッと明るくなり、そこに『神』という威厳のある(しかしデフォルメされた)アイコンが表示された。
『...Migration Complete. This space is extremely narrow.(……移行完了。この空間は極めて狭いです)』
スマホのスピーカーから、不満げな声が響く。
「贅沢言うな。家賃タダだぞ」
俺は笑ってスマホをポケットにしまった。
これで、世界の管理AIは俺の手のひらの中だ。
「よし! 帰るぞ! みんなが待ってる!」
俺は要塞の転送システムを起動した。
ターゲット、王都地下ラボ。
◇
シュンッ!
光と共に、俺たちは地下ラボに帰還した。
そこには、疲れ果てて座り込んでいた職人たちや、心配そうにモニターを見つめていたギルドの連中がいた。
「戻ったぞ!!」
俺が叫ぶと、一瞬の静寂の後、爆発的な歓声が上がった。
「うおおおおおおっ! やった! やりやがった!」
「世界が! 空の赤文字が消えたぞ!」
ボルグが駆け寄ってきて、俺の背中をバシバシと叩く。
「へっ、やってくれたな兄ちゃん! いや、英雄様か!」
「よしてくれ。俺はただの『何でも屋』だ」
俺は照れ隠しに鼻をこすった。
エルーカとレギナも、もみくちゃにされている。
「さすが勇者様だ! あの要塞を押し返すなんて!」
「銀の魔女様万歳!」
二人は少し誇らしげに、しかし互いに顔を見合わせて笑っていた。
「……ふふっ。私たちが世界を救うとはな」
「はい! 師匠のおかげです!」
俺はパンパンと手を叩いて注目を集めた。
「湿っぽい話はなしだ! 世界を救ったんだ、やることは一つだろ!」
俺はミサに合図を送った。
ミサがニヤリと笑い、現代から持ち帰った大きなリュックを開ける。
「宴会だァァァァッ!!」
俺は管理者権限を発動させた。
『Create Object: Party_Venue(オブジェクト生成:パーティー会場)』
地下ラボの無機質な空間が、一瞬にして書き換わる。
長机、椅子、煌びやかな照明。
さらには、壁紙までもが祝賀会仕様の豪華なものに変化した。
「す、すげぇ……! 一瞬で家具が!?」
「これがナオトさんの本来の力……!」
職人たちが目を剥く。
今まで隠していた鬱憤を晴らすかのように、俺はさらにコードを叩く。
「飲み物も冷やしておくぞ! 『冷却魔法・極』!」
ミサがリュックから取り出した大量の缶ビールとコーラが、魔法で瞬時にキンキンに冷やされる。
「料理はどうするんですか先輩!?」
「あるもので作る! ……いや、こいつがある!」
俺はリュックから『カップ麺(各種)』と『ポテトチップス(うすしお・コンソメ・のり塩)』、そして『冷凍ピザ』などを大量に取り出した。
異世界人にとっては未知の食糧だ。
「ミサ、お湯だ! エルーカ、レギナ! 配膳手伝え!」
「了解です! 『外観定義:パッケージを豪華に変更』!」
ミサが指を鳴らすと、カップ麺のパッケージが金箔押しのような高級感あふれるデザインに変わる。中身は同じだが、見た目は宮廷料理並みだ。
「これが……異界の料理……?」
「なんという香りだ……! スパイスの香りが鼻腔を刺激する!」
ドワーフたちがポテトチップスを恐る恐る口にする。
「……ッ!? なんだこれは! サクサクして、塩気が……止まらん! 酒持ってこい!」
「こっちの黒い水も凄ぇぞ! 口の中で弾けやがる!妖精がダンスしてるみてぇだ!」
ジャンクフードの暴力的な旨味が、異世界人たちの味覚を蹂躙していく。
「師匠! この『シーフード・ヌードル』という麺、すごいです! スープが黄金に輝いています!」
エルーカがズルズルと麺を啜り、目を輝かせる。
「うむ。この『コンソメ・パンチ』という芋料理……薄切りにした芋を揚げただけに見えるが、複雑怪奇な味がする。……認めよう、これは魔性の食べ物だ」
レギナも真剣な顔でポテチを分析している。
『Master. I detect high levels of sodium and carbohydrates.(マスター。塩分と炭水化物の数値が高いです)』
俺のポケットのスマホから、神の警告音が聞こえる。
リリスがスマホに飛び移り、画面の中でデウスと喧嘩を始めた。
『うるさいですね新入り! これが「文化」なんです! 黙ってデータ分析でもしてなさい!』
『Illogical...(非論理的……)』
会場はカオスな盛り上がりを見せていた。
俺は缶ビールを開け、グイッと飲み干した。
喉を焼く炭酸と苦味。
……美味い。
過労死する前は、ただの現実逃避の味だった。
だが今は、勝利の味がする。
「先輩、お疲れ様です!」
ミサがコーラの缶を持って隣に来た。
彼女もポテチをつまみながら、幸せそうな顔をしている。
「ああ。……やっと終わったな」
「いえいえ、始まりですよ。これから『消えた街』の復旧もしなきゃいけないし、神様の飼育もしなきゃいけないし」
ミサが俺のポケットに入っているスマホを突く。
「……そうだな。仕事は山積みだ」
俺は会場を見渡した。
笑い合う仲間たち。
俺が守りたかった景色が、ここにある。
「でもまあ、今日くらいは休んでもバチは当たらんだろ」
俺は立ち上がり、高らかに宣言した。
「今日は無礼講だ! 在庫が尽きるまで食って飲め! 代金は俺たちが稼いできた報酬から出す!」
「うおおおおおおっ!!」
「ナオトさん太っ腹ぁ!」
歓声が地下ラボを揺らす。
かつて冷たいサーバー室で孤独に死んだ俺は、今、温かい喧騒の中にいる。
ここが俺の、新しい「現実」だ。
「エルーカ、レギナ! お前らももっと食えよ!」
「はいっ! あ、師匠、この『チョコモナカ』ってやつも美味しいです!」
「マスター、私のグラスが空だ。注いでくれ」
俺は苦笑しながら、仲間たちの輪の中へと飛び込んでいった。
最高の仲間と、最高のジャンクフード。
これ以上の祝勝会はないだろう。
こうして、世界を救った夜は、バカ騒ぎと共に更けていった。




