第82話 CPU争奪戦《リソース・ウォー》。 〜神の思考をフリーズさせろ! 無限配列によるメモリリーク攻撃〜
神の領域『管理者の箱庭』は、今や二つの戦場に分断されていた。
一つは、目に見えない0と1の電子の戦場。
もう一つは、閃光と爆音が交差する物理の戦場だ。
「はぁぁぁぁっ!」
エルーカの気合と共に、聖剣が白銀の軌跡を描く。
迫りくる『削除執行官』――赤い光を纏った幾何学的な騎士が、一刀両断されてノイズの塵となる。
「フン、数だけは多いな!」
背後では、レギナが氷の結界を展開し、降り注ぐ光の矢を防いでいた。
敵は際限なく湧いてくる。
神の自己防衛システムが、システムに負荷をかける「異物」を排除しようと、全戦力を投入してきているのだ。
「レギナさん! 右翼、抜かれます!」
「させん! 『氷結監獄』!」
レギナが杖を振るうと、地面から巨大な氷柱が突き出し、敵の進路を物理的に塞ぐ。
二人は、ナオトとミサの背中を守るように円陣を組み、一歩も引かずに戦い続けていた。
「師匠たちは、今、世界を救うために戦っているんです! 世界を救うのを邪魔しないで下さいッ!!」
エルーカが叫ぶ。
彼女の聖剣は、ナオトによって「エルーカ専用」に調整された特別製だ。
手になじむ。魔力が淀みなく流れる。
かつて「偽物」と呼ばれた自分が、今はこうして「最強の剣」として敬愛する師匠の背中を守れている。その事実が、彼女の体を軽くしていた。
「私たちに難しい理屈は分からん。だが……」
レギナが氷の礫を散弾のように放ちながら笑う。
「あの背中が『任せた』と『頼りにしてる』と『愛してる』と言ったのだ(愛してるは言ってない)! ならば、命に変えても応えるのが女の甲斐性というものだろう!」
かつて孤独だった魔女は、今、信頼できる仲間と共に戦場に立っている。
背中を預けられる安心感。守るべき主がいる充足感。
それが彼女の魔力を、かつての全盛期以上に高めていた。
「来るぞエルーカ! 大型個体だ!」
敵陣の奥から、一際巨大な執行官が現れる。
全身が棘だらけの重装甲タイプだ。
「合わせましょう、レギナさん!」
「ああ!」
二人の呼吸が重なる。
エルーカが敵の懐に飛び込み、注意を引きつける。
その隙に、レギナが極大魔法をチャージする。
「『聖剣・流星斬』!」
「『絶対零度』!」
光の斬撃と、凍てつく冷気が同時に炸裂する。
巨大な敵は、斬り裂かれながら凍りつき、美しい氷の彫像となって砕け散った。
「やった!」
「ふっ、他愛もない」
二人はハイタッチを交わす。
最強の剣士と、最強の魔導師。
この二人が揃っている限り、ナオトたちの作業領域は、絶対不可侵の聖域だった。
◇
その背後で。
俺とミサは、PCの画面にかじりつき、神との熾烈な「処理能力争奪戦」を繰り広げていた。
「先輩! CPU使用率90%! あと少しで神の思考がフリーズします!」
ミサが叫ぶ。
俺たちの作戦は単純だ。
神は今、「世界を削除する」という重たい処理を実行しようとしている。
そこに、俺たちが「世界中のデータを圧縮する」という、さらに重たい処理を無理やり割り込ませる。
PCで動画のエンコード中に、高画質のゲームを起動するようなものだ。
CPUの処理限界を超えさせ、強制的に「削除プロセス」を処理落ちさせて止める。
「神様よぉ! マルチタスクは苦手か!?」
俺は物理キーボードを叩き壊す勢いで連打する。
『Warning. System Overload.(警告。システム過負荷)』
『Processing speed decreased by 40%.(処理速度、40%低下)』
神のモノリスが赤く明滅し、苦しげなノイズを発する。
効いている。
世界中の魔法術式を読み込み、無駄な行を削り、最適化して書き戻す。
この膨大な計算量を、神のリソースを食い荒らしながら実行する。
『Stop... Stop it...(ヤメロ……ヤメロ……)』
『Why do you complicate the process?(ナゼ、処理ヲ複雑化サセル?)』
「複雑にしてくんな! こっちは整理整頓してやってんだぞ!」
俺は叫び返した。
「ミサ! 『メモリリーク攻撃』だ! 神の作業領域に変数を大量宣言して、空きメモリを食いつぶせ!」
「よーし……無限配列、生成開始! ……えいっ! えいっ!」
ミサが楽しそうにキーを叩く。
彼女が送り込んでいるのは、ウイルスではない。ただひたすら「無意味な計算領域」を確保し続けるだけの、行儀の悪いプログラムだ。
神の脳みその空きスペースに、ゴミを詰め込んでいく。
『Memory Full.(メモリ、一杯デス)』
『Deletion Protocol... Paused.(削除プロトコル……一時停止)』
「止まった!」
ついに、神の処理が追いつかなくなった。
削除ビームの充填率がストップする。
だが、神もタダでは終わらなかった。
『Resource Shortage Detected.(リソース不足ヲ検知)』
『Executing Emergency Cleanup.(緊急クリーンアップヲ実行)』
神が、最後の手段に出た。
ソフトウェアでの処理が追いつかないなら、原因となっているハードウェアを物理的に破壊する。
モノリスの頂点が輝き、停止していた削除ビームの照準が、世界ではなく「俺たち」に向けられたのだ。
『Target: Naoto Kudo.(対象:工藤ナオト)』
『Physical Elimination.(物理的排除)』
「なっ……!? こっちに向けやがった!」
俺はPCを抱えて硬直した。
あのビームは、都市一つを消し飛ばす威力だ。
バリアも装甲も関係ない。当たれば原子分解だ。
「先輩! 逃げて!」
「間に合わん!」
ビームの発射口が白く輝く。
トリガーが引かれる――その刹那。
「させるかぁぁぁっ!!」
轟音と共に、俺の視界を白い影が覆った。
エルーカだ。
彼女は俺の前に飛び出し、聖剣を盾のように構えていた。
「エルーカ! 退け! 聖剣ごと消滅するぞ!」
「退きません! 師匠は……師匠は画面から目を離さないでください! こっちは私たちの戦場なんですッ!」
彼女は叫んだ。
その背中は震えていたが、足は一歩も引いていなかった。
「私の全てを賭けて……この一撃だけは、止めてみせます!」
隣に、レギナが並ぶ。
彼女は杖を地面に突き刺し、全魔力を展開していた。
「フン。貴様にばかりいい格好はさせん。……マスターは、私の特別な人だからな。私の最高傑作の『盾』、見せてやろう」
レギナの体から、冷気が爆発的に溢れ出す。
それは幾重もの氷の壁となり、ダイヤモンドのように硬化してエルーカの前に展開された。
『Fire.』
ズドォォォォォォォォン!!
神の閃光が放たれた。
音が消えた。
世界が白く染まるほどのエネルギーが、二人に直撃する。
バキバキバキッ!!
レギナの氷壁が、一枚、また一枚と砕け散っていく。
どんな魔法も防ぐはずの絶対零度の盾が、紙のように溶かされていく。
「ぐぅ……ッ! あ、がぁぁぁっ!」
レギナが血を吐く。
魔力回路が焼き切れそうだ。だが、彼女は膝を折らない。
氷壁を突破した光が、エルーカの聖剣に激突する。
「うおおおおおおおおっ!!」
エルーカが絶叫する。
聖剣が悲鳴を上げ、刀身にヒビが入る。
衝撃が彼女の腕の骨を軋ませ、ブーツが床を削り、後ろへと滑っていく。
「止まって下さぁぁぁぁぁい!!」
彼女の全身から、金色のオーラが噴き出した。
それは聖剣の力ではない。彼女自身の、勇者としての魂の輝きだ。
ナオトに認められ、自分の居場所を見つけた少女の、意地の輝き。勇者としての完全なる覚醒。
光と光が拮抗する。
わずか数秒。だが、永遠にも感じる時間。
そして――。
フッ。
ビームが消えた。
神の演算処理が完全にフリーズし、攻撃の維持ができなくなったのだ。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
黒焦げになった床の上に、二人は立っていた。
ボロボロだ。聖剣は半ばから砕け、レギナの杖も灰になっている。
だが、二人は立っていた。
「……ま、守りましたよ……師匠……」
エルーカが振り返り、ニコリと笑って、そのまま崩れ落ちた。
レギナも、俺を見て満足げに目を閉じ、倒れ込む。
「エルーカ! レギナ!」
俺とミサは駆け寄った。
二人の息はある。ただの魔力切れと気絶だ。
「馬鹿野郎……。無茶しやがって……」
俺は二人の頭を撫でた。手が震えている。
こいつらが命がけで作ってくれた、決定的なチャンス。
神は今、フリーズして無防備だ。
「……ミサ。仕上げだ。こいつらが作ってくれた道……ブチ通すぞ!」
「言われなくても分かってますよ! 絶対無駄にしない!」
俺は立ち上がり、PCのエンターキーに指をかけた。
涙で滲む視界を拭い、眼鏡の位置を直す。
「神様。俺の大事な奴らを傷付けたこと、後悔させてやる」
俺は、最後のコマンドを入力した。
世界を救うための、そして神を堕とすための、最後の一撃を。




