第78話 秋葉原ハック。 〜魔法が使えないなら、ジャンクパーツで「神殺しPC」を自作すればいい〜
新宿から電車(もちろん無賃乗車だ)を乗り継ぎ、俺たちは電気街・秋葉原へとたどり着いた。
ここもまた、異様な静寂に包まれている。
メイド喫茶のメイドも、オタクたちも、全員が直立不動で停止していた。
「……気持ち悪い街ですね」
ミサが周囲を警戒する。
『マスター! 追手が来ます! 警備プログラムが再構築されています!』
エルーカのモニターからリリスが警告する。
路地裏から、警官隊の姿をしたノイズの塊――『セキュリティ・ボット』がわらわらと湧き出してきた。
「しつこいですね! 師匠、ここは私たちが食い止めます!」
エルーカが、道端の看板(「メイド募集中」と書いてある)を引き抜き、構える。
「フン。魔力がなくとも、鉄の棒があれば事足りる」
レギナは工事現場から拝借した鉄パイプとバールのようなものを振るい、ボットの群れに突っ込んでいった。
ドガァッ! バキィッ!
物理演算が仕事をしすぎている破砕音が響く。
「頼りになりすぎるぞお前ら! ここは頼む、俺たちは武器を調達する!」
俺はミサの手を引き、目当てのパーツショップ『PCパーツ専門店』のシャッターを蹴破った。
◇
店内には、最新のPCパーツが所狭しと並んでいた。
店員はいない。あるいは、あの動かないNPCの中にいるのかもしれないが、今はどうでもいい。
ここは運営の作った偽りの世界だ。遠慮なく使わせてもらう。
「先輩、PC、外に持ち出せますかね?」
「ここはデータだけの仮想空間じゃない、物質としてコピーされた閉鎖次元だ。 だから作ったPCも持ち出せる。ミサ、時間がない。10分で組むぞ!」
「了解です! ……狙いは?」
「神へのハッキングに耐えうる、現存するパーツで組める『論理的最強のノートPC』だ」
俺たちは散開し、棚を漁り始めた。
デスクトップなら拡張性は無限だが、今回は「持ち運び」が前提だ。
限られた筐体サイズの中で、いかに熱を殺し、性能を極限まで引き出すか。
エンジニアの腕が試される。
「先輩! ベアボーンキット(半完成品PC)の在庫、見つけました! 『Clevo』のハイエンドモデルです! これならCPUとGPUを換装できます!」
「でかした! 厚みは?」
「4センチあります! 冷却ファン4基搭載!」
「十分だ。……よし、俺の構成はこれで行く」
俺が選んだのは、計算処理に特化した構成だ。
神のコードを読み解き、書き換えるためには、圧倒的なCPUパワーとメモリが必要になる。
「CPUは『Intel Core i9-14900HX』。24コア32スレッド。モバイル向けだが、定格を無視してオーバークロックで回す」
俺はCPUのパッケージを破り捨てる。
「メモリは……これだ。『DDR5-5600』の48GBモジュールを4枚挿し。合計192GB。仮想サーバーを10個立ててもお釣りが来る」
「うわぁ、変態スペックですね……。ストレージはどうします?」
「速度重視だ。『PCIe Gen5』対応のNVMe SSD、4TBを2枚。RAID0(ストライピング)構成で読み書き速度を倍にする。……神のファイアウォールを一瞬で焼き切るためにな」
俺はパーツを作業台に並べ、ドライバーを握った。
次はミサの番だ。
「私はフロントエンド特化で行きます! 先輩の組んだコードを、リアルタイムで世界に反映させるためのグラフィック性能が必要です!」
ミサが選んだのは、映像処理に特化したパーツ群だ。
「GPUは『NVIDIA GeForce RTX 4090 Laptop』一択です! VRAM16GB。これがないと神の領域の解像度に追いつけません!」
「ディスプレイはどうする? ここの在庫じゃ色が悪いぞ」
「あ、それはこっちのクリエイター向けノートから液晶パネルだけ引っこ抜いて移植します! 4K・有機EL《OLED》・120Hz! 黒の締まりが違いますよ!」
ミサが展示品の高級ノートPCを躊躇なく分解し、パネルを取り外す。
さらに、彼女はペンタブレットのコーナーから最新の液晶タブレットを強奪し、PCの天板にガムテープで無理やり固定した。
「よし! これで直感的な『書き換え』が可能です!」
「見た目は最悪だが、性能は凶悪だな」
俺たちは黙々と作業を続けた。
裏蓋を開け、CPUにグリスを塗る。
使うのはもちろん、熱伝導率最強の『液体金属』だ。
ショートのリスクはあるが、ヒートシンクが銅製であることは確認済みだ。問題ないはずだ。
それに、極限状態での冷却にはこれしかない。
「排熱が足りないかもですね……」
「底面に穴を開けろ。あと、USBファンを直結して強制吸気させる」
ガリガリとドリルで筐体を加工する。
美しい既製品が、見るも無残なフランケンシュタインのような姿に変わっていく。
だが、俺たちにはこれが一番美しく見えた。
目的のために最適化された、戦うための機械。
カチャッ。
最後のネジを締め、俺は電源ボタンを押した。
ブォォォォォン!!
爆音と共にファンが回り出し、BIOS画面が瞬時に立ち上がる。
「起動成功。……OSインストール、開始」
俺が持ち歩いていたUSBメモリ(これだけは肌身離さず持っていた)を挿し、独自のLinuxカーネルを流し込む。
余計なGUIを排除し、ハッキングに特化した黒い画面。
「ふふっ、先輩の画面、相変わらず愛想ないですね。……私はこっちです!」
ミサのPCも起動する。
こちらは色彩豊かなデザインツールが立ち上がり、ペン入力のキャリブレーションが完了した。
「完成だな。……『神殺しPC』1号と2号だ」
俺は黒く武骨なノートPCを小脇に抱えた。
重い。5キロはあるだろう。
だが、この重みが頼もしい。
ガシャンッ!
その時、店の入り口のバリケードが破られた。
「師匠! そろそろ限界です! 敵の数が多すぎます!」
エルーカが飛び込んでくる。
彼女の持っていた看板はひしゃげ、レギナの鉄パイプも曲がっている。
外を見ると、数え切れないほどの警官隊が店を包囲していた。
「お待たせ。準備完了だ」
俺はミサと顔を見合わせ、頷いた。
「行くぞ。……ついでに、食料も確保だ!」
「はいっ! 隣のコンビニでカップ麺とコーラ、買い占めしちゃいましょう!」
俺たちは裏口から飛び出した。
エルーカとレギナが道を切り開き、俺とミサがPCを抱えて走る。
魔法はない。スキルもない。
あるのは、自作した最強のPCと、ジャンクフードの袋だけ。
だが、今の俺たちは無敵だ。
「待ってろよ、神様! お前が俺たちのチートスキルを使えなくするってんなら……こっちは、リアルの機材で、お前の世界をハックしに行ってやる!」




