第72話 空飛ぶ要塞の迷宮。 〜怨念プログラム「カケル」を、物理破壊と上書き保存で黙らせる〜
青い光の渦を抜けた先。
俺とミサは、硬質な床の上に転がり出た。
「……着いたか」
俺は素早く身を起こし、周囲を警戒する。
そこは、無機質な白い回廊だった。
壁も天井も、継ぎ目のない未知の金属で覆われている。窓はなく、光源不明の白い光が空間を満たしている。
「うぅ……やっぱり酔いました……」
ミサが口元を押さえて座り込んでいる。
無理もない。強引に座標を書き換えた転送だ。三半規管へのダメージは避けられない。
「水飲むか? ……悠長に休憩してる時間はなさそうだが」
俺が腰のポーチから水筒を取り出そうとした瞬間、通路の奥から赤い光が走った。
ウィィィン……ガシャン!
天井から球体型の警備ドローンが降下し、銃口をこちらに向けてくる。
以前、カケルのダンジョンや塔で見たものよりも洗練された、上位モデルだ。
『Intruder Detected. Exterminate.(侵入者検知。抹殺スル)』
無機質な音声と共に、ドローンの先端が発光する。
「やらせるかよ!」
俺は懐から『電磁パルス手榴弾』を取り出し、ピンを抜いて投げつけた。
これはカレンの技師たちと共同開発した、対機械用の切り札だ。
バヂヂヂヂッ!!
手榴弾が空中で炸裂し、強力な雷属性の磁気嵐を撒き散らす。
『Gagagaga... System Error...』
ドローンが痙攣し、火花を散らして床に墜落した。
「ナイスです先輩! ……でも、音でバレちゃいましたね」
ミサが立ち上がり、表示用タブレットを確認する。
「通路の奥から増援反応多数! ここのセキュリティ、生きてますよ!」
「だろうな。……行くぞミサ。最短ルートで制御中枢を目指す」
俺たちは走り出した。
チート能力は使えない。
だが、今の俺たちには準備がある。
「前方、レーザートラップ!」
ミサが叫ぶ。
通路を塞ぐように、目に見えない高熱の魔力線が張り巡らされている。
「解除コードは?」
「解析中……ダメです、暗号化されてます! 物理でいくしかありません!」
ミサは工具袋からスプレー缶を取り出し、前方に噴射した。
白い粉末が舞い、赤いレーザーの軌跡が浮かび上がる。
「あの隙間なら通れます! 先輩、ダイエットの成果を見せてください!」
「減らず口を!」
俺たちはレーザーの隙間を縫うように、屈み、飛び、滑り込んで突破した。
映画のアクションスターのような真似を、この歳でやらされるとは。
次々と現れる警備ロボットをEMPで麻痺させ、閉ざされた扉はミサが配線を直結してハッキングし、こじ開ける。
まさに、泥臭い不法侵入だ。
「はぁ、はぁ……。ここが、最上階か」
長い階段を駆け上がり、俺たちは巨大な扉の前にたどり着いた。
この奥に、要塞の制御中枢があるはずだ。
俺は呼吸を整え、扉を押し開けた。
中は、ドーム状の広大な空間だった。
壁一面に無数のモニターが並び、中央には巨大な水晶柱――メインコアが鎮座している。
そこから伸びる無数のケーブルが、要塞全体に魔力を供給していた。
「……誰もいないな」
俺は警戒しながらコアに近づく。
運営の姿はない。
やはりこれは、自動制御された兵器に過ぎないのか。
俺がコンソールに手を伸ばした、その時だった。
『――ようこそ、先輩たち。待ってたよ』
懐かしく、そして虫唾が走る声が響いた。
メインモニターにノイズが走り、一つの顔が映し出される。
「……カケル」
俺は呻いた。
画面に映っているのは、以前倒したはずのパーカー姿の少年。
『死んだと思った? 残念。これは僕が消滅する直前に仕込んでおいた「遺言プログラム」さ』
カケルの映像が、歪んだ笑みを浮かべる。
『僕が負けた時のために、この要塞の制御システムに僕の人格データを癒着させておいたんだ。……僕のゲームを壊したお礼に、君たちの大切な街を物理的にペチャンコにしてあげようと思ってね』
「死んでも迷惑な奴だな……!」
ミサが睨みつける。
こいつは、自分が消えてもなお、悪意だけで動いている。
怨念の塊のようなプログラムだ。
『さあ、墜ちろ! 王都ごとな!』
ゴゴゴゴゴ……!!
要塞全体が激しく振動し始めた。
モニターの高度計が、急速に数値を下げていく。
地上でのエルーカたちの抵抗を振り切り、重力制御を無視して特攻するつもりだ。
「させるかよッ!」
俺はコンソールに飛びつき、左腕のガントレットからケーブルを射出した。
カチリ、と端子に接続する。
同時に、地下ラボにあるスパコン『アカシック・レコード』との回線をフルオープンにする。
「リリス! 演算リソース全開だ! こいつの制御を奪い返すぞ!」
『了解です、マスター! 敵性プログラムからの干渉、極大! ファイアウォールを展開しつつ、ルート権限をハックします!』
脳内に膨大なデータが流れ込んでくる。
カケルのプログラムは、システムに深く食い込んでいる。まるで癌細胞だ。
これを引き剥がし、制御を取り戻すには、ミリ秒単位の攻防が必要になる。
『無駄だ無駄だ! 僕はこの要塞そのものなんだよ! 排除なんてできるわけ……』
「できるさ。……俺たちが二人ならな!」
俺は叫んだ。
隣では、ミサがタブレットと工具を構えている。
「ミサ! 冷却システムを物理的に遮断しろ! あいつの思考回路を熱暴走させる!」
「任せてください! ……あそこの赤いパイプですね!」
ミサが走り出し、壁際の配管に向かってスパナを投擲した。
カンッ!
正確にバルブに命中し、冷却ガスの供給が止まる。
『あ、熱っ!? な、何をする!』
モニターの中のカケルが苦悶の表情を浮かべる。
処理速度が落ちた。今だ。
「オラァッ! 上書き保存だ!」
俺は左腕のガントレットの物理キーボードを、叩き壊す勢いで連打した。
魔法の力ではない。純粋な電気信号として、俺の書いたコードが要塞の中枢へと流れていく。
カケルのコードを一行ずつ潰し、俺の制御コードに書き換える。
『Target: Fortress_Control_System』
『Owner: Kakeru -> Naoto』
『Permission: Admin』
プログレスバーが伸びていく。
90%……95%……99%……。
『やめろぉぉぉ! 僕の……僕の最高のゲームがあぁぁぁ!』
「ゲームオーバーだ。……成仏しな」
俺はエンターキーを押し込んだ。
ブツンッ。
モニターのカケルの顔がノイズと共に消え、静かな青い画面に切り替わった。
『System Control: Secured.(システム制御:確保)』
『Altitude Stabilized.(高度、安定)』
振動が止まった。
要塞の降下が停止し、ゆっくりと上昇を始める。
「……勝った」
俺はコンソールに崩れ落ちた。
汗だくだ。心臓が痛い。
「先輩! 大丈夫ですか!?」
ミサが駆け寄ってきて、俺の背中をさする。
「ああ。……なんとかな。地上は無事か?」
『はい、マスター。王都への被害は最小限です。二人も無事ですよ』
インカムからリリスの声が届く。
よかった。守りきれた。
俺は顔を上げ、モニターを見た。
要塞の制御権は完全に俺の手にある。
そして、この要塞には「次元転送機能」が備わっている。
「……ミサ。切符は手に入れたぞ」
俺はニヤリと笑った。
「こいつを使えば、あの『次元の狭間』までひとっ飛びだ。……行くか? 神様のところへ」
「はい! ここまで来たら、最後まで付き合いますよ!」
ミサが力強く頷く。
「よし。……リリス、地上班に伝えてくれ。『これからラストダンジョンに行ってくる。土産話を楽しみに待ってろ』とな」
『了解しました。……ご武運を、マスター』
俺は新たなコマンドを入力した。
要塞の転送システムを起動し、ターゲットを「神の領域」へとセットする。




