第71話 地上の総力戦。 〜「みんなで支えれば怖くない!」 物理演算で要塞の落下を食い止めろ〜
王都の上空を覆い尽くす巨大な影。
真っ白な幾何学立体で構成されたその要塞は、ゆっくりと、しかし確実に降下していた。
その底面からは赤い光が漏れ出し、触れた空気を焦がしている。
「……リリス! 一応聞くけど、あれ本体か!?」
地下ラボで、俺はスパコンの物理キーボードを叩きながら叫んだ。
ゲートから溢れ出す天使たちの処理で手一杯だが、空の脅威を無視するわけにはいかない。
『いえ、違います! 解析結果出ました! あれは運営サーバー本体ではありません!』
リリスのホログラムが緊迫した表情で告げる。
『あれは、次元の狭間から転送された「物理削除用ツール」……言わば、巨大な消しゴムです! 王都を物理的に圧し潰し、更地にするためだけに送り込まれた自律兵器です!』
「消しゴムだと……? ふざけた質量しやがって!」
俺は歯噛みした。
運営は自分たちが安全な別次元に引きこもったまま、この世界をリモートで破壊するつもりだ。
「先輩! ゲートの制御が不安定です! 向こう側からの干渉が強すぎて、装置の処理が追いつきません!」
「くそっ、天使どもの数が増えてる! ……エルーカ、レギナ! 聞こえるか!?」
俺はインカムのマイクに向かって叫んだ。
◇
地上。王都中央広場。
そこは既に戦場と化していた。
地下から湧き出た天使の群れが市民を襲い、空からは要塞の重圧が降り注ぐ。
『――エルーカ、レギナ! 空の要塞を食い止めろ! あれが着地したら王都は終わりだ!』
師匠の声が響く。
「了解です! ……って、簡単に言いますけど!」
エルーカは聖剣を一閃させ、目の前の天使を斬り伏せた。
見上げる空には、山脈ほどもある巨大な質量。
あんなものを、どうやって止めるというのか。
「弱音を吐くな、勇者! マスターが『止めろ』と言ったなら、止めるのが私たちの仕事だ!」
レギナが杖を掲げる。
彼女の周囲に展開された数百の氷槍が、空に向かって一斉射出された。
「『氷結弾幕』!」
無数の氷が要塞の底面に突き刺さる。
だが、白い装甲に弾かれ、傷一つ付かない。
「硬い……! それに、重すぎる!」
魔法の衝撃など意に介さず、要塞は降下を続ける。
このままではあと数分で、王都の尖塔が接触し、崩壊が始まる。
「一人じゃ無理なら、全員でやるしかありません!」
エルーカは広場を見渡した。
逃げ惑う人々の中に、見覚えのある顔があった。
冒険者ギルドの面々、衛兵隊、そしてカレンから来た商人たち。
「皆さん! 聞いてください!」
エルーカは瓦礫の上に立ち、聖剣を高く掲げた。
白金の光が、絶望に染まる街を照らす。
「この街は、私たちが守るんです! 逃げても助かりません! 全員で、あの空の化け物を押し返しましょう!」
その声は、魔力に乗って戦場全体に響き渡った。
一瞬の静寂。
そして――。
「……おうよ! 勇者様の言う通りだ!」
「俺たちの街を潰させてたまるか!」
冒険者たちが武器を構え直す。
王宮魔導師団が杖を空に向ける。
さらに、カレンの魔導技師たちが、持ってきた魔導砲やバリスタを急いで設置し始めた。
「よし! 全火力、上空の要塞に集中!」
「撃てぇぇぇぇッ!!」
ドォォォォォォン!!
無数の魔法、矢、砲弾が、逆巻く滝のように空へ昇っていく。
炎、雷、風。
属性の異なる魔力が一点に集中し、要塞の底面で炸裂する。
ズズズッ……!
要塞の降下速度が、わずかに鈍った。
「効いてる! でも、まだ足りない!」
エルーカが歯を食いしばる。
支えることはできても、押し返すには至らない。
「ならば、私が支点を作ろう!」
レギナが前に出た。
彼女は自分の魔力を極限まで練り上げ、地面に杖を突き立てた。
「『世界樹の雫』よ、力を貸せ! 大地より出でよ、氷の巨柱!」
彼女の胸元で、ルナから託された雫の欠片(お守りとして持っていたもの)が輝く。
ゴゴゴゴゴ……!
広場の四方から、太い氷の柱が天に向かってせり上がった。
それは要塞の底面に接触し、ミシミシと音を立ててその重量を受け止める。
「ぐぅ……ッ! 重い……な……!」
レギナの口から血が溢れる。
都市一つを押し潰す質量を、魔力だけで支えているのだ。
「レギナさん! 私も!」
エルーカがレギナの背中に手を当て、自身の聖なる魔力を注ぎ込む。
さらに、周囲の魔導師たちも駆け寄り、次々と魔力を供給していく。
「いけぇぇぇぇッ!」
人々の想いが、物理的な力となって要塞を押し留める。
降下が、止まった。
◇
『マスター! 要塞の降下が停止しました!』
地下ラボで、リリスが叫ぶ。
モニター越しに見る地上の光景に、俺は震えた。
「あいつら……やりやがったな」
エルーカとレギナ、そしてこの街のみんなが、奇跡を起こした。
なら、次は俺の番だ。
「ミサ! あの要塞、内部に転送用の回路があるはずだ! 解析できるか!?」
「やってます! ……ありました! あれ自体が巨大な『魔力回路』です! 内部に次元転送用のビーコンが埋め込まれてます!」
「やっぱりな。あいつは別次元から転送されてきた。……つまり、あいつの中には『向こう側』へのパスが残ってる!」
俺はコンソールに向き直り、キーボードを叩いた。
俺自身のスキルは使えない。
だが、俺たちが作り上げたこのスパコン『アカシック・レコード』は違う。
これは純粋な機械だ。このマシンの演算能力を使って、ゲートの座標設定を物理的に書き換える。
「ターゲット変更! 座標『次元の狭間』への接続を一時中断! 目標、『上空の要塞内部』!」
本来の目的地である「神の領域」への接続は、妨害が強すぎて安定しない。
ならば、一度あの中継地点飛び移り、そこの回線を乗っ取ってから、本拠地へ逆流すればいい。
ハッカーの常套手段、踏み台攻撃だ。
「マシンスペック全開! 演算リソースをすべて座標計算に回せ!」
『Warning: CPU Load 98%...』
スパコンが悲鳴を上げ、冷却ファンが轟音を立てる。
だが、耐えてくれ。お前ならできるはずだ。
「繋がれぇぇぇッ!」
ッターン!!
俺が物理キーボードのエンターキーを叩き割る勢いで押した瞬間。
ゲートから溢れ出していた赤黒い光が、瞬時に鮮やかな青色へと変わった。
天使の放出が止まり、空間が安定する。
『Connection Established to Target "Flying Fortress".(対象「飛行要塞」への接続確立)』
「よし、繋がった!」
俺はインカムのスイッチを入れた。
「エルーカ、レギナ! よく耐えた! ゲートは繋がったぞ!」
『ぜぇ、はぁ……! し、師匠……もう限界です……!』
「十分だ! 今から俺たちがそっちに行く! 要塞の制御を奪って、空へ還してやる!」
「行こう、ミサ。楽しい空の旅だ!」
「はいっ! ……あ、酔い止め飲んでおきます?」
「いらん! 冗談言う余裕があるならまだ大丈夫だな!」
俺たちは青く輝くゲートへと飛び込んだ。
チート能力は封印されたままだ。
だが、俺たちには知識と、仲間と、作り上げた最強の武器がある。
俺たちの姿が光の中に消えると同時に、地下室は静寂を取り戻した。
残されたモニターには、要塞の内部構造図と、赤く点滅する『DANGER』の文字だけが映し出されていた。




