第70話 開かれる扉《ゲート》。 〜神様からの贈り物は、王都を潰す「物理削除ツール(巨大要塞)」でした〜
地下ラボでの仮眠から目覚めると、既に昼過ぎだった。
重い体を起こすと、目の前には安定稼働を続ける巨大な装置――次元ゲート開放装置『アカシック・レコード』が、静かに青い光を放っていた。
「……動いてるな」
俺は眼鏡をかけ、モニターを確認した。
エラーなし。冷却システム正常。魔力供給率は100%で安定している。
昨夜のデスマーチの結晶は、完璧な状態でスタンバイしていた。
「おはようございます、先輩。……顔洗ってきました?」
ミサが濡れた髪をタオルで拭きながら入ってくる。
彼女も少し顔色は悪いが、その瞳にはやる気がみなぎっていた。
「ああ。……いよいよだな」
「ですね。……これを開いたら、もう後戻りはできませんよ」
ゲートを開くということは、運営の領域に土足で踏み込むということだ。
向こうも黙ってはいないだろう。
前回のような「警告」では済まない。全力の排除行動に出るはずだ。
「覚悟はできてる。……みんなもな」
俺が振り返ると、エルーカとレギナが完全武装で待機していた。
エルーカは聖剣を腰に佩き、レギナはいつもの扇子ではなく、禍々しい魔力を秘めた杖を握っている。
「師匠! いつでも行けます!」
「マスター。私の氷結結界で、この拠点を要塞化しておいた。多少の攻撃なら耐えられるはずだ」
頼もしい限りだ。
俺は深く息を吸い込み、メインコンソールの前に立った。
「リリス。座標セット。ターゲットは『次元の狭間・管理領域』」
俺が呼びかけると、コンソールからリリスのホログラムが飛び出した。
今日は彼女も、どこか緊張した面持ちだ。
『座標固定。空間接続シークエンス、準備完了です。……マスター、心拍数が上がっていますよ』
「はっ! 武者震いだ」
俺は震える指先を隠すように、強くキーを叩いた。
このワンキーで、世界が変わる。
「……行くぞ! 次元ゲート、開放!」
ッターン!!
エンターキーを叩き込んだ瞬間、装置が唸りを上げた。
『星の心臓』が眩い光を放ち、膨大な魔力が空間の一点に収束していく。
ブォォォォン……!!
地下室の空気が歪む。
目の前の空間がガラスのようにひび割れ、そこから真っ白な光が漏れ出した。
次元の裂け目だ。
『Connection Established.(接続確立)』
『Gate Opening... 30%... 50%...』
「開いた……! これが、神の領域への入り口!」
ミサが息を飲む。
裂け目は徐々に広がり、人が通れるほどの大きさになっていく。
だが――。
『Warning! Warning! Unauthorized Access Detected!(警告! 警告! 不正アクセスを検知!)』
突如、ラボ中にけたたましい警報音が鳴り響いた。
モニターが赤く染まり、無数の警告ウィンドウがポップアップする。
『Security Protocol Level 5 Activated.(セキュリティレベル5、発動)』
『Target: Illegal User. Execute Immediate Deletion.(対象:不正ユーザー。即時削除を実行)』
「来たか……!」
俺が身構えた瞬間、開いたばかりのゲートの向こう側から、何かが飛び出してきた。
ヒュンッ! ヒュンッ!
それは、光の矢だった。
いや、矢ではない。光で構成された「剣」を持った、純白の翼を持つ人型。
以前、電脳空間で戦った『天使型セキュリティ』だ。
だが、今回はデータ上の存在ではない。
質量を持った、現実の脅威として実体化している。
「キシャアアアッ!」
天使たちが奇声を上げ、狭い地下室を飛び回る。
「させませんっ!」
エルーカが即座に反応し、聖剣を振るう。
一閃。先頭の天使が両断され、光の粒子となって消える。
「数は多いぞ! ミサ、マスターを守れ!」
レギナが氷の障壁を展開し、降り注ぐ光の剣を防ぐ。
次から次へと、ゲートの向こうから天使が湧き出してくる。
まるで、壊れた蛇口だ。
「くそっ、こっちの世界に逆侵攻してきやがった!」
俺はコンソールにかじりつき、ゲートの制御を維持しようとする。
だが、敵のハッキングも激しい。
ゲートを強制的に閉じようとする圧力と、逆に過負荷をかけて爆発させようとする攻撃が同時に来ている。
「先輩! これマズいです! ゲートが不安定になってます!」
「抑えろ! 今閉じたら二度と開かん!」
俺とミサは必死に防衛コードを打ち込む。
だが、絶望は地下だけではなかった。
ズズズズズ……!
地響きと共に、天井からパラパラと埃が落ちてくる。
いや、天井だけじゃない。王都全体が揺れている。
『マスター! 王都上空に、超巨大な魔力反応! これは……!』
リリスが外部カメラの映像をモニターに映し出す。
そこには、信じられない光景が映っていた。
王都の空が、割れていた。
青空を引き裂くように巨大な亀裂が走り、そこから――都市一つを覆い尽くすほどの巨大な『何か』が降下してきていた。
それは、真っ白な幾何学立体で構成された、空飛ぶ要塞。
あるいは、神の鉄槌。
「……『管理者の箱庭』の一部か?」
俺は戦慄した。
運営は、俺たちを消すためだけに、本拠地の一部を切り離して落としてきたのだ。
質量兵器としての「空からの城落とし」。
あんなものが墜ちてきたら、王都どころかこの国が消滅する。
『Notification: Physical Deletion of Area "Royal Capital" will commence in 10 minutes.(通知:エリア「王都」の物理的削除を10分後に開始します)』
無慈悲な宣告。
猶予は10分。
地下からは天使の群れ、空からは巨大要塞。
完全なるチェックメイトだ。
「……ははっ。随分と派手な嫌がらせだな」
俺は乾いた笑いを漏らした。
ここまでされると、逆に清々しい。
向こうも本気ってわけだ。
「師匠! どうしますか!? このままじゃ街が……!」
エルーカが天使を斬り伏せながら叫ぶ。
「……やることは一つだ」
俺は立ち上がり、ガントレットを強く握りしめた。
逃げる場所なんてない。
迎え撃つしかないんだ。
「総力戦だ! エルーカ、レギナ! お前たちは地上へ出て、あの空飛ぶ要塞を食い止めろ! 街の人々を守るんだ!」
「で、でも! 師匠たちは!?」
「俺たちはここで、このゲートを安定させる! 道が繋がれば、俺たちが直接あの中に乗り込んで、中枢を叩く!」
敵が降りてきたなら好都合だ。
わざわざ行かなくても、向こうから出向いてきてくれたんだからな。
「……分かりました! 必ず、守り抜きます!」
「マスター。……死ぬなよ」
二人は頷き、地下室を飛び出していった。
残されたのは、俺とミサ、そしてリリス。
目の前には、依然として天使を吐き出し続ける不安定なゲート。
「さあ、ミサ。俺たちの仕事だ」
俺はキーボードに指を走らせる。
「この暴れ馬、手懐けて、逆に利用してやるぞ」
「はいっ! ……もう、先輩ってば人使い荒いんですから!」
地下と地上。
二つの戦場で、俺たちの最後の防衛戦が始まった。
時間は10分。
世界が消えるか、俺たちが神に届くか。
勝負の時だ。




