第7話 【悲報】俺の脳内メモリ、限界寸前。 〜魔力枯渇(ガス欠)対策に、最強の入力デバイス(武器)を開発します〜
新しい眼鏡の調子はすこぶる良い。
俺は快適なオフィスのデスクで、スライム駆除の報酬を数えながら悦に入っていた。
「……ふぅ。これでようやく人心地ついたな」
これまでは視界のチラつきのせいで、長く起きているだけで頭痛がしていたが、今はクリアだ。
向かいのソファでは、エルーカが不思議そうな顔で俺を見ている。
「師匠。そんなに便利な眼鏡が作れるなら、なんでもっと早く作らなかったんですか?」
もっともな疑問だ。
俺はこの世界に来てから三年ほど経つ。その間、ずっと裸眼でこの過酷な情報量に耐えてきたわけだが――。
「作りたくても作れなかったんだよ。金がなくて」
俺は報酬の金貨をチャリンと鳴らした。
「あのレンズに使った『魔水晶』、あれだけで金貨5枚(約50万円)だぞ? 昨日までの俺の全財産より高い」
「あ……そういえば、師匠はずっと貧乏生活でしたね……」
「失礼な。清貧と言え」
俺は苦笑した。
この三年、俺は田舎の村を転々として、翻訳や代筆の仕事で日銭を稼いでいた。
田舎にはそもそも眼鏡屋なんてないし、魔水晶なんて高級素材も売っていない。
王都に出てきたのはつい先週のこと。
聖剣の件とスライム駆除でまとまった金が入ったから、ようやく設備投資ができたというわけだ。
「それに、これまでは作る必要もなかったんだ」
「必要がなかった?」
「ああ。俺の『管理者権限』はな、使うたびに脳の処理領域を食うんだよ」
俺は眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。
この世界の魔法使いは、体内の「魔力」を消費して魔法を使う。
だが俺の場合、魔力消費はゼロだ。代わりに、世界のソースコードを読み書きするための「精神力」をごっそり持っていかれる。
「田舎にいた頃は、精々『腐ったリンゴを新鮮に戻す』くらいの軽いコードしか書いてなかった。だから裸眼でも平気だったんだが……」
俺はチラリと、キッチンで洗い物をしている銀髪の背中を見た。
「ここ数日、家のリフォームだの、聖剣の書き換えだの、挙句に魔族の再起動だの、重たい処理を連発しただろ? おかげで脳への負荷が限界を超えてたんだよ」
パソコンで動画編集ソフトを何本も立ち上げているような状態だ。
あのまま眼鏡なしで続けていたら、俺の脳みそが焼き切れていたかもしれない。
「なるほど……。師匠の神業には、そんな代償が……」
エルーカが神妙な顔で頷く。
まあ、代償といっても「目が疲れる」「眠くなる」程度のことだが、彼女の中では「命を削って世界を守っている」くらいに脳内変換されていそうだ。訂正するのも面倒なので放っておこう。
「マスター。お茶を淹れたぞ」
タイミングよく、レギナが湯気の立つカップを運んでくる。
彼女もまた、俺の眼鏡姿をじっと見つめた。
「……やはり、良いな。その眼鏡」
「ん? 性能の話か?」
「見た目の話だ。なんというか……『仕事ができる男』の記号的魅力が増幅されていて」
レギナが真顔で言ってくるので、反応に困る。
こいつも大概、独特な感性を持っているな。
「あ、そうだ師匠! 眼鏡も完成したことですし、次は『武器』を作りませんか?」
エルーカが思いついたように提案してくる。
「武器?」
「はい! 師匠はいつも素手じゃないですか。もし魔力が切れた時、身を守る杖や剣があった方がいいと思います!」
確かに一理ある。
管理者権限は強力だが、万能ではない。もし強力なジャミングを受けたり、俺の意識を刈り取るような不意打ちを受けたりしたら、無防備なただのおっさんになってしまう。
護身用の道具。
あるいは、俺の入力を補助してくれる「外部キーボード」のような杖があれば、さらに効率よくコードが書けるかもしれない。
「……悪くない提案だ。どうせなら、俺専用のカスタムメイドを作るか」
俺のエンジニア魂に火がついた。
市販の杖じゃ物足りない。俺の高速タイピングに耐えうる、最高スペックの魔導具を作ろう。
「レギナ、王都で一番いい武器屋を知ってるか?」
「それなら、ドワーフの頑固親父がやっている店が有名だ。腕は確かだが……」
「だが?」
「『魔法使いには武器を売らん』と公言している偏屈な店主でな、門前払いされる可能性が高い」
なるほど。職人気質か。
嫌いじゃない。むしろ、そういう奴の方が話が通じる場合が多い。
「面白そうだ。行ってみるか」




