第68話 灼熱の通電テスト。 〜CPU温度850度!? 冷却水が足りないなら、人力バケツリレーだ!〜
地下ラボに、張り詰めた空気が漂っていた。
部屋の中央に鎮座するのは、高さ3メートル、幅5メートルに及ぶ巨大な黒い金属の箱。
俺たちが血と汗と、そして膨大な資金を注ぎ込んで作り上げた次元ゲート開放装置――通称『アカシック・レコード(仮)』だ。
その表面には無数のミスリル配線が幾何学模様を描き、中心部には『星の心臓』が青白く脈動している。
周囲を取り囲む冷却パイプからは、キンキンに冷えた冷気が漂っていた。
「……準備はいいか?」
俺はメインコンソールの前に立ち、振り返った。
ミサ、エルーカ、レギナ。
そしてボルグ率いるドワーフの職人たちや、カレンの技師たち。
全員が、固唾を飲んで俺を見つめている。
「電圧安定。冷却水循環、正常。……これより、第一次通電テストを行う」
俺の声が地下室に響く。
これはただの起動実験じゃない。この装置が、本当に神の領域へアクセスできるだけの演算能力を持っているかどうかの試金石だ。
「3、2、1……接続!」
ガコンッ!
俺がレバーを下ろすと、重厚な駆動音が鳴り響いた。
『星の心臓』から膨大な魔力が溢れ出し、数千本のケーブルを通って演算チップへと流れていく。
ブゥゥゥゥン……!
低い唸り声のような音が大きくなり、コンソールのモニターに文字列が走り始めた。
『System Booting... Check Memory... OK.』
『Loading Kernel...』
「起動した! OS読み込み開始!」
ミサがタブレットを見ながら叫ぶ。
順調だ。計算通りに行けば、あと数分でシステムが安定稼働に入る。
だが――。
ピピピッ! ピピピッ!
突如、甲高い警報音が鳴り響いた。
モニターの数値が赤く点滅し始める。
「なっ……!? コア温度上昇! 冷却が追いついてません!」
ミサが悲鳴を上げる。
「馬鹿な! 『世界樹の雫』を使った特製冷却水だぞ!? 耐熱テストはクリアしたはずだ!」
俺は計器を睨んだ。
温度グラフが垂直に跳ね上がっている。
原因はすぐに判明した。魔力密度が高すぎて、演算チップの発熱量が想定の3倍を超えているのだ。
『星の心臓』の出力が、俺たちの計算を遥かに凌駕していた。
「あちちっ! おい兄ちゃん! パイプから煙が出てるぞ!」
ボルグが叫ぶ。
見れば、冷却パイプの継ぎ目からシューシューと白い蒸気が噴き出していた。
このままじゃ熱暴走でチップが焼き切れ、最悪の場合、装置ごと爆発する。
「緊急停止するか!?」
カレンの技師が停止ボタンに手をかける。
「待て! 今切ったら、急激な魔力逆流でコアが砕ける! 徐々に出力を落としながら冷やすしかない!」
俺は叫んだ。
ここで止めたら、全てが水の泡だ。あの青い魔石も、苦労して集めた素材も、全部オシャカになる。
「だったら冷やせ! 何がなんでも温度を下げろ!」
「どうやって!? ポンプの出力は最大です!」
「手動だ! 足りない分は人力で回せ!」
俺は指示を飛ばした。
チート能力は使えない。だったら、泥臭くやるしかない。
「エルーカ! 予備ポンプの手動ハンドルを回せ! 循環速度を倍にしろ!」
「は、はいっ! 任せてください!」
エルーカが巨大な鉄のハンドルに飛びつく。
普通なら大人三人掛かりで回すような重いハンドルを、彼女は一人で掴み、全身のバネを使って回し始めた。
「ふんっ! うぅぅぅぅんっ!」
キリキリと音を立ててポンプが回り出す。
冷却水の流れる音が激流のように変わった。
「レギナ! お前は冷却タンクを直接冷やせ! ただし凍らせるなよ、液温を0度ギリギリで保て!」
「無茶を言う! ……だが、やってやる!」
レギナが杖を構え、タンクに向かって氷結魔法を放つ。
繊細な魔力制御。タンクの表面に霜が降りるが、中の液体は凍らせずに冷やし続ける神業だ。
「ボルグ! 蒸気が漏れてる箇所を塞げ! 溶接でもガムテープでも何でもいい!」
「おうよ! 野郎ども、濡れタオル持ってこい! 物理的に冷やすぞ!」
ドワーフたちがバケツリレーを開始する。
冷水を汲んではパイプにぶっかけ、漏れている箇所には濡れた布を巻き付けてハンマーで叩いて塞ぐ。
ハイテク機器の修理とは思えない、原始的な光景だ。
「ミサ! お前は俺とコードの修正だ! 発熱量の高いプロセスを一時的にカットして、負荷を分散させろ!」
「了解です! ……くぅ、熱い! キーボードが焼けてます!」
俺とミサはコンソールにかじりつき、凄まじい速度でタイピングを続けた。
室温は既に40度を超えている。
サウナのような熱気の中で、汗が目に入り、指先が滑る。
『Warning: Core Temp 850℃... Critical...(警告:コア温度850度……危険域)』
モニターの警告が止まらない。
850度。ミスリルの融点はまだ先だが、繊細な回路が保たない。
「エルーカ、もっと回せ! 足りないぞ!」
「うぐぐぐ……! 回ってます! 回してますからぁぁぁ!」
エルーカの腕の筋肉が隆起し、血管が浮き出る。
彼女のドレス(今日は作業着だが)は汗でびっしょりと濡れ、肌に張り付いている。
限界だ。
「マスター……私の魔力も、底が見えてきたぞ……!」
レギナの顔色が青白い。
持続的な冷却魔法は、爆発魔法よりも遥かに魔力を消費する。
あと少し。あと少しでシステムが安定領域に入る。
だが、その「あと少し」が遠い。
「くそっ……! ダメか……!」
温度計の針が、レッドゾーンの終端に触れようとした時。
「どけ兄ちゃん! 最後の一押しだ!」
ボルグが巨大な魔石の欠片――『氷竜の牙』を抱えて飛び込んできた。
それは、今回の組み立てで余った予備パーツだ。
「これを直接タンクにぶち込むぞ!」
「なっ!? そんなことしたら触媒反応で爆発するぞ!」
「しねぇよ! 俺の勘だ! ……やれぇッ!」
ボルグが冷却タンクの蓋をこじ開け、氷竜の牙を放り込んだ。
ジュワァァァァァァッ!!
凄まじい白煙が上がり、視界が真っ白になる。
「うわああああっ!?」
全員が悲鳴を上げ、爆発を覚悟して身を伏せた。
……だが。
爆発は起きなかった。
シュー……という蒸気の抜ける音が響き、やがて静かになった。
恐る恐る顔を上げると、モニターの数値が急速に下がっていくのが見えた。
『Temp: 400℃... 200℃... 80℃... Stable.(安定)』
「……下がった?」
ミサが震える声で言う。
「成功……したのか?」
俺はコンソールを見た。
画面には、静かに明滅するカーソルと、一つのメッセージが表示されていた。
『System Ready. Welcome, Admin.』
起動成功。
システムは正常に稼働している。
「……ははっ」
乾いた笑いが漏れた。
その場にいた全員が、糸が切れたようにその場にへたり込んだ。
「死ぬかと思いました……腕が、腕が上がりません……」
エルーカが大の字になって床に転がる。
「……二度とやりたくない作業だ。今夜は高い酒を要求するぞ、マスター」
レギナが肩で息をしながら、髪をかき上げる。
「ったく、冷や冷やさせやがって。……まあ、結果オーライか」
ボルグが煤だらけの顔でニカっと笑い、親指を立てた。
ドワーフの職人勘、恐るべしだ。
「先輩……。やりましたね」
ミサが俺の隣で、モニターを見つめている。
彼女の顔も汗と煤で汚れていたが、その瞳は達成感に輝いていた。
「ああ。……完成だ」
俺は立ち上がり、黒い巨体を見上げた。
無骨で、継ぎ接ぎだらけで、泥臭い努力の結晶。
魔法だけで作った綺麗な魔導具なんかより、ずっと美しい機械だ。
「こいつで……運営の元へ行くぞ」
「「「おー!」」」
地下ラボに、歓喜の声が響き渡った。
次元ゲート開放まで、あとワンステップ。
俺たちの準備は、整いつつあった。




