第67話 鉄と汗と、職人魂《クラフトマンシップ》。 〜ドワーフの親父と街の技師たちが、最高の「箱」を作ってくれた〜
地下ラボでの開発作業は、順調に進んでいるように見えた。
だが、すぐに物理的な壁にぶち当たった。
「……無理です先輩。これ以上は、手が足りません」
ミサが設計図を指差して嘆く。
問題は、スパコンの『外殻』と、排熱用の『循環パイプ』だ。
これらは高密度の魔力に耐えるため、分厚いミスリルとオリハルコンの合金で作らなければならない。
しかも、ミクロン単位の密閉性が求められる。
「エルーカちゃんとレギナっちのマンパワーにも限界があります。鍛冶仕事の専門家じゃないですし、これだけの量を加工するには、あと一ヶ月はかかりますよ」
一ヶ月。
そんなに時間をかけていたら、運営に気づかれて『削除』されるのが先か、俺たちの過労死が先かという話になる。
「……プロを呼ぶしかないか」
俺は懐から通信機を取り出した。
チート能力は使えないが、これまで築いてきた「人脈」までは封じられていない。
「あー、もしもし。……俺だ。ナオトだ。急な話ですまないが、仕事の依頼だ」
俺は通信機の向こうの相手に、短く要件を伝えた。
相手は一瞬沈黙し、そして豪快に笑った。
『ガハハ! 面白ぇ! 待ってろ、すぐに行く!』
通話を切ると、俺はミサに向かってニヤリと笑った。
「半日待て。……最高の助っ人が来る」
◇
その日の夕方。
「何でも屋」の前に、地響きのような音が近づいてきた。
重厚な荷馬車が数台、土煙を上げて止まる。
「よう! 久しぶりだな、エンジニアの兄ちゃん!」
荷台から飛び降りてきたのは、岩のような筋肉の塊。
立派な赤髭を蓄えたドワーフ、ボルグだ。
「ボルグの親父さん! ちゃんと来てくれたんだな!」
「当たり前だろ! 『世界一硬くて繊細な箱を作りたい』なんて挑戦状叩きつけられて、職人が黙ってられるかよ!」
ボルグはニカッと笑い、荷台を親指で指した。
「ウチの工房の若い衆も連れてきたぜ。全員、腕は確かだ」
ぞろぞろと降りてくるドワーフの職人たち。
彼らは手にハンマーや溶接機を持ち、やる気に満ちた顔をしている。
「それだけじゃないですよ、ナオトさん!」
もう一台の馬車から降りてきたのは、ギルドの顔役だった。
「カレンからも、選りすぐりの細工師と魔導技師を連れてきました。……偽物騒動の恩返しです。何でも使ってください!」
その後ろには、繊細な工具を持った職人たちが控えている。
「みんな……」
俺は胸が熱くなった。
ただの依頼人、ただの取引相手だったはずの人々が、こうして駆けつけてくれた。
「よし! 全員、地下へ! 今日からここが俺たちの工房だ!」
俺の号令で、職人たちが動き出す。
地下ラボが一気に活気づいた。
◇
カンッ、カンッ、カンッ!
ジュウゥゥゥ……!
地下室は、灼熱の工房と化していた。
中央に仮設された炉の周りで、ドワーフたちがミスリルを叩く。
「おい、温度が足りねぇぞ! もっと煽れ!」
「おうよ親方! レギナの姉ちゃん、火力頼む!」
「任せろ。……『獄炎』・極小出力!」
レギナが精密な魔力操作で炉の温度を一定に保つ。
真っ赤に焼けた金属を、ボルグが巨大なハンマーで叩き、形を整えていく。
その横では、カレンの細工師たちが、ミサの指示に従って冷却パイプの接続部を研磨していた。
「ここ、0.1ミリの誤差も許されません! 鏡面仕上げでお願いします!」
「了解! ルーペ持ってこい!」
誰もが汗だくだが、その目は輝いている。
種族も専門も違う者たちが、一つの目的のために技術を出し合う。
そこには、言葉はいらなかった。
「師匠! 資材運び終わりました! 次は何を?」
エルーカが自分の背丈ほどある鉄板を軽々と担いでやってくる。
彼女の怪力は、現場では重機代わりとして大活躍だ。
「ありがとうエルーカ。次はあそこのボルト締めだ。トルクレンチの使い方、教えたよな?」
「はい! カチッとなるまでですね!」
作業は深夜まで続いた。
俺は現場監督として、全体を見回り、指示を出し、時には自ら配線を繋ぐ。
「……ふぅ。一息入れるか」
休憩の合図を出すと、職人たちが座り込み、水やエールを回し飲みする。
「へっ、いい現場だぜ」
ボルグが俺の隣に座り、タオルで汗を拭った。
「兄ちゃん。最初に会った時は、ただのひょろっとした魔法使いかと思ったが……。お前、いい仲間を持ったな」
ボルグが視線を向ける先には、職人たちに果物を配って回るミサやエルーカ、レギナの姿があった。
みんな、疲れているはずなのに笑顔だ。
「……ああ。俺には勿体ないくらいの仲間だよ」
「お前がそういう顔で笑うようになったから、人が集まるんだろうよ。……このデカブツ、何に使うかは知らねぇが、間違いなく凄ぇもんになるぜ」
ボルグが、組み上がりつつある巨大な筐体を叩く。
鈍く黒光りする金属の箱。
まだ心臓部は入っていないが、その威圧感は既に「魔導具」の枠を超えている。
「完成したら、世界がひっくり返るかもしれんぞ」
「ああ。……ひっくり返してやるさ」
俺はボルグと拳を突き合わせた。
魔法によるショートカットはできない。
だが、人の手が生み出す「熱量」は、どんな魔法よりも確かで、強い。
多くの職人たちの魂が込められたこの装置なら、きっと神の領域にだって届くはずだ。
「よし! 休憩終わり! 朝までに外装を組み上げるぞ!」
「おう!!」
野太い歓声が地下室に響く。
鉄と汗と、油の匂い。
それは、世界を救うための、最も泥臭くて美しい「儀式」のようだった。




