第66話 地下ラボの設立。 〜魔法禁止なので、スパコンの基盤を手作業(DIY)でハンダ付けします〜
ルナを『久遠の揺り籠』に送り届けてから、数日が経った。
王都に戻った俺たちの拠点、「何でも屋」の朝は、以前よりも少しだけ静かだった。
「……おはようございます」
ミサが眠そうな目を擦りながらリビングに入ってくる。
テーブルには朝食が並べられているが、いつもの席――俺の隣や、ミサの膝の上には、小さな銀髪の少女の姿はない。
「……静かですね」
ミサがポツリと呟く。
エルーカもレギナも、口には出さないが、ふとした瞬間に視線がルナのいた場所を探してしまっているのが分かる。
心にぽっかりと穴が空いたような喪失感。
あの子はもう、俺たちの「日常」の一部だったんだな。
「……湿っぽい顔するなって」
俺はコーヒーを飲み干し、カップを置いた。
寂しいのは俺も同じだ。だが、立ち止まっている暇はない。
約束したからな。世界を直して、また迎えに行くって。
「よし、始めるぞ。……『次元ゲート開放装置』建造計画だ」
俺は立ち上がり、リビングの奥にある地下室への扉を開けた。
かつては物置として使われていた、埃っぽい地下空間。
ここを、世界を救うための前線基地――俺たちの「秘密基地」に改造する。
◇
地下室に降りると、ひんやりとした空気が肌を刺す。
俺は作業台の上に、広げたばかりの設計図を置いた。
ミサが徹夜で書き上げた、渾身のブループリントだ。
「資金は十分。素材も揃ってる。問題は……」
「『加工手段』ですね」
ミサが腕組みをして溜息をつく。
「ルナちゃんがいなくなったから、私も先輩もチート能力が使えません。つまり、ミクロン単位の精密加工も、複雑な回路の書き込みも、全部『手作業』でやらなきゃいけないってことです」
これまでは「管理者権限」で念じるだけで物質を整形できた。
数秒で終わっていた作業が、数時間、いや数日かかることになる。
だが今は、運営の監視がある。魔法を使ったショートカットは許されない。
「フン。要は、職人の腕が試されるということだな?」
レギナが袖をまくり上げる。
彼女は魔法が専門だが、その魔力制御技術は繊細な作業にも応用できるはずだ。
「私も手伝います! 力仕事なら任せてください!」
エルーカも張り切っている。
頼もしいが、スパコンの基盤作りは力仕事じゃないんだよな……。まあ、資材運搬には大いに役立ってもらおう。
「まあ、やるしかない。……ミサ、設計図のUIはどうなってる?」
「バッチリです! 先輩がバックエンドの論理回路を組んでくれれば、私が配線の最適化と筐体デザインを仕上げます。……魔法が使えなくても、CADくらいなら自作のアナログ定規で代用できますから!」
ミサが製図道具(自作)を取り出す。
定規、コンパス、そして魔導インクを使った手書きの図面。
前世で培った技術は、魔法がなくても錆びつかない。
「よし。まずは地下室の拡張と、冷却システムの設置だ。ここを冷やさないと、スパコンが熱暴走して俺たちが蒸し焼きになる」
俺たちは作業に取り掛かった。
◇
カンッ、カンッ、カンッ!
ジジジジッ……!
地下室に、ハンマーの音と溶接の火花が散る。
魔法を使わない、泥臭いDIY作業だ。
「エルーカ! その『耐熱ミスリル板』、もっと右だ! 水平を保ってくれ!」
「は、はいっ! ……くぅぅ、重いですこれ!」
エルーカが畳一畳分もある巨大な金属板を、体一つで支えている。
普通の人間なら持ち上げることも不可能な重量だが、さすがは勇者だ。
「師匠! 硬すぎて曲がりません!」
「力任せにやるな! 素材が死ぬ!」
俺は指示を飛ばす。
ミスリルは魔力伝導率は高いが、加工難易度も高い。冷間加工なんて不可能だ。
「レギナ、火力調整頼む! 1200度で一点集中だ!」
「承知した。……これくらいか?」
レギナが指先から小さな、しかし青白く輝く高温の炎を出す。
彼女たちの魔法は「現地の理」だから、運営の監視には引っかからない。これが唯一の救いだ。
「よし、今だ! 叩け!」
熱せられたミスリルを、エルーカがハンマーで叩く。
カンッ! という澄んだ音が響き、頑強な金属が飴細工のように曲がっていく。
「ふぅ……。なんとか形になったな」
数時間後。地下室の一角に、巨大な冷却タンクと、その周りを取り囲むような金属フレームが組み上がった。
中には『ヒート・スライム』から採取した耐熱素材を裏打ちし、『世界樹の雫』を触媒にした冷却液が満たされる予定だ。
だが、本当の地獄はここからだった。
「……先輩。これ、どうなってるんですか?」
ミサが、床に散乱する無数のケーブルを見て絶望的な声を上げた。
『古代の演算チップ』を繋ぐための魔力伝導ケーブル。その数、数千本。
それらが床でのたうち回り、絡まり合い、巨大な知恵の輪と化している。
「先輩、こっちの配線、スパゲッティ状態ですよ! 誰ですか、こんな適当に繋いだの!」
「悪ぃ、俺だ。とりあえず仮組みで通電テストしようと思って……」
「もう! ラベリングくらいしてくださいよ! これじゃメンテナンスできません!」
ミサが怒るのも無理はない。
前世のサーバー室でも、配線の汚さはトラブルの元凶だった。
どれが電源で、どれが信号線か分からないケーブルの山。それを一本ずつ解きほぐす作業は、精神修行に近い。
「私がやります! 先輩はチップの調整やっててください!」
ミサが座り込み、凄まじい手際でケーブルを捌き始めた。
絡まり合った線を瞬時に解き、機能ごとに色分けし、結束バンド(革紐で代用)で美しく纏めていく。
その手つきは芸術的ですらあった。
「……すげぇな。この『整頓能力』こそ、俺に欠けているスキルだ」
「感心してないで手動かしてください! 納期は待ってくれないんですからね!」
俺は苦笑して、手元の基盤に向き直った。
ここからは精密作業だ。
指先ほどの小さな魔石に、髪の毛より細いミスリル線をハンダ付けしていく。
ルーペ越しに見る世界。息をするのも忘れるほどの集中力。
ジジッ……。
魔導ハンダが溶け、回路が繋がる。
一つのミスも許されない。一本でも配線を間違えれば、スパコンは起動しない。
「……ふぅ。今日はここまでか」
俺は汗を拭い、腰を下ろした。
魔法なら一瞬で終わる作業に、丸一日かかった。
体はボロボロだ。指先は痺れ、目は霞んでいる。
だが、その分愛着も湧く。自分の手で、一つ一つ組み上げたという実感。
「見てください師匠。なんか……秘密基地っぽくてカッコいいですね!」
エルーカが目を輝かせる。
無骨な金属の柱、剥き出しの配線、そして中央に鎮座する青い魔石『星の心臓』。
男の子(と一部の女の子)のロマンが詰まった空間だ。
「そうだな。……ここから、神様の居場所への扉を開くんだ」
俺は魔石を見つめた。
この石のエネルギーを制御し、次元の壁に穴を穿つ。
その演算を担う「頭脳」の完成まで、あと少し。
「……ねえ、先輩」
休憩中、ミサがコーヒーを持って隣に座った。
彼女の指先も、作業で少し荒れていた。絆創膏が貼られている。
「ん?」
「もし、このゲートが開いたら……私たちはどうなるんでしょうね」
ミサの声には、少しの不安が混じっていた。
神の領域へ踏み込む。それは、二度と戻れないかもしれない戦いの始まりだ。
運営に見つかれば、今度こそ完全に消去されるかもしれない。
「……分からん。だが、やるしかないだろ」
俺はコーヒーを受け取り、一口飲んだ。
苦い。だが、温かい。
「そうですね。……ルナちゃんとの約束、守らなきゃいけませんもんね」
ミサは微笑んだ。
その笑顔を見て、俺は改めて思った。
こいつらがいてくれて良かった、と。
チートがなくても、魔法がなくても。このチームなら、どこへだって行ける気がする。
「よし! 休憩終わり! 次は基盤の冷却ファンの取り付けだ!」
「えぇーっ、また細かい作業ですかー! もう目がショボショボするのにー!」
「文句言うな。お前の手先の器用さが頼りなんだよ」
「……もう。しょうがないなぁ」
ミサが立ち上がり、工具を手に取る。
俺たちは再び作業に戻った。
カンッ、カンッ、ジジジジッ……。
地下ラボに響く、賑やかな音。
それは、世界を救うための「希望」を組み立てる音だった。
こうして、次元ゲート開放装置『アカシック・レコード(仮)』は、少しずつ、けれど確実に形作られていった。




