第62話 莫大な報酬と、北の果ての絶対不可侵領域。 〜目指すは「久遠の揺り籠」。星霊種の迷子を送り届けろ〜
偽造品騒動から一夜明けた、商業都市カレン。
街は朝から活気に満ちていた。
俺の「DRM」魔法によって全ての偽物が泥に戻ったことで、市場には本物の商品だけが並び、商人たちも客も、安堵の表情で取引を行っている。
俺たちは、商人ギルドの応接室に通されていた。
「いやぁ、本当に助かったぜナオトさん! あんたのおかげでカレンの信用は守られた!」
ギルドの顔役である男が、豪快に笑いながらテーブルを叩いた。
目の前には、ドンッ! と重そうな音を立てて置かれた大きな革袋。
中には、目が眩むほどの金貨がぎっしりと詰まっている。
「約束の報酬、金貨5000枚だ。それと、ガリウスの工房から押収した素材の一部も、あんたらに譲るぜ」
「……随分と弾むな。これじゃあ、ギルドの金庫が空になるんじゃないか?」
俺が少しからかうように言うと、顔役はニカっと歯を見せた。
「なに、安いもんさ! あのまま偽物が出回ってたら、この街の経済は破綻してた。それに、あんたが導入してくれた『本物が光る魔法』のおかげで、鑑定の手間が省けると評判なんだ。これからの利益を考えれば、お釣りが来るよ」
なるほど。俺の施したシステム改変が、そのまま街のインフラとして機能しているわけか。
エンジニア冥利に尽きる話だ。
「ありがたく受け取っておくよ。……これで、俺たちの目的も達成できそうだ」
俺は革袋の重みを感じながら頷いた。
次元ゲートを開くための『スーパーコンピューター』構築費用、金貨5000万枚。
途方もない額だったが、これまでの旅で回収した「塔のジャンクパーツ」や「魔物素材」で、既に資材の7割は確保できている。
残りの3割の精密な冷却システムや配線周りの消耗品代として、この5000枚があればかなり足しになる。購入する素材さえ厳選して、ガリウスの素材も合わせれば必要な残りの費用は2割程度まで抑えられるかもしれない。
「そいつはよかった。……もう行くのか?」
「ああ。まだ寄らなきゃいけないところがあってな」
俺は膝の上に座っているルナの頭を撫でた。
ルナは人見知りをして、俺のコートに顔を埋めている。
「そうか。寂しくなるが……あんたらなら大丈夫だろう。またいつでも寄ってくれ!」
顔役と固い握手を交わし、俺たちはギルドを後にした。
◇
街の出口には、整備を終えた魔導ワゴン車『ハイエース改』が待機していた。
朝日を浴びて黒いボディが輝いている。
「お待たせしました先輩! オイル交換、タイヤの空気圧調整、全部バッチリです!」
運転席からミサが顔を出し、親指を立てる。
作業着のツナギを着た彼女は、すっかりメカニックの顔だ。
「よし。全員乗りこめ!」
エルーカとレギナが荷物を積み込む。
大量の水と保存食、そして毛布。これから向かう場所の環境を考えれば、準備しすぎるということはない。
全員の乗車を確認し、ミサがエンジンを始動させる。
重低音が響き、車体がフワリと浮き上がった。
カレンの街門をくぐり抜け、俺たちは北へと続く街道を走り出した。
目指すはルナの故郷『久遠の揺り籠』だ。
車内で、レギナが地図を広げながら難しい顔をした。
「……マスター。改めて確認するが、本当に『久遠の揺り籠』に入るつもりか?」
「ああ。そのためにここまで来たんだろ。そんなにヤバい場所なのか?」
「ヤバいなんてものではない」
レギナが深いため息をつく。
元魔王軍幹部の彼女がここまで警戒するのは珍しい。
「あそこは『精霊の森』と呼ばれているが、実態は『異界』に近い。そこに住まうのは、世界のマナそのものから生まれたと言われる高位種族『星霊種』だ」
「ルナの種族だろ?」
「うむ。この世界でもかなり高位な種族だ」
彼女は地図の北端、白く塗られた山脈地帯を指差した。
「森の周囲には、強力な『認識阻害結界』が張られている。許可なき者が近づくと、無意識のうちに方向感覚を狂わされ、絶対に森にたどり着けないようになっているのだ。かつて魔王軍が侵攻を試みた際も、軍勢の半分が『気づいたら反対方向に歩いていた』という報告があるほどの鉄壁だ」
「へぇ……。IPアドレス制限みたいなもんか」
俺はエンジニア的な解釈をした。
特定の認証キーを持たないパケットを、ゲートウェイで弾いてリダイレクトさせている状態だ。
物理的な壁があるわけじゃなく、認識そのものをハックされるセキュリティ。これは厄介だ。
「先輩、大丈夫なんですか? 私たち、招待状なんて持ってませんよ?」
ミサがバックミラー越しに不安そうな視線を向けてくる。
「大丈夫だ。俺たちには『管理者パス』がある」
俺は膝の上のルナを撫でた。
「な、ルナ?」
「ん。……わたしがいれば、だいじょうぶ。おうちの扉、あけてあげる」
ルナが胸を張る。
彼女自身が、あの森にとっての「認証キー」そのものだ。
彼女が一緒なら、セキュリティゲートはフリーパスになるはずだ。
「それにしても……」
エルーカが窓の外を見つめる。
北へ進むにつれて、景色は緑豊かな平原から、荒涼とした岩肌へ、そして白い雪景色へと変わり始めていた。
気温も下がり、窓ガラスが白く曇り始めている。
「ルナちゃんは、どうしてあんな厳重な森から出ちゃったんですか? 星霊種って、森から出ないんですよね?」
エルーカの素朴な疑問に、ルナが少し恥ずかしそうに口を開いた。
「……ちょうちょ、おいかけたの」
「ちょうちょ?」
「うん。きれいな銀色のちょうちょが、森のそとに飛んでいって……おいかけたら、いつのまにか結界のそとに出てて、かえりみち、わかんなくなっちゃった」
「……なるほど。迷子か」
俺は苦笑した。
どんなに厳重なセキュリティも、内側からの「予期せぬ流出」には弱かったってわけか。
そして森の外に出たところを、運悪く奴隷商人の手下か何かに捕まってしまったのだろう。
希少な『星霊種』ともなれば、闇オークションで高値がつくのも頷ける。
「怖かったな。もう大丈夫だぞ。もうすぐ帰れるからな」
「ん。……ナオトがいるから、へいき」
ルナが俺の服を握りしめる。
この子の笑顔を守るためにも、絶対に送り届けなきゃな。
◇
夜になり、吹雪が強くなってきたため、俺たちは風除けになる岩陰で野営をすることにした。
車内泊でもいいが、気分転換も兼ねてミサが改造した『魔導テント』を展開する。
「う~っ、寒いです!」
エルーカが焚き火に手をかざす。
鍋の中では、カレンで仕入れた野菜と肉を煮込んだシチューがグツグツと音を立てていた。
「温かいシチュー、染みますねぇ……」
「うむ。やはり寒い場所で食う飯は格別だ」
ハフハフと熱いシチューを頬張る二人。
ルナも、俺の隣で小さなスプーンを一生懸命動かしている。
「ナオト、おいしい」
「そうか。いっぱい食えよ」
俺はルナの口元についたシチューを拭ってやった。
ふと空を見上げると、雪雲の切れ間から、美しい光のカーテンが揺らめいているのが見えた。
「あっ! 見てください師匠! オーロラです!」
エルーカが指差す。
緑と紫の光が、夜空を幻想的に彩っていた。
北の果てが近い証拠だ。
「綺麗……。なんか、ゲームのイベントシーンみたい」
ミサが呟く。
「先輩。あそこに行けば、ルナちゃんともお別れなんですよね」
「……ああ」
俺は静かに頷いた。
ルナを送り届ける。それがこの旅の目的だ。
だがそれは同時に、俺たちの「無敵状態」の終わりも意味している。
ルナがいなくなれば、再び運営の監視下に戻る。
その時、俺たちは神に勝てるのか。
(……覚悟を決めなきゃな)
俺の眼鏡のHUDには、前方から漂う異常な魔力数値が表示されていた。
『Warning: High Density Mana Zone Ahead.(警告:前方、高濃度マナ領域)』
ここから先は、人の領域ではない。
神の庭、星の記憶が眠る場所。




