第58話 市場に溢れるコピー商品。 〜「テクスチャ詐欺」の偽物を掴まされたので、返品《クレーム》に行きます〜
商業都市カレンの朝は早い。
仲直りしたエルーカとレギナ、そしてミサと共に、俺たちは市場へ繰り出していた。
目的は、次元ゲートを開くための機材――『冷却用パイプ』や『魔力伝導ケーブル』の買い出しだ。
「わぁっ! 見てください師匠! 『幻の虹色リンゴ』が売ってますよ!」
エルーカが屋台の前で目を輝かせる。
そこには、宝石のように輝くリンゴが山積みになっていた。
「へぇ、珍しいな。市場価格の半額か。……お買い得だな」
「でしょう? ルナちゃんにも食べさせてあげたいです!」
俺たちはリンゴを一袋購入し、さらに奥の魔導具街へと向かった。
◇
「……安い。安すぎる」
魔導具街の路地裏にあるパーツショップ。
俺は陳列棚に並ぶ『高純度ミスリル線』を手に取り、眉をひそめた。
通常なら金貨1枚はする代物が、銀貨数枚で投げ売りされている。
「オヤジ、これ本物か?」
「へへっ、もちろんでさぁ! 独自のルートで仕入れた極上品ですよ!」
店主の男が揉み手ですり寄ってくる。
見た目は完璧だ。魔力も感じる。
だが、俺のエンジニアとしての直感が警鐘を鳴らしていた。
『うまい話には裏がある』。それは異世界でも変わらない真理だ。
「先輩、どうします? これだけあれば、配線周りは全部賄えますけど」
ミサが小声で相談してくる。
「……とりあえず、サンプルとして一本だけ買う。テストして問題なければ買い占めよう」
俺は慎重を期して、ミスリル線を一本だけ購入した。
◇
買い物を終え、俺たちは広場のベンチで休憩することにした。
「さあルナちゃん、リンゴですよー! 私が皮をむいてあげますね!」
エルーカが張り切ってナイフを取り出し、さっき買った『虹色リンゴ』に刃を立てた。
スカッ。
奇妙な音がして、ナイフが空を切った。
「え?」
エルーカの手元を見る。
彼女が持っていたはずのリンゴが、煙のように消え失せていた。
後に残ったのは、ただの茶色い土塊だけ。
「な、なんですかこれ!? リンゴが土になっちゃいました!」
「……まさか」
俺は嫌な予感がして、懐からさっき買った『ミスリル線』を取り出した。
銀色に輝いていたはずのワイヤーは、ボロボロに錆びついた鉄屑に変わっていた。
「……やられた」
俺は鉄屑を握りつぶした。
「これ、全部『偽物』だ」
「偽物……? でもマスター、さっきまでは確かに魔力を感じたぞ。幻術にしては精巧すぎた」
レギナが不思議そうに言う。
「幻術じゃない。『テクスチャ詐欺』だ」
俺は眼鏡の解析モードを起動し、鉄屑に残った魔力の痕跡を追った。
『Analysis: Texture Cache Expired.(解析:テクスチャ・キャッシュの期限切れ)』
「やっぱりな。中身はただのゴミや土だ。その表面に、本物の『外見データ』と『魔力波長』だけを薄く貼り付けていたんだよ」
パソコンで言えば、ウェブサイトの画像を一時的に保存する『キャッシュ』のようなものだ。
本物そっくりに見えるが、実体はない。
時間が経ってキャッシュの有効期限が切れた瞬間、元のゴミに戻ったのだ。
「ひどいです! 楽しみにしていたリンゴが泥だなんて!」
エルーカが憤慨する。
ルナも、がっかりしたように項垂れている。
「……許せねぇな」
俺は静かに怒った。
子供の純粋な期待を裏切るような真似は、俺の流儀に反する。
それに、こんな粗悪品が出回れば、俺たちが本当に必要な機材を集めるのにも支障が出る。
「ナオトさん!?」
その時、息を切らせて走ってきたのは、この街の商人ギルドの顔役だった。
以前、依頼で助けた行商人のツテで知り合った男だ。
「ちょうど良かった! あんたがいてくれたのは神の助けだぜ! 大変なんだ! 今朝から、市場のあちこちで『商品がゴミに変わった』という苦情が殺到している! 信用問題に関わる大惨事だ!」
「……ああ、俺たちも被害者ですよ」
俺は手のひらの鉄屑を見せた。
「お願いだ、ナオトさん! このふざけた偽物騒動の犯人を突き止めてくれ! 報酬は弾む!」
顔役が頭を下げる。
渡りに船だ。
「引き受けましょう。……俺たちも、これじゃあ買い物ができないんでね」
俺は立ち上がり、仲間たちを振り返った。
「全員、仕事だ。この街に蔓延る『バグ商品』を一掃するぞ」
「了解です! 私のリンゴを返してもらいます!」
「偽物を掴まされるとは、元四天王の沽券に関わる。徹底的にやるぞ」
エルーカとレギナが気合を入れる。
「先輩、解析はお任せを。この偽造コードの『発信元』、逆探知してみせます!」
ミサがタブレットを展開する。
「ルナ。……悪いな、おやつはお預けだ」
「ん。……わるいひと、めっする」
ルナが俺の首に腕を回す。
最強のセキュリティホールがいれば、俺の「解析眼」は街全体をスキャンできる。
「行くぞ。犯人の尻尾を掴んで、返品の嵐を叩きつけてやる」




