第57話 夕暮れの川辺と、不器用な仲直り。 〜アナログな温もりも、効率的な魔法も、どっちも大事なんだよ〜
レギナの機嫌を直した俺は、酒場を出て大通りに戻った。
夕暮れが迫り、街は茜色に染まり始めている。
「……マスター。ポンコツ勇者なら、あっちの方へ行ったぞ」
レギナが顎で示したのは、街の外れを流れる運河沿いの道だ。
「ああ、ありがとう。……一緒に行かないか?」
「いや、遠慮しておこう」
レギナは腕を組み、建物の壁に背中を預けた。
「私が今顔を出せば、あやつは意固地になるかもしれん。……まずはマスターが話を聞いてやってくれ。私はここから見守らせてもらう」
さすが元幹部、状況判断が的確だ。というか、さっきデレデレだった反動で少し照れくさいのかもしれない。
俺は彼女に感謝の目配せをして、運河の方へと歩き出した。
◇
運河沿いの手すりに、小さな背中があった。
エルーカだ。
彼女は川面を流れる落ち葉を、ぼんやりと眺めていた。
「……エルーカ」
俺が声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせ、慌てて涙を拭う仕草をして振り返った。
「し、師匠!? どうしてここが……」
「なんとなくな。隣、いいか?」
俺は返事も待たずに、彼女の隣の手すりに肘をついた。
川面には、夕日が反射してキラキラと輝いている。
「……ごめんなさい、師匠」
しばらくの沈黙の後、エルーカが消え入りそうな声で言った。
「私、子供でした。レギナさんの言う通り、魔法でパパッと綺麗にした方が効率的なのに……変なこだわりを押し付けて、迷惑かけちゃいました」
彼女は俯き、自分の手をぎゅっと握りしめる。
その指先は、冷たい川水で洗濯をしたせいか、少し赤くなっていた。
「迷惑なんかじゃないさ」
俺は言った。
「俺はエンジニアだろ? 効率化や自動化は大好物だ。だから、レギナの魔法が便利なのはよく分かる」
「……はい」
「でもな、エルーカ」
俺は彼女の方を向き、その頭にポンと手を置いた。
「俺は、お前の手洗いのシャツも好きなんだよ」
「え……?」
エルーカが顔を上げる。サファイアのような瞳が揺れている。
「魔法で洗った服は確かに綺麗だ。無機質なほどにな。でも、お前が洗ってくれた服には、なんていうか……『生活の匂い』がするんだよ」
太陽の匂い。石鹸の香り。そして、少し不器用だけど一生懸命な温かさ。
前世の独身生活では味わえなかった、誰かが自分のために時間を使ってくれたという実感。
「俺みたいな枯れたおっさんには、そういうアナログな温もりが染みるんだよ。……だから、ありがとうな」
「師匠……ッ!」
エルーカの瞳から、ポロポロと涙が溢れ出した。
彼女は俺の胸に飛び込み、顔を埋める。
「うわぁぁぁん! 私、私……師匠に喜んでほしくて……でもレギナさんに馬鹿にされて、悔しくて……っ!」
「よしよし。分かってるよ」
俺は彼女の背中を優しく叩いた。
勇者として強くあれと育てられ、誰にも甘えられなかった少女。
そんな彼女が、ただの女の子として俺のために尽くしてくれている。それが嬉しくないわけがない。
しばらく泣いて、エルーカが落ち着いた頃。
コツ、コツ、とヒールの音が近づいてきた。
「……泣き虫勇者が。いつまでマスターの胸で鼻水を垂らしているつもりだ」
レギナだ。
少し離れた街灯の下から、呆れたような、でも優しい顔でこちらを見ていた。
「レ、レギナさん……!?」
エルーカが慌てて俺から離れ、顔を赤くする。
「見てましたか!?」
「ああ。特等席でな」
レギナはふっと笑い、エルーカに歩み寄った。
そして、懐から綺麗なハンカチを取り出し、差し出した。
「ほら、拭け。顔がぐしゃぐしゃだぞ」
「……うぅ。ありがとうございます……」
エルーカがハンカチを受け取り、鼻をかむ。
レギナはそれを見届け、俺の方を見た。
「マスターの言う通りだ。……私も、言い過ぎた」
彼女は少しバツが悪そうに視線を逸らす。
「貴様の手間暇をかけたやり方を、否定するつもりはなかったのだ。ただ、その……マスターの世話を独占されているようで、少し妬いただけだ」
「レギナさん……」
エルーカが目を見開く。
あのプライドの高いレギナが、素直に嫉妬を認めて謝ったのだ。
「私も、ごめんなさい! レギナさんの魔法が凄いのは分かってたのに、意地になっちゃって……」
「フン。分かればいい。……今後は、洗濯は当番制にするか?」
「はい! あ、でもアイロン掛けはレギナさんの魔法の方が上手なので、そこはお願いします!」
「よかろう。その代わり、仕上げの香り付けは貴様に任せる」
二人は顔を見合わせ、小さく笑い合った。
雨降って地固まる、とはこのことか。
俺は安堵の息をついた。
「せんぱーい。 ここでしたかー」
そこへ、空気を読まない明るい声が響いた。
ミサだ。片手にクレープを持ち、ルナの手を引いて走ってくる。
「もう、探しましたよ! ……って、あれ?」
ミサは俺たちの雰囲気を見て、ニヤニヤとし始めた。
「なになに~? 夕暮れの川辺で青春ごっこですか? いい雰囲気ですね~ヒューヒュー!」
「なっ!? ち、違いますミサさん!」
「茶化すな。真面目な話をしていたのだ」
エルーカとレギナが慌てて否定するが、その顔は赤い。
「ナオト、なかなおりした?」
ルナが俺の裾を引っ張って見上げる。
「ああ。もう大丈夫だ」
「よかった。……これ、あげる」
ルナが差し出したのは、半分になったたい焼きだった。
「おみやげ。みんなでたべる」
その健気な気遣いに、全員の表情が緩む。
「ありがとう、ルナちゃん! ……ふふっ、これじゃあ、また喧嘩できませんね」
「そうだな。この子の前で恥ずかしい姿は見せられん」
俺たちは笑い合い、夕焼けに染まる街を並んで歩き出した。
小さな喧嘩と、不器用な仲直り。
そんな些細な出来事が、俺たちの絆を少しだけ強くしたような気がした。
そして同時に、こいつらを守ってやりたいとも強く思うようになった。




