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【完結】『異世界の管理者権限(アドミン) 〜バグだらけの世界を「仕様変更」して無双する。最強の相棒(UI担当)と組んで、物理キーボードで神様をハッキングしました〜』  作者: 文月ナオ
第二章 ウイルス・スキャンとスパムダンジョン

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第56話 洗濯の流儀と、ハーレム・マネジメント。 〜「手洗い派」vs「魔法派」の喧嘩を仲裁せよ〜


 北への旅路の中継地点、商業都市『カレン』。

 活気あふれる市場の一角で、とんでもない冷気が渦巻いていた。


 原因は、俺の目の前で睨み合っている二人……。


「……信じられません! レギナさん、師匠のシャツをなんだと思ってるんですか!?」


 エルーカが、洗濯したての俺のシャツを握りしめて抗議する。


「貴様こそ、非効率極まりない。手作業でゴシゴシ洗うなど、生地が傷むだろうが」


 レギナが冷ややかな視線で返す。

 二人の間には、バチバチと火花が見えるような険悪な空気が流れていた。

 周囲の通行人が、怯えて遠巻きに避けていく。


「……喧嘩すんなよ……」


 俺がおずおずと声をかけるが、二人は聞く耳を持たない。

 ヒートアップした女性陣の迫力は、魔王よりも恐ろしい。


「そんなこと言ってないで止めてくださいよ先輩」


 隣でミサが、我関せずといった顔で棒付きキャンディを舐めている。


「お前が止めてくれよ。同じ女同士として」


「日本だったらそれ、女性蔑視になりますよ? 『女なら仲裁が得意だろ』みたいな偏見」


「お前はフェミニストじゃないだろ。それにここ日本じゃないし」


 俺たちがコソコソ話している間にも、事態は悪化していく。

 エルーカが聖剣の柄に手をかけ、レギナの周囲温度が絶対零度まで下がる。


「けんか……だめ。ナオト……」


 俺の足元で、ルナが不安そうに俺のコートを引っ張った。

 まずい。子供に気を使わせている。


「うーん……どうしたもんかなぁ」


 俺が頭を抱えると、ミサがニヤニヤしながら言った。


「先輩、これは試練だと思いますよ。いい機会です。一夫多妻を受け入れるなら、これくらいの喧嘩、仲裁できなくちゃ先が思いやられますよ?」


「うーむ……」


 正論すぎて反論できない。

 複数のパートナーを持つということは、こういう人間関係の摩擦を調整し続けるということだ。

 バグ取りよりも難易度が高いぞ。


 俺が躊躇している間に、二人の口論は決定的な局面を迎えた。


「もういいです! レギナさんなんてわからず屋! 絶交です!」


 エルーカが叫び、踵を返す。


「フン。こちらから願い下げだ。所詮は育ちの悪いポンコツ勇者か」


 レギナも吐き捨て、反対方向へと歩き出す。


「あっ……」


 二人はそのまま、別々の方角へとスタスタ歩いて行ってしまった。

 残されたのは、俺とミサ、そしてルナだけ。


「行っちゃいましたけど」


「はぁ……」


 俺は深くため息をついた。

 最悪だ。パーティ解散の危機じゃないか。


「どうすんですか? 何でも屋存続の危機ですよ」


「……そもそも、あいつら何で喧嘩してたんだ?」


 俺はミサに尋ねた。

 言い争いが始まった時、俺は車の整備をしていて最初を聞いていなかったのだ。


「ああ、それですか」


 ミサはキャンディを噛み砕き、呆れたように説明した。


「『先輩のシャツの洗い方』ですよ」


「……は?」


「エルーカちゃんは『愛情込めて手洗いして、お日様の下で干すのが一番! お日様の匂いがするシャツを師匠に着てほしい!』って主張」


「……ふむ」


「対してレギナっちは『洗浄魔法クリーンで汚れを分子レベルで分解し、風魔法で瞬間乾燥させ、アイロン魔法で折り目正しく仕上げるのが至高。シワ一つないシャツこそマスターに相応しい』って主張」


「……そんなしょうもないことで……」


 俺は脱力した。

 どっちでもいいわ。洗ってくれるだけで感謝しかないわ。


「先輩にとってはしょうもないことでも、本人には大切なことなんですよ。自分の『尽くし方』を否定された気がして、だから怒れてきちゃうんです」


 ミサがやれやれと肩をすくめる。

 乙女心というのは、かくも複雑で面倒くさいものなのか。


「……で、どっちから行くべき? エルーカ? レギナ?」


 俺が助けを求めると、ミサはプイッと顔を背けた。


「知りませーん。そんなの自分で決めてください。……私、巻き込まれるの御免ですし」


 冷たい。

 さっきまで「試練だ」とか言ってたのに。


「ケーキ食べに行こルナちゃん」


「ん。ケーキ、たべる。いちごの」


 ミサはルナの手を引いて、さっさとカフェの方へ歩き出してしまった。


「あ、おい……!」


 置いていかれた。

 完全に孤立無援だ。


「まあ……やるだけやってみるか……」


 俺は二人が消えた方向を交互に見た。

 右にはエルーカ、左にはレギナ。


 まずは取っつきやすいエルーカからいくか?

 あいつは根が素直だし、少し頭を冷やせば「言い過ぎました」って反省してくれそうだ。

 だが、先にエルーカから行ったことが後々レギナにバレたら、それはそれで「私は後回しか」と問い詰められそうな厄介な匂いがしないでもない。魔族の嫉妬は重い。


 逆に、レギナから行くか?

 あいつはプライドが高いから、自分から折れることはないだろう。放置すればするほど拗らせて、「もういい、私は魔王軍に帰る」とか言い出しかねない。


 ……ここは、難易度の高い方から処理するべきか。

 エルーカは忍耐強いし、俺が後で誠心誠意謝れば許してくれるはずだ。

 だがレギナは、今この瞬間のケアを間違えると致命的なエラーを吐く可能性がある。


「……よし。レギナだ」


 俺は覚悟を決めた。

 これは「何でも屋」のリーダーとしての業務だ。

 メンバー間のトラブルシューティングも、管理者の仕事のうち。


 俺はレギナが消えた左の路地へと、足早に向かった。

 ……あいつ、機嫌直してくれるといいんだが。


 ◇


 路地裏の突き当たりにある、古びた酒場。

 レギナはそこにいた。

 昼間からカウンターに座り、琥珀色の液体が入ったグラスを傾けている。


「……マスターか」


 俺が隣に座ると、彼女はグラスを見つめたまま呟いた。

 その横顔は、怒っているというよりは、どこか寂しげに見えた。


「隣、いいか?」


「……好きにしろ。ここは誰のものでもない」


 俺は店主にエールを注文し、レギナに向き直った。


「悪かったな。俺のシャツのせいで」


「……別に、マスターが謝ることではない」


 レギナは氷をカランと鳴らした。


「ただ……許せなかったのだ。私の魔法を『心がこもっていない』と言われたようで」


 彼女は唇を噛んだ。


「私は魔族だ。人間のように、器用に手作業などできん。魔法こそが私の全てで、私の奉仕の形だ。……それを否定されるのは、私の存在そのものを否定されるに等しい」


 なるほど。

 エルーカの何気ない「手洗いは愛情」という主張が、魔法至上主義のレギナには「魔法で済ますのは手抜き(愛情不足)」と聞こえてしまったのか。


「……レギナ」


 俺は彼女の手からグラスを取り上げ、テーブルに置いた。

 そして、その白くて細い手を、両手で包み込んだ。


「俺は、お前の魔法が好きだぞ」


「……っ!?」


 レギナが目を見開き、顔を赤らめる。


「いつも完璧な温度で淹れてくれるコーヒーも、シワ一つないシャツも、お前の魔法があるからだ。そこに愛情がないなんて、一度も思ったことはない」


 俺は真っ直ぐに彼女の赤い瞳を見つめた。


「お前の魔法は、冷たくない。いつだって俺を助けてくれる、温かい魔法だ」


「マ、マスター……」


 レギナの瞳が揺れる。

 頑なだった表情が、みるみるうちに崩れていく。


「……私は、不器用だから。こうして魔法で尽くすことしかできん。それでも……いいのか?」


「それがいいんだよ。お前はお前のままでいい」


 俺が言うと、レギナは俯き、俺の手に額を押し付けた。


「……ズルい男だ。そんな風に言われては、怒る気も失せてしまう」


 彼女の肩が震えている。どうやら、機嫌は直ったらしい。

 ……ふぅ。第一関門突破だ。


「さあ、行こう。エルーカも待ってる」


「……うむ」


 レギナは素直に立ち上がった。

 その顔には、もう迷いはない。


「だがマスター。……あとで、私だけにもう一度、今の言葉を言ってくれないか?」


 耳元で囁かれる甘い声。

 ……前言撤回。

 機嫌が直りすぎて、別の意味で危険なモードに入ってしまったかもしれない。


「ぜ、善処する」


 俺は冷や汗をかきながら、レギナを連れて店を出た。

 次はエルーカだ。

 あっちはあっちで、きっと拗ねて泣いているに違いない。


 ハーレム・マネジメントへの道は、まだまだ険しそうだ。てか、めっちゃ大変だ。


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