第54話 祭りの夜と、小さな手のぬくもり。 〜雨降って地固まる。エンジニア冥利に尽きる瞬間〜
塔のシステムを再起動し、恵みの雨を降らせてから数時間後。
村に戻った俺たちを待っていたのは、割れんばかりの歓声と、盛大な宴だった。
「勇者様万歳! 何でも屋様万歳!」
「飲んでくだされ! 食ってくだされ!」
広場には焚き火が焚かれ、備蓄されていた食料(干ばつを乗り切るための虎の子だったはずだが)が惜しげもなく振る舞われている。
雨は既に上がり、潤った大地からは草いきれの匂いが立ち上っていた。
「わぁっ! このお肉美味しいです!」
エルーカが骨付き肉にかぶりつく。
村の子供たちに囲まれて、「お姉ちゃん強いの?」「剣見せて!」とせがまれ、満更でもない顔で聖剣を自慢している。
「フン、田舎の酒にしては悪くない」
レギナも村長に酌をされ、上機嫌だ。
彼女の周りには村の若者たちが集まり、その美貌に見とれながらも、ビビって遠巻きに眺めている。
「先輩、見てくださいこれ! 村の蔵から出てきたんですけど!」
ミサが興奮気味に走ってくる。
彼女の手には、錆びついた金属の塊が抱えられていた。
「これ、『旧文明の排熱ユニット』ですよ! しかもオリハルコン製! これがあれば、スパコンの冷却効率が15%アップします!」
「なにっ!? お宝じゃん! ……村長、これもらっていい?」
「もちろんですじゃ! そんなガラクタでよければ、いくらでも!」
村長が快諾してくれる。
彼らにとってはただのゴミだが、俺たちにとっては宝の山だ。
塔で回収したパーツと合わせれば、次元ゲートを開くための機材は、なんと7割方揃ったことになる。
「ナオト、これ、あげる」
俺の膝の上に乗っていたルナが、小さな手を差し出した。
手のひらに乗っていたのは、綺麗に洗われた赤い木の実。
「さっき、もらったの。あまいよ」
「俺にか?」
「ん。ナオト、つかれてるから」
ルナが実を俺の口元に運んでくれる。
パクりと食べると、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がった。
前世で食べた野イチゴのような、懐かしい味だ。
「……美味いな。ありがとう、ルナ」
俺が頭を撫でると、ルナは嬉しそうに目を細めた。
保護した時は無表情だった彼女も、今ではこうして笑うようになった。
それが何よりの報酬かもしれない。
「ナオト、だっこ」
「はいはい」
ルナが甘えてくるので、俺は彼女を抱き直した。
小さな体温。トクトクという心臓の音。
この小さな命の大きな鼓動だ。
◇
宴もたけなわとなり、夜が更けてきた頃。
遊び疲れたルナは、俺の膝の上でスヤスヤと寝息を立てていた。
エルーカとレギナも、村人たちに勧められた酒が回ったのか、焚き火のそばで船を漕いでいる。
「……平和ですね」
ミサが隣に座り、コーヒーを飲む。
「ああ。……やっぱ俺には、こういうゆっくりしたのが合ってるかもな。落ち着く」
俺もミサからコーヒーを受け取り、一口飲んだ。
ブラックの苦味が、酔った頭に心地いい。
「この村の人たち、本当に嬉しそうでしたね」
「そりゃ、死活問題だったしなぁ」
「私、思いました。……私たちの力って、使い方次第でこんなに人を笑顔にできるんだなって」
ミサが焚き火を見つめる。
「前世では、システムを作っても『動いて当たり前』『バグが出たらクレーム』って感じで、感謝されることなんて少なかったじゃないですか」
「そうだな。インフラ屋の宿命だよ」
「でも、ここは違う。雨を降らせただけで、神様みたいに感謝されて、子供たちが笑ってくれる。……なんか、エンジニアやっててよかったなって、初めて思いました」
ミサの横顔が、炎に照らされて優しく微笑んでいる。
俺も同感だった。
俺たちの技術は、ただの「チート」じゃない。
誰かの明日を守るための、大切な力だ。
「……そういえば先輩、次元ゲート装置の設計図、アップデートしておきましたよ」
ミサがタブレットを取り出す。
「塔で手に入れた素材を組み込んで、回路を再設計しました。これで魔力消費量を20%カットできます」
「マジか。仕事早すぎだろ」
「へへん。先輩の専属デザイナーですからね。これくらい朝飯前です!」
画面を覗き込むと、そこには洗練された回路図が表示されていた。
無駄がない。美しいコードだ。
こいつ、本当に腕を上げたな。
「……ありがとな、ミサ」
「えっ?」
「お前がいなきゃ、ここまで来れなかった。……俺一人じゃ、ただの偏屈な職人で終わってたよ」
俺が素直に言うと、ミサは顔を真っ赤にして狼狽えた。
「な、ななな、何言ってるんですか急に! 酔ってるんですか!?」
「酔ってるよ。でも……本音だ」
「うぅ……。先輩のバカ……。そういう不意打ちは心臓に悪いんです……」
ミサが顔を伏せる。
その耳まで赤くなっているのが見えて、俺は少し笑った。
その時、膝の上でルナが身じろぎをした。
「……んぅ……ナオト……」
寝言だ。
俺の服を強く握りしめている。
「……必ず、送り届けないとな」
俺はルナの背中をポンポンと叩いた。
故郷までは、まだ遠い。
その道中には、運営の刺客や、まだ見ぬトラブルが待っているだろう。
だが、今の俺たちなら越えられる。
「行きましょう、先輩。……世界の果てまで」
ミサが俺の手の上に、自分の手を重ねた。
その温かさを感じながら、俺は頷いた。
「ああ。……まずは明日、二日酔いの二人を叩き起こすところからだな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
満天の星空の下、祭りの夜は静かに更けていく。




