第53話 クマさん守護者と、メルヘンチックな物理ハック。 〜凶悪な装甲を「布と綿」に書き換えて無力化しました〜
塔の最上階。
重厚な扉の奥にある制御室は、青白い光に満たされていた。
部屋の中央には巨大なクリスタルが浮遊し、その周囲を複雑な魔法陣が回転している。
だが、その美しい光景を遮るように、異形の怪物が鎮座していた。
『GRRRRRR…… Intruder... Exterminate...(侵入者……抹殺……)』
全身がスパークする雷雲と、鋼鉄の装甲で構成された巨人――『ストーム・ガーディアン』だ。
塔の防衛システムが、長年の魔力暴走で変質し、実体化した成れの果てだろう。
「……どう見ても挨拶は通じなさそうだな」
俺はガントレットを構える。
ルナは俺の足元、少し後ろに隠れるように立っていた。
これくらいの距離なら、彼女の「隠蔽効果」は有効だ。
『マスター。戦闘開始前に補足情報を』
リリスがホログラムを展開し、冷静に告げる。
『先ほどから継続監視していましたが、ルナさんの周囲半径10メートル以内において、運営側の監視プロトコルが完全に無効化されています』
「無効化? 俺の権限を隠してるだけじゃなくてか?」
『はい。彼女の持つ固有波長が、世界システムにとっての「ルート証明書」として機能しています。つまり、彼女のそばで行われる改変は、たとえバグだろうと不正コードだろうと、システム側が「正規のアップデート」だと誤認して受け入れてしまうのです』
「……なるほど。システムの穴を突くんじゃなくて、システムそのものに顔パスできるVIPってわけか」
星霊種恐るべしだ。
つまり、この範囲内なら俺たちは「運営公認」で暴れ放題ということになる。
「だったら遠慮はいりませんね! 先輩、やっちゃいましょう!」
ミサがタブレットを構え、ニカっと笑う。
「ああ。リリス、敵の攻撃パターンを解析して予測ラインを表示しろ! ミサは前衛のサポートだ!」
『了解です。戦闘モード起動。……敵、来ます!』
ガーディアンが腕を振り上げる。
その腕は帯電し、バチバチと激しい音を立てている。
「『サンダー・スマッシュ』です! 右方向へ回避!」
リリスの指示通り、エルーカとレギナが右へ飛ぶ。
直後、彼女たちがいた場所に雷撃が突き刺さり、床を焦がした。
「くっ、速い上に範囲が広い! 近づけません!」
エルーカが悲鳴を上げる。
敵は全身に雷を纏っており、剣で触れれば感電必至だ。
レギナの氷魔法も、高熱のプラズマで蒸発させられてしまう。
「見た目が凶悪すぎんだよな……。あのトゲトゲした装甲、見てるだけで痛そうだ」
「確かに。……あんなデザイン、ユーザビリティのかけらもありませんね」
ミサが不満げにペンを回す。
「先輩! 私があいつの見た目、いじっちゃっていいですか?」
「ああ。判定を変えない範囲なら好きにしろ」
「いえ、判定ごと変えちゃいます! ……『外観定義』起動!」
ミサが空中に素早くスケッチを描く。
彼女が描いたのは――丸くて、フワフワした、愛らしいシルエット。
「対象オブジェクトのテクスチャおよびマテリアルを変更! テーマは『ファンシー&ドリーム』!」
パチンッ!
ミサが指を鳴らした瞬間、ガーディアンの姿が劇的に変化した。
黒く鋭利な鋼鉄の装甲が、パステルピンクのフェルト生地に。
バチバチしていた雷雲は、キラキラした綿菓子に。
そして凶悪な顔面は、つぶらな瞳のクマさんのぬいぐるみに書き換わった。
「「「ええええええっ!?」」」
エルーカ、レギナ、そして俺の声が重なる。
『Guu?(グゥ?)』
ガーディアン(クマver)が、可愛らしい声で首を傾げた。
見た目だけでなく、音声ファイルまで書き換えたのか。
「な、なんですかこれ! 逆に、すごく……殴りにくいです!」
エルーカが剣を構えたまま困惑する。
「甘いなエルーカちゃん! これはただの着せ替えじゃないよ!」
ミサが得意げに解説する。
「素材を『鋼鉄』から『布と綿』に定義変更したことで、物理防御力と雷耐性が大幅にダウンしてるはず! さらに、鋭利なパーツを丸くしたから、攻撃の当たり判定も縮小してるよ!」
なるほど。
見た目を変えることで、それに付随する物理特性まで変化させたのか。
これぞ「機能は見た目に依存する」という逆転の発想。そして何よりめちゃくちゃチートしてる。
「リリス、確認しろ!」
『肯定。敵の装甲硬度、90%低下。雷撃の出力も、綿が絶縁体となっているため50%ダウンしています。……ミサさん、えげつないですね』
「褒め言葉として受け取っとく!」
弱体化は確認できた。なら、あとは叩くだけだ。
「エルーカ、レギナ! 相手はただのデカいぬいぐるみだ! 遠慮なくやれ!」
「は、はいっ! ……ごめんなさいクマさん!」
エルーカが心を鬼にして斬りかかる。
ズバッ!
以前なら弾かれたであろう剣撃が、柔らかい布の体を容易く切り裂く。
中から飛び出したのは血やオイルではなく、真っ白な綿だ。
「燃えろ! 『紅蓮の火球』!」
レギナの放った炎が、布地に着火する。
あっという間に火が回り、クマちゃん……いやガーディアンが炎上する。
『Gyaaaa!!(ギャアアアッ!!)』
可愛らしい悲鳴と共に、クマちゃんガーディアンは膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
光の粒子となって消滅していく。
「……勝った、のか?」
「圧勝ですね。さすがミサさん、いい仕事します」
エルーカが聖剣を納める。
俺はミサの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「敵をファンシーグッズに変えて無力化とはな。どんなもん食えばそんな発想出てくるんだか……」
「可愛いは正義! かつ最強なんですよ!」
さて、邪魔者は消えた。
俺は中央のクリスタル――制御コンソールに歩み寄った。
ルナがトコトコとついてくる。
「ナオト。これなおしたら、あめふる?」
「ああ。降らせてやる」
俺はガントレットをクリスタルにかざした。
リリスが即座にシステムに接続し、エラーログを吐き出す。
『システム診断……。主要プロセス3件がデッドロック(処理詰まり)しています。再起動だけでは直りませんね。コードの修正が必要です』
「任せろ。この程度のスパゲッティコード、3分で解く」
俺は空中にキーボードを展開し、高速でタイピングを開始した。
絡まった命令文を整理し、無駄なループを削除し、最適化された気象制御プログラムへと書き換えていく。
『Fixing... 80%... 95%... Complete.』
クリスタルの輝きが、淀んだ赤色から、澄んだ青色へと変わった。
「――システム、再起動!」
ッターン!!
俺がエンターキーを叩くと、塔全体が重低音と共に振動を始めた。
天井が開閉し、青い光の柱が上空へと放たれる。
外を見ると、快晴だった空にみるみるうちに雲が集まり、黒く染まっていくのが見えた。
「……降ってきた」
ポツリ、ポツリと雨粒が窓を叩く音がし始め、やがてそれはザーザーという豪雨の音へと変わった。
恵みの雨だ。
「やった! 成功です!」
「これで村も救われるな」
みんなが笑顔になる中、俺はそっとルナを抱き上げた。
「ほら、見てみろルナ。雨だぞ」
「……ん。すごい」
ルナは窓の外を見つめ、嬉しそうに目を細めた。
その横顔を見て、俺は思った。
この子の笑顔を守るためなら、世界中のシステムを書き換えるのも悪くない、と。
「よし、帰るぞ。村長がきっと宴会を用意して待ってるはずだ」
「ですね! あ、その前に塔の素材回収も忘れずに!」
俺たちは雨音を聞きながら、意気揚々と塔を降りていった。
懐には、修理報酬代わりのレアメタルをたんまり溜め込んで。




