第5話 スライム1000匹? 「全選択(Ctrl+A)」して「削除(Delete)」ですが何か?
優秀な事務員と、元気だけが取り柄のインターンが加わってから数日。
俺のデスクには、一枚の依頼書が置かれていた。
「地下水路のスライム駆除、ですか」
レギナが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、俺は依頼書に目を通す。
王都の地下には広大な下水処理施設があるのだが、そこに魔力の澱みが溜まり、スライムが大量発生しているらしい。
「はい! ギルドで余っていた依頼を貰ってきました!」
エルーカが胸を張る。
いや、余ってたんじゃなくて、誰もやりたがらない「汚れ仕事」を押し付けられただけだろう。
臭いし、汚いし、報酬も安い。いわゆる3K案件だ。
「パスだな。割に合わん」
「ええっ!? でも、スライムが詰まって下水が溢れそうなんです! 市民の生活を守るのも『何でも屋』の務めです!」
エルーカが食い下がる。
確かに、放置すれば疫病の原因にもなりかねない。インフラ整備は重要だ。
「マスター」
控えていたレギナが、静かに口を開く。
「面倒であれば、私が処理してくるが? 地下水路ごと『焦熱地獄』で焼き払えば、スライムはおろか、病原菌もネズミも一掃できる」
「インフラごと焼き払ってどうする。王都が火事になるわ」
極端すぎる。このパーティー、俺以外に常識人はいないのか。
「……はぁ。仕方ない。暴走されても困るし、行くか」
俺は重い腰を上げた。
現地調査もエンジニアの仕事のうちだ。
◇
王都の地下水路。
鼻を突く腐敗臭と、ジメジメした空気。
俺は管理者権限で『空気清浄フィルタ』を周囲に展開しつつ、足元をライトで照らした。
「うわぁ……いますね、うじゃうじゃと」
エルーカが剣を構える。
水路の奥には、半透明のゼリー状の塊、スライムが壁や天井にびっしりと張り付いていた。
数百、いや千はいるかもしれない。
「これは……物理攻撃では骨が折れるな」
レギナが眉をひそめる。
スライムは物理耐性が高く、斬っても分裂する。魔法で焼くにしても、これだけの数を相手にするのはMPの無駄遣いだ。
「エルーカ、突っ込むなよ。キリがないぞ」
「で、でも! 一匹ずつ確実に倒していけば、いつかは……!」
「日が暮れるわ。こういう単純作業はな、手作業でやっちゃダメなんだよ」
俺はため息をつき、空中にキーボードを展開した。
スライムごときで剣を汚す必要はない。
こういう時こそ、コードの出番だ。
「対象を検索。条件指定……」
俺はスライムの生体コードを解析する。
こいつらは単純な構造だ。特定の魔力パターンを持っている。
「よし、正規表現でまとめて指定っと」
『select: target = /slime_.*/ (対象:slime_を含む全ての個体)』
『action: delete(実行:消去)』
俺はスライムを「ファイル」として認識し、一括削除のコマンドを打ち込んだ。
一つ一つ倒すのは、デスクトップのアイコンを一個ずつゴミ箱に入れるようなもの。
数が多ければ、コマンドで「全選択」して消せばいい。
「――実行」
ッターン!
俺がキーを叩いた瞬間。
水路の奥で「ピチュン、ピチュン」と軽い電子音が連続して響いた。
目の前にいた数百のスライムたちが、断末魔を上げることもなく、一斉に光の粒子となって霧散していく。
斬撃も、爆発もない。
ただ、データが消えるように、静かに、完全に消滅した。
「……え?」
エルーカが剣を構えたまま固まる。
水路は綺麗さっぱり片付いていた。ついでに壁のカビも一緒に消しておいたので、来た時よりも清潔になっている。
「はい、作業終了。帰るぞ」
「ええええええ!? い、今何をしたんですか師匠!?」
「ファイル整理」
「ふぁいる……せいり……?」
エルーカが目を白黒させている。
一方、レギナは感心したように頷いていた。
「流石だ、マスター。無駄な破壊を伴わず、対象のみを論理消去する……まさに神の御業」
「いや、ただの『一括置換』だから。神とかじゃないから」
俺はポケットに手を突っ込み、出口へと向かう。
所要時間、わずか三十秒。
これならコーヒーが冷める前に帰れそうだ。
「ま、待ってください師匠~! 私の出番は~!?」
「ない。泥仕事したいなら一人でやってろ」
背後で騒ぐポンコツ勇者の声をBGMに、俺は足取り軽く階段を登った。
やはり、自動化こそ正義だ。
この世界の人々は、もっと効率化というものを学ぶべきだと思う。




