第47話 闇オークションへの招待状。 〜ドレスコードは完璧ですが、入場パスは「物理的」に突破します〜
闇オークション当日。
会場となる屋敷の前には、豪奢な馬車が列をなし、仮面をつけた貴族や裏社会の重鎮たちが吸い込まれていく。
その列に、一際目を引く集団がいた。
「……ふむ。悪くない着心地だ」
深いスリットの入った真紅のイブニングドレスを纏い、妖艶な笑みを浮かべる美女――レギナ。
その隣には、純白のドレスに身を包み、緊張した面持ちで歩く可憐な少女――エルーカ。
そして、黒いシックなドレスを着こなし、手慣れた様子で扇子を使うミサ。
「三人とも、目立ちすぎだろ……少しは目立たないようにする努力を見せろよ……」
俺は執事服に身を包み、彼女たちのエスコート役として並んでいた。
「さ、セバスチャン。エスコートをお願い」
ミサがからかうような笑みを浮かべて俺に言う。
「か……かしこまりました、ミサお嬢様」
「おーっほっほっ! 苦しゅうない苦しゅうない」
誰がセバスチャンだ。てか、悪ノリがすぎるだろ。こいつこの状況を楽しんでやがる。
今回の作戦は「正規ルートからの堂々たる潜入」だ。
レギナが「亡国の没落貴族(という設定)」、俺たちがその従者として振る舞う。ミサの立ち回りはどうにも怪しいが。
「ふふん、私の見立て通りですね! レギナっちは『ファム・ファタール』、エルーカちゃんは『深窓の令嬢』。素材の良さを最大限に引き出すスタイリングですよ!」
ミサが小声で自画自賛する。
今日の衣装選びとメイクは、すべて彼女のプロデュースだ。確かに、そのセンスは抜群で、周囲の男たちの視線を独り占めしている。
「マスター……いや、せ、セバスチャン。このドレス、胸元が開きすぎていないか?」
「今更気にするな。ハッタリを効かせるにはそれくらいが丁度いい。あとセバスチャン呼びやめろ」
入り口には、厳重なセキュリティチェックがある。
強面の衛兵が、魔導具を使って入場者の身体検査を行っていた。
「おい、そこの。招待状を見せろ」
衛兵が粗暴な声を上げる。
俺は懐から、偽造した招待状を取り出した。
昨日、ミサが本物の招待状のデザインデータを解析し、ピクセル単位で完璧にコピーしたものだ。
「こちらでございます」
俺が恭しく差し出すと、衛兵はそれを魔導スキャナーにかざした。
ブブーッ!
けたたましい警告音が鳴り響く。
「あぁ? おい、これ偽造品じゃねぇか! セキュリティコードが一致しねぇぞ!」
衛兵が剣に手をかける。
エルーカが息を飲み、レギナが殺気を放とうとする。
だが、俺は片手でそれを制した。
「おや、奇妙ですね。機械の故障ではありませんか?」
俺は平然と言ってのけ、スキャナーを覗き込んだ。
眼鏡の奥で、俺の目はスキャナーの内部構造を完全に「解析」している。
『管理者権限』によるデータの書き換えは、運営に感知されるから使えない。
だが、「見るだけ(Read Only)」なら感知されない。
俺には、このスキャナーの判定ロジックも、正しいセキュリティコードも丸見えだ。
「……ふむ。魔力電池の接触不良のようですね」
俺はスキャナーに手を添えるふりをして、指先でバッテリー部分をコンッ、と弾いた。
正確には、内部回路の接触不良を起こしている箇所に、物理的な衝撃を与えて一時的に通電させたのだ。
昭和のテレビを叩いて直すのと同じ原理だ。
「もう一度、お試しください」
「あ、あぁ?」
衛兵が半信半疑でもう一度かざす。
ピロンッ♪
今度は軽快な認証音が鳴った。
「なっ……? あ、あれ? 通ったぞ?」
「やはり故障でしたか。整備はしっかりされた方がよろしいですよ」
俺は嫌味たらしく微笑み、呆然とする衛兵を尻目に会場へと足を踏み入れた。
「……す、すごいです師匠! 魔法を使ってないのに、どうやったんですか?」
エルーカが小声で聞いてくる。
「ただの物理的な修理だ。魔法に頼り切った連中の機械なんて、構造がガバガバだからな」
俺はニヤリと笑った。
チート禁止? 上等だ。
魔法が使えなくても、エンジニアには「知識」と「技術」がある。この程度のセキュリティ、抜け道はいくらでもある。
◇
会場である大広間は、欲望の匂いで充満していた。
シャンデリアの下、着飾った豚たちが談笑し、ステージでは商品の紹介が行われている。
「さて、まずは情報の収集と、脱出ルートの確保だ」
俺たちは壁際に陣取り、会場全体を見回した。
会場には多数の監視用魔導具と、警備兵が配置されている。
「先輩、ちょっといいですか?」
扇子で口元を隠しながら、ミサが俺に耳打ちする。
「あそこの壁の装飾、おかしくないですか? 柱の配置が黄金比からズレてて、すごく気持ち悪いんですけど」
彼女が示したのは、会場の隅にある豪奢な彫刻が施された柱だ。
「……確かに。構造的にも無駄だな」
「あれ、多分『視線誘導』ですよ。あの柱に目を向けさせて、その裏にある『死角』を隠してるんです。……ほら、あそこだけ警備兵の巡回ルートが途切れてます」
ミサの指摘通り、柱の裏側は不自然なほど警備が手薄だった。
デザイン的な違和感から、セキュリティホールを見抜くとは。
さすがは優秀なフロントエンドエンジニアだ。
「ナイスだミサ。あそこなら『信号中継機』を設置してもバレないな」
「えへへ、お役に立てて光栄です!」
俺はミサと目配せし、自然な動作で移動した。
俺が中継機を花瓶の裏に隠す間、レギナとエルーカが周囲を警戒する。
「あら、ごきげんよう。素敵な夜ですこと」
レギナが近づいてきた貴族の男に微笑みかけ、注意を引きつける。
その隙に、俺は設置を完了した。
「……よし。これで会場内の魔導機器へのハッキング経路は確保した」
俺は安堵の息をつく。
だが、その直後、ステージ上の光景を見て空気が凍りついた。
「さあ、次の商品は! 東方の国から仕入れた希少な亜人の少女たちです!」
鎖に繋がれた少女たちが、引きずられるようにステージに上げられた。
彼女たちの首には、鈍く光る『隷属の首輪』が嵌められている。
「……終わってる。マジ有り得ない」
ミサが不快そうに呟く。
レギナも目を細めた。かつて自分がかけられていた呪いと同種の、強力な拘束術式を感じ取ったのだろう。
「あの首輪……強制命令を受信して、逆らえば電流を流す仕組みだな」
俺は眼鏡で首輪のコードを読み取った。
解除キーは複雑に暗号化されており、通常の方法では外せない。
管理者権限を使えば一発だが、それは今の俺たちには禁じ手だ。
「師匠。……助けられないんですか?」
エルーカが悲痛な声で問う。
彼女の手が、ドレス越しに剣の柄を探している。
「……安心しろ。策はある」
俺は設置したばかりの中継機と手元の通信機を同期させた。
「派手な書き換えはできない。だが、『命令をすり替える』ことくらいなら、アナログな電波ジャックで可能だ」
俺は三人に目配せした。
「いいか、お前たち。魔石が出てくるまでは我慢だ。……だが、魔石を手に入れた瞬間、ここを『地獄』に変える」
俺の言葉に、三人は獰猛な笑みを返した。
「了解です。……私、このヒール、蹴りやすいように加工しておきましたから」
ミサが足元をコツンと鳴らす。
「フン、私は素手でも十分だ。……あの豚ども、氷漬けにしてやる」
「私も、いつでもいけます! 悪党に裁きを下しましょう!」
頼もしい連中だ。
その時、会場の照明が落ち、スポットライトがステージを照らした。
「お待たせいたしました! 本日のメインイベント! 国宝級の魔石、『星の心臓』の登場です!」
歓声と共に、巨大な青い宝石が運ばれてくる。
その輝きは、会場の空気を震わせるほどの魔力を放っていた。
「……来たな」
俺は眼鏡の位置を直した。
さあ、パーティーの始まりだ。
チートなし、権限なし。
純粋な「知識」と「武力」だけで、このふざけた会場を制圧してやる。




