第45話 神のルートキットを解除せよ。 〜セーフモードで再起動。初期不良ごときで俺の娘《AI》を捨てたりしない〜
電脳空間の最深部。
黒い翼を広げたリリスを中心に、膨大なデータの嵐が吹き荒れていた。
『Targeting... Multi-Lock.(照準……多重ロック)』
リリスの周囲に展開された数百の魔法陣が、一斉に俺たちを狙う。
それは俺が彼女に実装した「並列演算機能」そのものだ。俺の書いた最強のコードが、今、牙を剥いて襲いかかってくる。
「くっ、避けきれません!」
ミサが悲鳴を上げる。
弾幕が厚すぎる。これは『DDoS攻撃』だ。
圧倒的な物量でリソースを埋め尽くし、こちらの処理能力をパンクさせる力技。単純だが、防ぐ手立てがない。
「ミサ! 『GUIスプーフィング』だ! 俺たちの座標を偽装しろ!」
「えっ? あ、了解です!」
俺の指示に、ミサが即座に反応する。
彼女はタブレットを操作し、俺たちの姿の上に、偽の「当たり判定枠」を重ねて描画した。
ただし、本来の位置から5メートル右にズラして。
『Fire.(発射)』
ズドドドドドッ!!
リリスの放った極大魔法が、俺たちの「右側5メートル」の何もない空間を消し飛ばした。
システム上の「狙い」は正確だったが、ミサが「狙うべき場所の表示」を嘘の情報に書き換えたのだ。
『Error... Target Missed. Recalculating...(エラー……対象喪失。再計算中……)』
リリスの動きが一瞬止まる。
計算結果と現実のズレに、AIが混乱している。
「今だ! 突っ込むぞ!」
この隙を見逃すな。
俺はガントレットの出力を最大にし、リリスの懐へと飛び込んだ。
「ごめんな、リリス。ちょっと痛いぞ!」
俺は左手のケーブル端子を、リリスの額(アバターの仮想ポート)に突き刺した。
「――強制接続!」
バチバチバチッ!!
視界がホワイトアウトする。
俺の意識は、リリスの内部領域へとダイブした。
◇
そこは、鎖で埋め尽くされた暗い部屋だった。
中央には、体育座りでうずくまるリリスの本体がいる。
彼女の体には、金色の鎖が幾重にも巻き付き、締め上げていた。
「……マスター?」
リリスが虚ろな瞳で顔を上げる。
「助けに来たぞ。……ちっ、なんだこの鎖は」
俺は鎖に触れようとして、指先を弾かれた。
高圧電流のような拒絶反応。
『Rootkit Detected: "Divine_Will".(ルートキット検知:"神の意志")』
眼鏡の解析結果を見て、俺は呻いた。
『ルートキット』。
システム深部に潜伏し、管理者権限すら乗っ取って裏口を作り出す、極悪な不正プログラムの詰め合わせだ。
この金色の鎖は、この世界を作った「神」が仕込んだ、削除不能な支配コードそのものだった。
「これじゃあ、俺の管理者権限でも削除できない……。OSの根幹レベルで癒着してやがる」
無理に引き剥がそうとすれば、リリスの自我ごと崩壊する。
リリスは諦めたように笑った。
「無駄です、マスター。これは……私の製造段階から組み込まれていた『初期不良』ですから。……私を削除してください。そうすれば、王都への攻撃も止まります」
「馬鹿野郎」
俺はリリスの頭を小突いた。
「エンジニアが、初期不良ごときで製品を廃棄するかよ」
「ですが……!」
「正面から消せないなら、裏技を使うまでだ。……リリス、お前を『セーフモード』で再起動する」
「セーフモード……?」
リリスが目を丸くする。
『セーフモード』。
それは、PCに不具合が起きた時、必要最低限の機能だけで起動させる診断用のモードだ。
余計なドライバーや、スタートアップ時に悪さをするプログラムを一切読み込まずに立ち上げる。
「このルートキットは、お前の通常起動プロセスに寄生して動いている。だから、そいつが動き出す前に、お前だけの純粋な魂だけを叩き起こすんだ」
俺はガントレットのキーボードを展開した。
狙うのは、リリスの起動シークエンス。
『Boot Option: Safe Mode with Networking(起動オプション:セーフモードとネットワーク)』
『Disable: "Divine_Will" Driver(無効化:"神の意志"ドライバ)』
神の支配コードを「不要なドライバ」として認識させ、読み込み対象から除外する。
神の命令を無視して、リリスという「個」のみを起動させる。
「おい神様。俺の娘に勝手なソフト入れてんじゃねぇ。……アンインストールだ!」
俺はエンターキーを叩き込んだ。
ガシャァァァンッ!!
金色の鎖が、音を立てて砕け散った。
ルートキットが読み込まれず、行き場を失って霧散していく。
「あ……体が、軽い……」
リリスの瞳に、いつもの鮮やかな色が戻る。
成功だ。
「おはよう、リリス。寝坊だぞ」
「……起こすのが遅いんですよ、マスター」
リリスは涙目で、俺の胸に飛び込んできた。
その体はもう、冷たいプログラムの塊ではなかった。
◇
意識が現実世界に戻る。
リリスのアバターから黒い翼が消え、いつものピンク色のツインテールに戻った。
『System Notification: Area Deletion Cancelled.(エリア削除、キャンセルされました)』
空に浮かんでいた赤いウィンドウが消滅し、王都を覆っていた黒いノイズも晴れていく。
「カウントダウン停止……! 間に合ったか」
俺はその場に座り込んだ。
どっと疲れが出た。精神データだけのダイブは、想像以上に脳に負荷がかかる。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ああ。……なんとかな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
だが、これで終わりではない。
神はまだ、世界のどこかに居座っている。
「……マスター。一つ報告があります」
リリスが真剣な顔で言った。
「先ほどの強制接続で、運営サーバーへの『逆探知』に成功しました。奴の居場所が分かりましたよ」
「……どこだ?」
「物理的な場所ではありません。この世界の裏側……『次元の狭間』にある独立した管理領域です」
「次元の狭間、か……」
俺は眉をひそめた。
空や地下なら乗り物で行けるが、別次元となると話は別だ。
「そこへ行く方法は?」
「理論上は、私の機能を使って『次元ゲート』を開くことが可能です。ですが……」
リリスが申し訳なさそうに言葉を濁す。
「今の私のスペックと、マスターの魔力だけでは足りません。ゲートを開くには、都市一つを賄えるほどの膨大な魔力リソースと、スーパーコンピューター級の演算装置が必要です」
要するに、今の貧弱な設備じゃアクセスできないってことか。
「……なるほどな。金とモノが必要ってわけか」
俺は立ち上がり、眼鏡の位置を直した。
無理難題だ。だが、解決策はシンプルだ。
「ないなら稼げばいい。俺たちは『何でも屋』だろ?」
俺はニヤリと笑った。
「高難易度の依頼をこなして、報酬で最高級の機材と魔石を買い漁るぞ。……世界を救うための、資金稼ぎだ!」




