第43話 カウントダウン開始。 〜奪われたリリスを取り戻すため、運営サーバーへ「物理ダイブ」します〜
『Target: "Royal Capital". Deletion in 24 hours.(対象:王都。削除まで24時間)』
リリスが消えた後、空に浮かんだ赤いウィンドウには、無慈悲なカウントダウンが表示されていた。
王都の上空には、不気味な黒いノイズが渦巻き始めている。
「……リリス!!」
俺は叫んだが、返事はなかった。
眼鏡のHUDには、『Connection Lost(接続ロスト)』の文字が点滅しているだけだ。
「くそっ……! 検索一つできないのか!」
俺はガントレットを叩きつけた。
今まで当たり前のように頼っていた、リリスのサポート。
敵の解析、地図の表示、魔力の制御補助。それら全てが失われ、俺は暗闇に放り出されたような心細さを感じていた。
「先輩! 落ち着いてください!」
ミサが俺の肩を掴んで揺さぶる。
「今リリスちゃんを追いかけても、居場所が分かりません! まずは拠点に戻って対策を練りましょう!」
「……ああ。そうだな、すまん」
俺たちは重い空気を纏ったまま、全速力でワゴン車を飛ばして王都へ戻った。
◇
拠点のオフィスは、静まり返っていた。
いつもリリスが浮かんでいた場所には何もなく、それが余計に不在を際立たせる。
「……王都が消されるまで、あと23時間か」
俺はデスクで、リリスのログを必死に解析していた。
彼女が乗っ取られる直前、一瞬だけ外部への通信ポートが開いていた。その痕跡を辿れば、敵の本拠地――「運営サーバー」へのパスが見つかるかもしれない。
「師匠……。王都の皆さんは、まだ何も知らなくて……」
エルーカが窓の外を見る。
街の人々は、空に浮かんだ赤い文字を「不気味な雲」程度にしか思っておらず、いつも通りの生活を送っている。
明日には、自分がデータごと消去されるとも知らずに。
「パニックになるだけだ。知らせる必要はない」
俺はキーボードを叩き続ける。
焦りが指先を狂わせる。タイプミスが増える。
「……落ち着け、マスター」
レギナが熱いコーヒーを差し出してくれた。
「リリスは強い子だ。そう簡単には屈しないはずだ。……私たちが信じなくてどうする」
「……ああ。そうだな」
俺はコーヒーを一気に飲み干し、深呼吸をした。
そうだ。あいつは俺が作った最高傑作だ。
ただのプログラムじゃない。あの生意気な性格も含めて、俺たちの家族だ。
「先輩! 見つけました!」
その時、隣でタブレットを操作していたミサが叫んだ。
「リリスちゃんの通信ログの深層に、隠しファイルがありました! これ……座標データです!」
「座標だって?」
「はい! 物理的な場所じゃありません。この世界の『裏側』にある、管理領域へのアクセスポイントです!」
ミサが空中にマップを展開する。
そこには、王都の真下――地下深くに、巨大な魔力溜まりが表示されていた。
「ここからなら、運営サーバーに『物理接続』できるかもしれません!」
「……なるほどな。敵の懐に飛び込んで、内側からリリスを奪い返すってわけか」
俺は眼鏡を押し上げた。
リスクは高い。失敗すれば、俺たちの精神ごとデリートされるかもしれない。
だが、やるしかない。
「よし、作戦を伝えるぞ」
俺は全員を見回した。
「俺とミサは、精神をデータ化してサーバー内部へダイブする。リリスの制御権を奪還し、削除プログラムを停止させる」
「了解です! UIハックなら任せてください!」
「問題は、俺たちがダイブしている間だ」
俺はエルーカとレギナに向き直った。
「精神を飛ばしている間、俺たちの肉体は無防備になる。それに……敵もただ待っててくれるわけじゃない」
カウントダウンが進めば、削除プログラムの実体化――おそらく、強力な魔物や防衛システムが、物理的に王都を破壊しに来るはずだ。
「エルーカ、レギナ。お前たちは現実世界で、俺たちの体と王都を守り抜いてくれ」
俺の言葉に、二人は力強く頷いた。
「お任せください! 師匠が戻ってくるまで、王都には指一本触れさせません!」
「うむ。マスターの体は私が守る。……安心して行ってこい」
頼もしい言葉だ。
こいつらが背中を守ってくれるなら、俺は前だけを見ていられる。
「よし。行くぞ!」
俺たちは装備を整え、地下への入り口――かつてスライムを駆除した、あの地下水路のさらに奥へと向かった。
◇
地下最深部。
そこには、以前の生体サーバーとは違う、神々しいほどに白く輝く巨大な「門」があった。
運営領域へのゲートだ。
「……ここだな」
俺とミサは、門の前に座り込んだ。
ガントレットからケーブルを伸ばし、門の端子に接続する。
「準備はいいか、ミサ」
「いつでもOKですよ、先輩! ……リリスちゃん、待っててね」
ミサが真剣な顔で頷く。
「じゃあ、行ってくる。あとは頼んだぞ」
「はい! ご武運を!」
「必ず戻れよ、マスター」
エルーカとレギナに見送られ、俺たちは目を閉じた。
「――接続開始!」
意識が吸い込まれる感覚。
肉体の感覚が消え、視界が白一色に染まる。
次に目を開けた時、そこは光の粒子が舞う、広大な電子の海だった。
空には無数のコードが流れ、地面は鏡のように透き通っている。
「ここが……運営の世界……」
「綺麗ですね……。でも、なんか寒気がします」
ミサが腕をさする。
確かに、生命の気配がない。あるのは冷徹な論理と、管理された秩序だけ。
『Intruder Alert.(侵入者検知)』
『Executing Deletion Protocol.(削除プロトコル実行)』
空から、無機質な声が降ってきた。
同時に、光の粒子が集束し、背中に白い翼を生やした人型――『天使』の姿をしたセキュリティ・プログラムが数体、姿を現した。
顔はなく、手には光の剣を持っている。
「お出迎えかよ。……上等だ」
俺はデータ上のガントレットを構えた。
ここなら、物理法則なんて関係ない。
俺の『管理者権限』が、火を吹くぜ。
「ミサ! ファイアウォールをこじ開けるぞ! 強行突破だ!」
「了解です! 道は私が作ります!」
俺たちは地面を蹴り、リリスを取り戻すため、電子の空へと飛び立った。




