第41話 恋の三者会談《トライアングル・サミット》。 〜議題:「ナオト包囲網」の強化について〜
屋上での修羅場から一夜明けた、とある日の昼下がり。
俺の営む「何でも屋」は、かつてないほど奇妙な緊張感に包まれていた。
「……静かだな」
俺は店番をしながら、手元の依頼品を修理していた。
いつもなら、エルーカが掃除をしながら鼻歌を歌い、レギナが紅茶を淹れ、ミサがタブレット片手に走り回っている時間帯だ。
だが、今日は三人ともオフィスの奥にある「休憩スペース」に引きこもり、扉を固く閉ざしている。
『重要機密会議中。立ち入り禁止(マスター含む)』
扉には、そんな張り紙がしてあった。
中からは、ボソボソと話し合う声が漏れてくる。
……あいつら、この店の壁がベニヤ板並みに薄いの忘れてないか?
あと、俺の聴力が「管理者権限」による身体強化で地獄耳になってることも。
「丸聞こえなんだよなぁ……」
俺は苦笑しつつ、ラジオの配線を弄るふりをして、耳をそばだてた。
◇
薄暗い部屋の中、ちゃぶ台を囲んで三人の女性が向かい合っていた。
全員、なぜか伊達メガネをかけ、深刻な表情を浮かべている。
議長席(?)に座るレギナが、木槌の代わりにスプーンでテーブルを叩いた。
「――では、これより第一回『恋の三者会談』を開催する」
レギナが低い声で宣言する。
「本日の議題は、昨夜発生した重大インシデント……『屋上における抜け駆けの是非』についてだ」
レギナの鋭い視線が、対面に座るミサに突き刺さる。
ミサは「うげっ」と顔をしかめ、視線を逸らした。
「だから謝ったじゃない。あれは星空が綺麗で、いい雰囲気になったから、つい口走りそうになっただけだし……」
「たわけッ!」
バンッ!
レギナがテーブルを叩いて立ち上がる。
「その甘さが命取りなのだ! 我々は今、絶妙なバランスで薄氷の上に立っているのだぞ! 私、ポンコツ勇者、そして泥棒猫! この三すくみの絶妙な均衡だ!」
「誰が泥棒猫よ!」
「事実だろう! 誰かが抜け駆けして告白すれば、この薄氷は簡単に割れてしまうのだ! 貴様は私とポンコツ勇者を冷たい海の底に沈め、己の欲求のみを満たそうとした罪深い存在なのだぞ!」
「な、なにもそこまで言わなくても……」
ミサがタジタジになる。
隣でエルーカも、うんうんと深く頷いていた。
「レギナさんの言う通りです! 昨日のミサさん、目がトロンとしてて完全に『雄を狩る目』をしてました! あれは有罪です!」
「うっ……。だ、だって先輩が『お前はキラキラしてる』なんて殺し文句言うから……」
「くぅぅっ! 師匠も師匠です! 無自覚タラシめ!」
エルーカがハンカチを噛む。
「とにかく! 昨日のような単独行動は禁止です。……こ、告白するなら……全員で、です!」
エルーカの提案に、場が静まり返った。
「ぜ、全員で……?」
ミサが目を丸くする。
「そ、そうです! 『せーの』で言えば、誰かがフライングすることもないし、師匠も誰か一人を選ぶプレッシャーから解放されるはずです!」
「……却下だ」
レギナが腕組みをして首を振った。
「たわけるな! 馬鹿どもが! まだ時期尚早だ!」
「時期尚早?」
「うむ。我々にはまだ……マスターを支える技量と器量が足りていない!」
レギナは真剣な眼差しで語り始めた。
「いいか? マスターはこの世界の管理者だ。神にも等しい存在だ。その伴侶となる者が、ただ『好き』という感情だけで務まると思うか?」
「む……。それは……」
「家事スキル、戦闘能力、事務処理能力、そして夜の奉仕スキル……。全てにおいて最高水準でなければならんのだ! 今の我々で、マスターを真に満足させられる自信があるか!?」
レギナの熱弁に、エルーカとミサが押し黙る。
「……確かに。私、この前オムライス焦がしちゃいましたし……」
「私も……UIデザインは得意だけど、料理はレンチン専門だし……」
「だろう? 今のまま告白しても、『可愛いペット』止まりだ。マスターの『パートナー』にはなれん」
レギナが重々しく告げる。
なんという高い意識か。
これにはミサも、呆れ半分、尊敬半分といった顔をした。
「……レギナっちってさ、普段クールなくせに、先輩のことになると重いよね。愛が」
「さえずるな! 魔族の愛は重力に従うのだ!」
「じゃあどうするの? このまま指をくわえて待ってろって言うわけ? 私そういうの苦手なんですけど。肉食系目指してるんで」
ミサが頬杖をつく。
「それをどうしようかという話をするのだろうが!」
「……つまり、何も思いつかないと」
「ぐっ……! い、意見を聞くのだ! 三人の! 集合知だ!」
レギナが開き直った。
結局、ノープランらしい。
「はぁ……。仕方ないなぁ」
ミサが眼鏡の位置を直し、ホワイトボードに見立てた空中ウィンドウを展開した。
「じゃあ整理しましょう。まず、先輩の『好みのタイプ』を分析しよう。これ超重要」
「おおっ! さすがミサさん、話が早いです!」
「まずはエルーカちゃん。君のアピールポイントは?」
「えっと……若さと、元気と、胸の大きさと、あと聖剣が使えることです!」
「物理だね。でも先輩、意外と『健気さ』に弱いから、そのポンコツ犬属性は刺さってると思う」
「い、犬じゃないです!」
「次、レギナっち」
「私は……包容力と、家事全般、そして大人の色気だ。マスターは疲れている。癒やしを求めているはずだ」
「自己評価高いねー。でもまあ、先輩はマッサージ好きだし、膝枕作戦は有効かな」
「フフン。だろう?」
「で、私だけど……」
ミサは自分の胸に手を当てた。
「私は『共有』かな。先輩の過去も、仕事の辛さも、言葉のニュアンスも、全部共有できる。これって最強のアドバンテージでしょ?」
「……ぐぬぬ。そこが卑怯過ぎるのだ! チートだ! チートではないか!」
「確かにズルいです……」
三者三様。
属性は見事にバラけている。
「チートかどうかはともかく、結論としてさ。先輩って『全属性耐性』持ってるけど、同時に『全属性弱点』でもある気がするんだよね」
ミサがペンを回す。
「来るもの拒まず、去るもの追わず。でも懐に入れた相手にはとことん甘い。……つまり、今の『三人でわちゃわちゃしてる状態』が、先輩にとって一番居心地がいいんじゃない?」
「……それは、あるかもしれん」
レギナが頷く。
「マスターは争いを好まない。誰か一人を選べば、他の二人が傷つく。それを恐れて、決定を先送りにしている可能性が高い」
「優しい師匠らしいです……」
「だからこそ!」
ミサが立ち上がった。
「今は『現状維持』が最適解! 抜け駆け禁止! その代わり、全員で先輩を囲い込んで、外堀を埋めていくの! 他の女がこれ以上寄り付かないように!」
「なるほど……! 『ナオト包囲網』の強化ですね!」
「うむ。毒を食らわば皿まで。三人でマスターを骨抜きにし、逃げられないようにしてから……その先は、正々堂々の勝負だ!」
「異議なし!」
「異議なし!」
三人の手が重なる。
奇妙な連帯感が、そこには生まれていた。
◇
「……盛り上がってるとこ悪いけど、全部聞こえてるんだよなぁ」
俺はラジオの修理を終え、深いため息をついた。
骨抜きにするとか、外堀を埋めるとか、物騒な単語が飛び交っている。
俺の平穏な老後はどうなってしまうんだ。
でも。
「……選ぶ、か」
俺の手が止まる。
もし、あいつらが本気で告白してきたら。
三人が同時に、俺に想いをぶつけてきたら。
俺は、誰を選べばいいんだろう?
エルーカ。
真っ直ぐで、眩しいほどの信頼を寄せてくれる少女。
彼女の笑顔を見ると、心が洗われるような気がする。守ってやりたいと思う。あと胸がでかい。
レギナ。
献身的で、俺の全てを肯定してくれる女性。
彼女の膝枕で感じる安らぎは、何にも代えがたい。ずっと甘えていたいと思う。意外と太ももがぷにぷにしているのも芸術点が高い。
そして、ミサ。
過去を共有し、背中を預けられる相棒。
彼女と交わす軽口は、俺が「工藤ナオト」であることを思い出させてくれる。隣にいるのが当たり前だと感じる。一番懐かしくて、素の俺をさらけ出せる。
誰か一人を選ぶということは、他の二人を拒絶するということだ。
今のこの、騒がしくて温かい関係を、壊すことになる。
「……無理だな」
俺は首を振った。
そんな度胸、今の俺にはない。
俺はやっぱり、ただの事なかれ主義の「何でも屋」だ。
「誰を……選ぶんだろうな、俺は」
答えの出ない問いを、宙に投げる。
その時、奥の扉がバタン! と勢いよく開いた。
「先輩! 会議終わりましたー!」
「師匠! お茶にしましょう!」
「マスター、今朝焼いたクッキーを食べよう」
三人が、何事もなかったかのような笑顔で出てくる。
その顔を見て、俺は自然と頬が緩んでしまった。
「おう。……ちょうどラジオも直ったところだ」
今はまだ、これでいい。
この騒がしい日常が続く限り、俺は「選ばない」という選択をし続けるだろう。
それが、今の俺にできる精一杯の誠実さだ。
「さあ、休憩だ! レギナ、特濃のミルクティー頼む」
「承知した。愛情たっぷりにしてやろう」
「ずるい! 私も愛情入れます!」
「じゃあ私は、スパイス効かせちゃおっかなー」
……やっぱり、前言撤回。
こいつらに囲まれてたら、胃に穴が空くかもしれない。




