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『異世界の管理者権限(アドミン) 〜バグだらけの世界を「仕様変更」して無双する。最強の相棒(UI担当)と組んで、物理キーボードで神様をハッキングしました〜』  作者: 文月 ナオ
第一章 管理者とバグだらけのヒロインたち

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第4話 魔王軍もブラック企業だった件。〜ホワイト待遇を提示したら、最強の魔女が家事を完璧にこなし始めた〜


「……なるほどね。要するに、リストラされたわけだ」


 俺はマグカップを片手に、向かいのソファに座る銀髪美女――レギナの話を聞いていた。

 再起動から数分。

 落ち着きを取り戻した彼女は、ポツリポツリと身の上話を始めた。


「リストラ……そうだな。端的に言えばそういうことだ」


 レギナが自嘲気味に笑う。

 彼女の正体は、やはり魔族だった。しかも、魔王軍四天王の一角『銀の魔女』。

 本来なら人類の敵だが、今は見る影もなく落ち込んでいる。


「先代魔王様が亡くなってから、軍の方針が変わったのだ。実力主義は廃止され、新しい魔王に取り入る派閥政治が横行した。私は『古参の意見は邪魔だ』と疎まれ……」


「で、クビになったと」


「ああ。退職金代わりに贈られたのが、この『自壊呪文(自殺コード)』だ。軍の機密を持ち出させないための口封じだろう」


 レギナが悔しそうに拳を握りしめる。

 その話を聞いて、俺は深く同情した。

 どこの世界も変わらないな、まったく。


 経営陣が変わった途端、現場を知らない若造が上司になって、ベテランを追い出す。

 そして「機密保持」という名目で、再就職できないように悪評を流したり、契約で縛ったりする。

 完全にブラック企業のやり口だ。


「まあ、元気出しなよ。そんな職場、早めに辞められて正解だったんじゃない?」


「……マスターは、魔族である私を恐れないのか?」


「んー、元魔王軍幹部だろうが何だろうが、俺にとっては『困ったクライアント』の一人にすぎないし」


 俺は肩をすくめた。

 それに、彼女が俺に危害を加えることはないだろう。

 システム的な保証もある。


(……たぶん、管理者権限(root)の移行バグだな、これ)


 俺はこっそりとレギナのステータス画面(ソースコード)を確認する。

 彼女の所有者欄(Owner)には、しっかりと『Kudo Naoto』の名前が刻まれていた。


 元々、彼女の精神コードには「魔王への絶対服従」が書き込まれていたはずだ。

 それを俺が強制削除してしまったせいで、空っぽになった「主人マスター」の枠に、目の前にいた俺が自動的に登録インポートされてしまったのだろう。

 雛鳥の刷り込み(インプリンティング)みたいなものだ。


 直そうと思えば直せるが……精神領域の書き換えはデリケートな作業だ。

 下手にいじって彼女の人格が壊れるよりは、このままにしておいた方が安全だろう。


「師匠! 騙されちゃダメです! この人は魔族ですよ!?」


 隣でエルーカが噛みついた。

 剣の柄に手をかけ、レギナを睨みつけている。


「油断させて寝首をかく気です! 今のうちに追い出しましょう!」


「……五月蝿いな」


 レギナが冷ややかな視線を向ける。


「マスターは私を受け入れてくださった。部外者の人間風情が口を挟むな」


「ぶ、部外者!? 私は師匠の一番弟子なんですけど!?」


 ギャーギャーと言い争いが始まる。

 俺のこめかみがピクピクと引きつった。

 静寂。俺が欲しいのは静寂だ。

 エルーカ一人でも騒がしいのに、これ以上騒音源が増えるのは御免だ。


「はいストップ。レギナさんだっけ? 悪いけど、うちは魔王軍と違って福利厚生もないし、養う余裕もないんだわ。身体が治ったら出てってくれる?」


「なっ……ま、待ってくれマスター!」


 レギナが焦ったように身を乗り出す。


「私は四天王の中でも最強の攻撃魔法使いなのだ! 敵の殲滅ならお任せを! 必ず役に立つぞ!」


「いや、殲滅とか物騒な案件ないから」


「では、護衛として! 寝ずの番も可能だ」


「セコムなら間に合ってる」


 俺が手を振って断ると、エルーカが「ほらみろ!」と言わんばかりに勝ち誇った顔をする。

 レギナは唇を噛み、部屋の中を見渡した。

 そして、ふと俺のデスクの上に置かれた、飲みかけの冷めたコーヒーと、散らかった書類に目を留める。


 彼女は無言で立ち上がり、指をパチンと鳴らした。


 シュンッ。


 一瞬で、書類が種別ごとに綺麗に整頓された。

 さらに、空中に魔法陣を展開し、カップの中身を洗浄、即座に新しいコーヒー豆を挽き、最適な温度のお湯を注ぐ。

 その間、わずか三秒。


 コトッ。

 湯気を立てる極上のコーヒーが、俺の目の前に置かれた。


「……空間魔法と熱力学魔法の応用でな。戦闘だけでなく、事務処理、清掃、炊事、あらゆる雑務タスクを最適化して実行できるのだ」


 レギナは真剣な眼差しで俺を見た。


「マスターの手は煩わせない。……私を、雇っていただきたい」


 俺はコーヒーを一口飲んだ。

 完璧だ。酸味と苦味のバランス、そして何より温度管理が絶妙すぎる。

 俺が求めていたのは、これだ。


「採用」


「えええええええ!?」


 エルーカが絶叫する。


「し、師匠!? なんでですか! 魔族ですよ!?」


「いやだって、便利だし」


「私だって! 私だってそれくらいできます!」


 エルーカが対抗心を燃やし、慌ててポットを掴む。


「お茶! お茶淹れますから!」


 ガシャンッ!


 案の定、ポットをひっくり返し、熱湯がテーブルに広がる。

 さらに慌てて拭こうとして、花瓶を倒し、書類を水浸しにする二次災害が発生した。


「あわわわわ……!」


「……はぁ」


 俺は深いため息をついた。

 レギナが無言で指を振るうと、こぼれた水が一瞬で蒸発し、書類も元通りに修復される。


「……勝負あったな」


 俺はレギナに向き直り、ニヤリと笑った。


「歓迎するよ、レギナ。給料は安いけど、ブラック企業よりはマシな職場にするつもりだ」


「……感謝する。マスター」


 レギナが深く頭を下げる。

 その口元には、微かだが安堵の笑みが浮かんでいた。


 こうして、俺の「何でも屋」に、優秀すぎる(愛が重そうな)銀髪の事務員が加わったのだった。


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