第4話 魔王軍もブラック企業だった件。〜ホワイト待遇を提示したら、最強の魔女が家事を完璧にこなし始めた〜
「……なるほどね。要するに、リストラされたわけだ」
俺はマグカップを片手に、向かいのソファに座る銀髪美女――レギナの話を聞いていた。
再起動から数分。
落ち着きを取り戻した彼女は、ポツリポツリと身の上話を始めた。
「リストラ……そうだな。端的に言えばそういうことだ」
レギナが自嘲気味に笑う。
彼女の正体は、やはり魔族だった。しかも、魔王軍四天王の一角『銀の魔女』。
本来なら人類の敵だが、今は見る影もなく落ち込んでいる。
「先代魔王様が亡くなってから、軍の方針が変わったのだ。実力主義は廃止され、新しい魔王に取り入る派閥政治が横行した。私は『古参の意見は邪魔だ』と疎まれ……」
「で、クビになったと」
「ああ。退職金代わりに贈られたのが、この『自壊呪文』だ。軍の機密を持ち出させないための口封じだろう」
レギナが悔しそうに拳を握りしめる。
その話を聞いて、俺は深く同情した。
どこの世界も変わらないな、まったく。
経営陣が変わった途端、現場を知らない若造が上司になって、ベテランを追い出す。
そして「機密保持」という名目で、再就職できないように悪評を流したり、契約で縛ったりする。
完全にブラック企業のやり口だ。
「まあ、元気出しなよ。そんな職場、早めに辞められて正解だったんじゃない?」
「……マスターは、魔族である私を恐れないのか?」
「んー、元魔王軍幹部だろうが何だろうが、俺にとっては『困ったクライアント』の一人にすぎないし」
俺は肩をすくめた。
それに、彼女が俺に危害を加えることはないだろう。
システム的な保証もある。
(……たぶん、管理者権限の移行バグだな、これ)
俺はこっそりとレギナのステータス画面を確認する。
彼女の所有者欄には、しっかりと『Kudo Naoto』の名前が刻まれていた。
元々、彼女の精神コードには「魔王への絶対服従」が書き込まれていたはずだ。
それを俺が強制削除してしまったせいで、空っぽになった「主人」の枠に、目の前にいた俺が自動的に登録されてしまったのだろう。
雛鳥の刷り込みみたいなものだ。
直そうと思えば直せるが……精神領域の書き換えはデリケートな作業だ。
下手にいじって彼女の人格が壊れるよりは、このままにしておいた方が安全だろう。
「師匠! 騙されちゃダメです! この人は魔族ですよ!?」
隣でエルーカが噛みついた。
剣の柄に手をかけ、レギナを睨みつけている。
「油断させて寝首をかく気です! 今のうちに追い出しましょう!」
「……五月蝿いな」
レギナが冷ややかな視線を向ける。
「マスターは私を受け入れてくださった。部外者の人間風情が口を挟むな」
「ぶ、部外者!? 私は師匠の一番弟子なんですけど!?」
ギャーギャーと言い争いが始まる。
俺のこめかみがピクピクと引きつった。
静寂。俺が欲しいのは静寂だ。
エルーカ一人でも騒がしいのに、これ以上騒音源が増えるのは御免だ。
「はいストップ。レギナさんだっけ? 悪いけど、うちは魔王軍と違って福利厚生もないし、養う余裕もないんだわ。身体が治ったら出てってくれる?」
「なっ……ま、待ってくれマスター!」
レギナが焦ったように身を乗り出す。
「私は四天王の中でも最強の攻撃魔法使いなのだ! 敵の殲滅ならお任せを! 必ず役に立つぞ!」
「いや、殲滅とか物騒な案件ないから」
「では、護衛として! 寝ずの番も可能だ」
「セコムなら間に合ってる」
俺が手を振って断ると、エルーカが「ほらみろ!」と言わんばかりに勝ち誇った顔をする。
レギナは唇を噛み、部屋の中を見渡した。
そして、ふと俺のデスクの上に置かれた、飲みかけの冷めたコーヒーと、散らかった書類に目を留める。
彼女は無言で立ち上がり、指をパチンと鳴らした。
シュンッ。
一瞬で、書類が種別ごとに綺麗に整頓された。
さらに、空中に魔法陣を展開し、カップの中身を洗浄、即座に新しいコーヒー豆を挽き、最適な温度のお湯を注ぐ。
その間、わずか三秒。
コトッ。
湯気を立てる極上のコーヒーが、俺の目の前に置かれた。
「……空間魔法と熱力学魔法の応用でな。戦闘だけでなく、事務処理、清掃、炊事、あらゆる雑務を最適化して実行できるのだ」
レギナは真剣な眼差しで俺を見た。
「マスターの手は煩わせない。……私を、雇っていただきたい」
俺はコーヒーを一口飲んだ。
完璧だ。酸味と苦味のバランス、そして何より温度管理が絶妙すぎる。
俺が求めていたのは、これだ。
「採用」
「えええええええ!?」
エルーカが絶叫する。
「し、師匠!? なんでですか! 魔族ですよ!?」
「いやだって、便利だし」
「私だって! 私だってそれくらいできます!」
エルーカが対抗心を燃やし、慌ててポットを掴む。
「お茶! お茶淹れますから!」
ガシャンッ!
案の定、ポットをひっくり返し、熱湯がテーブルに広がる。
さらに慌てて拭こうとして、花瓶を倒し、書類を水浸しにする二次災害が発生した。
「あわわわわ……!」
「……はぁ」
俺は深いため息をついた。
レギナが無言で指を振るうと、こぼれた水が一瞬で蒸発し、書類も元通りに修復される。
「……勝負あったな」
俺はレギナに向き直り、ニヤリと笑った。
「歓迎するよ、レギナ。給料は安いけど、ブラック企業よりはマシな職場にするつもりだ」
「……感謝する。マスター」
レギナが深く頭を下げる。
その口元には、微かだが安堵の笑みが浮かんでいた。
こうして、俺の「何でも屋」に、優秀すぎる銀髪の事務員が加わったのだった。




