第38話 ラスボスは「承認欲求モンスター」。 〜僕の完璧なゲームを、社畜の先輩なんかに壊せるわけがない!〜
長い螺旋階段を登りきると、そこには巨大な扉があった。
装飾過多で、悪趣味な金色の装飾が施された扉。
その向こうから、強大な魔力と、粘着質な悪意が漏れ出している。
「……行くぞ」
俺が扉を押し開けると、眩い光が溢れ出した。
中は、広大なホールだった。
王城の謁見の間を模したような造りだが、どこか歪んでいる。
柱は斜めに傾き、床の市松模様は目が回るほど細かく、窓の外には真っ赤な空と「Game Over」の文字が浮かんでいた。
そして、部屋の奥。
積み上げられたモニターとサーバーの山の上に、一つの玉座があった。
「ようこそ、先輩たち。……遅かったね」
玉座に座っていたのは、一人の少年だった。
歳は10代半ば。黒いパーカーにヘッドホン、手には携帯ゲーム機。
この世界には似つかわしくない、現代日本の少年の姿だ。
「……お前が、このふざけたゲームの主催者か」
俺が一歩前に出ると、少年はゲーム機を放り投げ、ニヤリと笑った。
「そうだよ。僕は『カケル』」
カケル。
その名前と、どこか面影のある顔立ちに、俺の隣でミサが息を飲んだ。
「嘘……。まさか、カケル君?」
「あ、気づいてくれました? 美咲先輩」
カケルは嬉しそうに手を振った。
「ミサ、あいつを知ってるのか?」
ミサは青ざめた顔で、震える声で答えた。
「……私の、後輩です。工藤先輩が亡くなった後に、すぐインターンで入ってきた大学生の……」
「ええ。美咲先輩にはお世話になりましたよ。……まあ、すぐに辞めましたけどね」
カケルは玉座から飛び降り、ふわりと宙に浮いた。
管理者権限による飛行ではない。重力設定を自分だけ無視しているのだ。
「カケル君……。一つだけ聞かせて」
ミサが一歩前に出る。その瞳には、恐怖よりも強い怒りが宿っていた。
「以前、私が調べた廃鉱山のアジト……。そこで、モニターの前で泡を吹いて気絶してた男の人がいたわ」
王都防衛戦の直後。
ナオトの「無限ブルースクリーン」によって脳を焼かれた実行犯だ。
ミサは、てっきり彼こそが「犯人」だと思っていた。
「あの人は誰? 君じゃなかったの?」
ミサの問いに、カケルはつまらなそうに肩をすくめた。
「ああ、彼ですか? ただの現地人ですよ。ちょっと魔法の才能があったから、僕の『手足』として使ってあげてたんです」
「手足……?」
「はい。反撃が怖かったんで、リモート回線で彼に接続して、全ての操作を行わせてたんですよ。……案の定、強力なウイルスを送ってきましたよね? おかげで彼は脳が焼き切れて廃人になっちゃいましたけど、僕は無傷で済みました」
カケルは、壊れた玩具の話でもするようにケラケラと笑った。
「役立たずでしたけど、最後に『身代わりの人形』として役に立ってよかったですよ。感謝してます、先輩」
「……ッ!」
ミサの肩が震える。
俺の中で、どす黒い怒りが沸き上がった。
こいつは、どこまでも人を「リソース」としか見ていない。他人を利用し、使い潰し、それを何とも思っていない。
「……許せんな、ガキ」
俺は眼鏡のブリッジを押し上げた。
冷静になれ。怒りでコードを乱すな。だが、この感情だけは忘れるな。
こいつを叩き潰すための、原動力にしろ。
「なんだよ、怖い顔して。……でもさ、一番許せないのは君たちなんだよ」
カケルの視線が、俺とミサに向けられる。
その瞳には、明確な嫉妬と憎悪が渦巻いていた。
「なんで……なんで先輩たちは、そんなに楽しそうなんですか?」
「……何?」
「工藤先輩。あなたは社畜の鑑みたいな人だったんでしょ? 美咲先輩から耳タコになるくらい聞きました。美咲先輩はあなたのこと、尊敬してたみたいですけど……要は過労死して、惨めに人生を終えた敗北者でしょ? 美咲先輩だって、あの会社に殺されたようなものだ」
カケルが叫ぶ。
「なのに! なんで異世界に来てまで、そんなに充実してるんだよ! ハーレム作って、英雄扱いされて、イチャイチャして……! おかしいだろ! 社畜は社畜らしく、この世界でも底辺で這いつくばってろよ!」
……なるほど。
逆恨みもいいところだ。
こいつは、自分が「特別な存在」になるためにこの世界に来た。
なのに、かつて見下していた「社畜の先輩たち」が、自分よりも幸せそうにしているのが許せないのだ。
「どんな大義を振りかざしてくるのかと思えば、くだらねぇ」
俺は吐き捨てた。
「お前、どうせ前世でもそうだったんだろ? 『俺は天才だ』って口ばっかで、地味な作業を他人に押し付けてサボるようなやつの典型」
「……なんだと?」
「ここでも同じだ。お前がやってるのは『創造』じゃない。ただの『破壊』だ。他人を犠牲にして、バグを出して喜んでるだけのガキが、クリエイター気取ってんじゃねぇよ」
「……黙れ」
カケルの周囲の空間が、赤黒いノイズに染まっていく。
強大な魔力が膨れ上がり、ホールの壁に亀裂が走る。
「僕はこの世界の神だ! ルールブックは僕が書くんだよ! ……古いOSは、強制終了させてやる!」
ズズズズズ……!
カケルの背後に、巨大な影が出現した。
無数のポリゴン片が集まり、形成されたのは――全長20メートルを超える、異形の機械巨人。
テクスチャがバグり、全身からエラーメッセージを垂れ流すその姿は、まさに『ラスボス』の風格だった。
『I am the God... Delete all...(我ハ神ナリ……全テヲ消去スル……)』
巨人が咆哮し、ホール全体が振動する。
「うわっ、おっきい……! あんなのどうやって倒すんですか!?」
エルーカが後ずさる。
だが、俺は一歩も引かなかった。
「デカいだけで中身はスカスカだ。……おいミサ、やれるか?」
隣を見ると、ミサは既にタブレットを構え、不敵な笑みを浮かべていた。
「当然です! あんなゲス野郎、私がCSSでペラッペラに圧縮してやります!」
「レギナ、エルーカ! あいつの足元を崩せ! 俺とミサで、あいつの『無敵設定』を剥がす!」
「了解!」
「任せろ!」
俺たちは散開した。
バグだらけのラスボス戦。
だが、俺たち『開発チーム』に攻略できないバグはない。
「クソガキ、お前に本物のクリエイトがどんなものか、見せてやるよ」




