第37話 未実装エリアの死闘。 〜無敵モード《ゴッド・モード》のGMを、「チート行為」でBANしてやった〜
街の中央に聳える「管理者タワー」。
その内部に足を踏み入れた俺たちは、異様な光景に息を飲んだ。
「……色が、ない?」
エルーカが呟く。
そこは、灰色の空間だった。
壁も床も天井も、全てがグレー一色。さらに、床には等間隔に黒い線が引かれ、方眼紙のようなグリッド模様になっている。
「『未実装エリア』だな。テクスチャも貼られてないし」
俺はため息をついた。
ゲーム制作の初期段階で使う、オブジェクトの配置テスト用の空間だ。
手抜きもいいところだが、逆に言えば、ここがシステムの深層に近いということでもある。
「なんか、落ち着かない場所ですね。足音が響かないし」
ミサがコツコツと床を叩く。
物質的な感触が希薄だ。まるでデータの海を歩いているような浮遊感がある。
『Welcome, intruders.(ようこそ、侵入者たち)』
突如、無機質なアナウンスが響いた。
前方の空間にノイズが走り、一人の人影が実体化する。
全身を金色の鎧で覆い、背中には大袈裟なマント。
そして頭上には、これ見よがしに『GM』というアイコンが浮いている。
「……出たな。お前がここのボスか?」
俺が問うと、金色の騎士はクツクツと笑った。
『ボス? 違うな。私はこのエリアの管理を任された「モデレーター」だ。……君たちのような不正プレイヤーを排除するためにね』
「不正プレイヤーだと? ふざけんな。先にルール違反してんのはそっちだろうが」
『口の減らない奴だ。……消えろ』
モデレーターが指を鳴らす。
瞬間、俺たちの足元の床が消失した。
「うわぁっ!?」
エルーカとレギナが落下しかけるが、ミサが即座に反応する。
「させないっての! 『空中足場』!」
ミサが空中に光の床を描き、二人を受け止める。
俺はガントレットのワイヤーで天井のグリッドにぶら下がった。
「いきなり落とし穴かよ。陰湿だな」
『ほう。耐えるか。ならば直接排除するまで』
モデレーターが剣を抜く。
その刀身は、バチバチと赤黒いスパークを放っていた。明らかに「即死属性」が付与されている。
「来るぞ! 迎撃!」
俺の合図で、エルーカが飛び出す。
「はぁぁぁっ! 『聖剣・一閃』!」
渾身の一撃が、モデレーターの首を捉える。
間違いなく直撃コースだ。
だが――。
ガィィィン!!
硬質な音が響き、聖剣が弾かれた。
モデレーターは身じろぎ一つせず、傷一つついていない。
「なっ……!? 手応えがあったのに、斬れません!」
「私の魔法ならどうだ! 『極大氷結』!」
レギナが絶対零度の冷気を叩き込む。
しかし、モデレーターの体には霜一つ降りない。
『無駄だ。私の設定値が見えないのか?』
モデレーターが嘲笑う。
俺は眼鏡で奴のステータスを確認し、舌打ちした。
『Status: Invincible(状態:無敵)』
『HP: ∞ / ∞』
「……『無敵モード』かよ。チーターが」
開発者用のデバッグ機能だ。
あらゆるダメージを無効化し、HPが減らない設定になっている。
まともに戦って勝てる相手じゃない。
『ハハハ! どうした? 攻撃が通じなくて絶望したか? これが「運営」の力だ!』
モデレーターが剣を振るう。
赤い衝撃波が飛び、俺たちがいた足場を消し飛ばす。
「卑怯な男は嫌われるわよ! 自分だけ無敵なんてズルいしそんなんの何が楽しいのよ!」
ミサがスクーターで回避しながら叫ぶ。
『ズル? 違うな。これは「仕様」だ』
奴は勝ち誇ったように腕を広げた。
『この空間では私がルールだ。私が白と言えば黒も白になる。君たちに勝ち目はない』
「……ルール、ねぇ」
俺は柱の影に着地し、眼鏡を押し上げた。
確かに、無敵モードは厄介だ。物理攻撃も魔法も通じない。
だが、それはあくまで「ゲーム内」での話だ。
「リリス。あいつのIDを特定しろ」
『了解です。……特定完了。「User_ID: 002_Moderator」。権限レベルは……「Level 3(中間管理職)」ですね』
「なんだ、最高権限じゃないのか」
俺はニヤリと笑った。
奴はただの「与えられた権限」を使っているに過ぎない。
なら、話は早い。
「エルーカ、レギナ! あいつの動きを止めろ! ダメージは通らなくていい、拘束するんだ!」
「了解です! ……動きを止めるだけなら!」
エルーカが聖剣を収め、体当たりで突っ込む。
無敵でも「質量」はあるはずだ。
「ぐっ……! この小娘……!」
モデレーターが体勢を崩す。
そこへレギナが氷の鎖を放ち、手足を縛り上げる。
「捕らえたぞマスター!」
『馬鹿め! こんな鎖、すぐに解け……』
「はっ。黙って解かせるわけ、なくね?」
俺はモデレーターの目の前に躍り出た。
ガントレットを展開し、奴の鼻先に仮想キーボードを突きつける。
「お前がルールだってんなら……俺はそのルールを管理する『管理者』だ」
『なっ……貴様、何をする気だ!?』
「教育的指導だよ。チーターには退場がお似合いだ」
俺は高速でキーを叩く。
奴の無敵設定を解除するんじゃない。
奴の存在そのものを、この空間から弾き出す。
『target: User_ID_002』
『action: Ban_User(アカウント凍結)』
『reason: Cheating(理由:チート行為)』
「――執行ッ!!」
ッターン!!
俺がキーを叩いた瞬間、モデレーターの体に赤いノイズが走った。
『ガッ……!? な、なんだこれは!? 体が……動かな……』
奴の頭上の『GM』アイコンが砕け散り、『BAN』という不名誉な文字に変わる。
『馬鹿な……! 私は管理者だぞ!? 権限が……剥奪されただと……!?』
「中間管理職が、社長に勝てるわけねぇだろ」
俺は冷たく言い放った。
「地獄で反省文でも書いてな」
『ア、アアアアアアッ……!!』
モデレーターの体はデータの藻屑となって霧散し、虚空へと消え去った。
後に残ったのは、静寂と、ただの広い灰色の空間だけ。
「……はい、BAN」
俺は息を吐き、ガントレットを下ろした。
「さ、さすが先輩! 問答無用でBANするとか、容赦ないですね!」
ミサが駆け寄ってくる。
「当然だ。ゲームバランスを崩壊させる奴は、客じゃないからな」
「師匠……すごいですけど、今の敵、何か可哀想でしたね」
エルーカが苦笑いする。
まあ、何もできずに消されたんだからな。自業自得だが。
ズズズズ……。
その時、部屋の奥の壁がスライドし、上へと続く階段が現れた。
最上階への道だ。
「……行くぞ。この上に、本玉がいる」
俺たちは階段を見上げた。
この悪趣味なダンジョンを作った張本人。
そして、俺たちを「先輩」と呼ぶ謎のクラッカー。
「どんなふざけた顔してんのか見ものだな」




